四天王最弱と勇者に蔑まれ、あげく殺された呪術師、現代日本に転生する

Sion ショタもの書きさん

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2.四天王最弱、春祭りの夜に逆襲する。

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 それから約三十分ほど経った。

 ろくに抵抗しない虹晴。
 小さな疑問を抱きつつも、なんて楽な商売だと考えながら大男は走っていた。

 こんなに泣き叫びもしないなら、歩いたほうが周囲の目も誤魔化せるのではないか。

 大男は虹晴を自身の左腕に座らせた。

「本当に何も反応しねぇな。このなりといい、マジで人間かよ」

 じっとこちらを見上げる虹晴の姿。
 それになぜか気圧された。一切の人間味が感じられないから、というのは惨めな言い訳だ。

 どう言い繕おうが、五歳児に気圧されたのだ。

 そのことに気がつかない振りをする。

 片手で虹晴の両頬を押しながらメンチを切る。
 それだけで普通の子どもは泣き叫ぶ。
 それどころか下も垂れ流して大惨事だというのに。

「まぁいいや、雇い主の嗜好には口出しできねぇし。お前も可愛がってもらえるだろ。俺の息子のためにも犠牲になってくれや」

 そうして虹晴が地面に降ろされたのは、街の路地裏に入ってからだった。

 狭い路地にはゴミが散乱している。
 ひび割れた建物の壁面にはスプレーで何か描かれている。
 照明の類いは少ない。

 大通りの喧噪と明かりが届いているだけだ。
 不気味なほどに静かで薄暗い。

 どこからともなくパトカーのサイレンが聞こえてくる。
 大男はズボンのポケットから車の鍵を取り出す。
 ふと、何かを呟く虹晴に気がついた。

「……儂の魂魄に染まり切ったこの身体は、当然、儂自身である【呪術:魂転移】」

 鈴の鳴るような可愛らしい声でつむがれた言葉。
 なぜか、ぜえはあ、と息を切らしている虹晴。

 とてつもない悪寒が大男の背筋を駆け抜けた。

 虹晴は、先ほどまでの人形のような無機質な表情を、憎悪に歪めていた。

「勇者のやつめ、誰が四天王最弱じゃ……次に出会ったら八つ裂きにしてくれるわ」

 まるで人格が変わったような、あまりの豹変ぶりだった。はじめから変わった子どもだと考えていたが、ここまで異常なものなのか。

 思わず疑問を口にした。

「なんだ、てめぇ?」

「お主は儂を拐った誘拐犯か。ふむ、記憶の定着も完璧というわけじゃな。そも儂が胎児の頃から一から作り出した身体なのじゃから、当然のことであるが……。呪力も問題ない、あとは呪術か」

 とてつもない危機感に嫌なものを感じて、ついに大男は後退る。しかし虹晴が大男に近寄ることで、彼我の距離は縮まった。

「頭が高いぞ人間」

 ちょうど良い、簡単な呪術を試してみるかのう、と大男に昏い瞳を向ける。

「恐怖せよ」

 大男は思わず腰が抜けた。なぜか手足の震えが酷くなり、視界が狭まる。心臓が強く脈打った。

「身動ぎひとつできぬ、その矮小なる身体に狂気を宿せ」

 かと思えば手足の震えが一切なくなった。

 いや、麻痺したように全身が動かない。
 心臓も動いているのだろうか。
 なぜか身体が寒くてだるい。

 意味不明な事態に対する恐怖と困惑が、大男の頭を占める。声を上げることすらできない。

 目の前の奇妙な子どもから目が離せない。

「衰弱する四肢。次第に失せゆく五感に絶望せよ」

 この子どもの前に立つくらいなら死んだっていい、いや死にたい! 死なせてくれ! 頭の中で叫ぶ。

「増幅せよ」

 この世の地獄はここにあった。

「【模倣呪術:雷霆鷲(シグ)の邪眼】」

 大男の姿がみるみるうちに変貌していく。
 目が見開かれたまま乾燥しはじめ。太く逞しい筋肉をつけた四肢が老婆のように衰えていき、骨に皮がひっついただけのような様相になる。

 顔色は青白く唇が紫に変色する。
 極度の精神的苦痛により髪色が真っ白に染まる。

 人が何千年も生き続けたならば、このような姿になるのではないか。

 そんな、まるで物語の中の、リッチのような姿だった。

「ん? いかん、浅慮じゃった」

 およそ人間にあるまじき莫大な呪力を感知した十二人の呪術師が、すぐさま路地裏に近づいてきている。

 虹晴の両親もその中に含まれている。

 目の前には、典型的な呪殺された姿の死体がある。もはや隠し通しはできない。どうしようにも時間が足りない。

 とりあえず、と虹晴は路地裏に座り込む。

「かぞご【略式隠蔽呪術:嘘泣き】」

「うわーん、うわーん、ちちうえー、ははうえー」

 やがて呪術師たちが路地裏に到着したとき。
 目にしたのは両親を呼びながら泣きじゃくる少年だった。

 こちらを見上げる、宝石のように綺麗な彼の瞳に、大粒の涙が浮かんでいる。

 鼻水をすすり、ぎゅっと目をつぶって腕で涙を拭う姿に庇護欲がくすぐられる。

 呪術師たちの気が抜けてしまうのも、仕方がないことなのだろう。

 出産以来、はじめて目にした息子の泣き顔。
 どこか心の片隅で、虹晴も同じ人間なのだと感じて、叡香は安心する。息子に近寄り、やわらかく抱きしめた。

 腕の中のぬくもりを確かめるように。
 もう手放さないように。

 一月も虹晴をやさしくなでる。
 安心してほしい。でもどうすれば。
 そう心のなかで戸惑いながら。

「もう大丈夫よ、安心して虹晴」
「あぁ、泣かないでくれ僕の虹晴……。僕はその涙を見ただけで胸が苦しく――」

 息子とのコミュニケーションに、すこし迷走中である一月に、微妙な表情になる叡香と呪術師たち。

「――ぅっひょうぇい!?」

 続く一月の奇声。
 すぐさま彼らの間で、ピンと糸を張ったような緊迫が走った。

 腰を抜かして座り込む一月の視線の先を追う。

 そこには老婆のように老いて衰弱した、大男の顔。呪殺された死体があった。

「まさか、呪術師が誘拐に関わっているのか?」

 誰かが口にした。
 彼らの視線は一気に虹晴に向かった。

「ごめんね虹晴。この人を、こんなふうにしたのは誰か知ってる?」
「んーん。気づいたら、なってた……ぐすんっ」

 遠く離れた場所から呪い殺されたのか。
 ひとりの呪術師が死体に近づく。

「俺の家系呪術にお任せ下さい。知っての通り、こと捜査に限っては得意ですので」

 彼は胸を張って言霊をつむぐ。

「その者を蝕むあらゆる負の残滓よ、ここに集え。そなたらをさし向けた者を指し示せ【家系呪術:呪力探知】」

 黒い光が死体から溢れて、丸い球形を取る。

「あえ?」

 その光に映ったのは、ポカンとした表情の虹晴だった。心なしか虹晴の額に汗が浮かんでいる。それに気づかれないのは、キュルンとした泣き顔で誤魔化しているからだろうか。
 それはともかく彼ら呪術師たちは呪力探知の結果に、そんな馬鹿なと思わずにはいられなかった。

 原因は判明したも同然だ。

「呪力暴走です」

 それは呪力を持ちつつも制御できない人間が、大きな負の感情を抱いた結果、呪力が暴走して、本人の望みを惨たらしくも叶えてしまう現象だ。

 この場合、虹晴の恐怖心が原因だろう。
 誘拐犯がいなくなれば良いのに、と心から願ったのではないか、とこの場の呪術師たちは考えた。

 当然、場は騒然とした。

 そもそも、この路地裏を発見したのは、人間ではありえないほどの莫大な呪力を感知したからだ。

 つまり、その規模の大きさこそが虹晴の隠れた才能だ。そして、その莫大な呪力を制御できない子ども……要するに、危険人物であることを示唆していた。

 

 



 


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