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20 違和感しかない

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 日中は王太子専属の女官っぽい仕事をこなして、夜になると王子と小屋へと通う日々がリリアナの日常となった。

 夜遅くまで作業している為、当たり前だがジルベルトの寝起きはすこぶる悪い。
 王子に触れてよいのは女官だけらしく、ベッドの上で上掛けを抱きしめ丸くなっているジルベルトを起こすのも、これまた夜更かしで機嫌の悪いリリアナの役目となっている。

「はいはい、サクッと起きてくださいよー。朝食抜いちゃいますよー」

 リリアナは上掛けを引っ張り、大きなベッドの上でジルベルトを転がす。もはや“母親業”が板につきすぎて、下町のオカンと子供の朝の絵面と化した、王太子殿下の寝室事情である。

 寝ぼけ眼で寝室から出れば、テーブルへの朝食の準備を完了したテレーザが待機しているのだが、同時に大あくびをしているジルベルトとリリアナを見て目を剥いた。

 それに気付かずふたりは、
「お前、俺より先に寝るとか最悪な女だなっ」
「こっちだってね、毎晩毎晩付き合わされて身がもたないんですよっ」
「優しく手取り足取り教えてやってるだろがっ」
「そんなこと言って、結局自分の好きなようにやりたいだけでしょ」
「俺がやりたくて誘ってんだから当たり前だろっ。てか俺、王太子だぞ知ってるかっ?!」
「だから頑張って付き合ってるでしょーがっ。お陰で遅くなりすぎて毎回従業員用の浴場使えないんですからねっ」
「俺の部屋でシャワー浴びればいーだろがっ。遠慮する仲でもないだろっ」

 うん十年と城で勤めてきたテレーザは、城内では岩のごとく何事にも動じることのない鉄壁の女として一目置かれる存在であったが、その築き上げてきた異名すら大きく揺るがすほどに動揺した。

(こ、これはなんてことっ)

 幼き頃より人形のように愛らしく、そして今は美しく立派に育った王子。道を間違うこともなく、王太子としての責任感もかねそろえ、誰もが羨望し溜息も漏れるような美貌を持つ唯一無二の存在となったその王太子が、チェルソンと自分にしか曝してこなかった本性を小娘に丸出しな上に、ついには毎夜共にする仲となっていることに、足腰の強さに自信があったテレーザの、その足元は大きく揺れた。

「あれ? テレーザ女官、スープ注ぎましょうか? 手元揺れまくってますよ」

 リリアナにそう言われ、足元だけにとどまらず手元も狂いだしているのに気付く。
 しかし、さすがの年長者であるテレーザは表情を無にして、平静を保ってみせた。手元の震えは止まらなかったが。

「スープを適温に冷ましておるのじゃ。大切な王太子の舌を火傷させてしまう訳にはいかぬじゃろ」
「そーなんですか。溢れそうですけど、大丈夫ですか?」
「そんなに言うなら、リリアナがすればよかろう」
「はーい」

 リリアナはサクッとスープを注ぎ、ジルベルトの前へ置く。そのちょっとの間にも、ふたりはペチャクチャと何事かふたりの間だけの話で盛り上がっている。
 そこには今までのような、静かに美しく食事を取る王太子の姿はない。

 テレーザの知るジルベルトはそこにはおらず、無防備にじゃれる青年でしかなかった。

 **

 ジルベルトがテレーザに「なるべく昼間、こいつを休ませといてくれ。夜もたないんだ」と言ったものだから、リリアナは女官としての仕事がポッカリと空く時が出来た。
「気にせずなんでも手伝わせてください」とリリアナは言ったのだが、過労なのかテレーザはフラフラと壁に手をつきながら「夜のお務めに励みなさい、ジルベルト様が望むのであれば……わしは……わしは……」と、謎の言葉を残して逃げてしまった。

 王太子が執務中は、さすがにすることもなく準備などもすべて終えてしまったので、リリアナは客室棟まで足を運んでみた。

(誰の凱旋パレード?!)

 リリアナは知らない。もはや客室棟で伝説となっていることを。

 メイド達がリリアナを見つけて次々に現れ通路にズラリと並び手を振っている。
 リリアナは、この後に訪れる誰かの邪魔にならぬようにと、そそくさと通路を駆け抜けた。

「なんか、みんなが忙しいタイミングで来ちゃったかな」

 くりやに顔を覗かせようと思ったが、仕事の邪魔になるかと諦めることにした。
 マルクレン城は広大な敷地面積の為、厨が三ヶ所あり、王太子付き女官になってから食事は従業員専用棟の食堂で行うので、別の厨のお世話になっている。
 つまり、以前のようにおこぼれがもらえないから覗きにきただけなのである。

「えー、みんなとゆっくり話ができるかと思ったのになー」

 仕方なくリリアナは方向転換して、客室棟の庭園で時間を潰すことに決めた。

 良い香りがしてきてフラフラと近付いてみれば、ガゼボに侍女達の姿があった。
 そのひとりが気付いて、令嬢に興奮したように伝えると、赤茶色の豊かな髪を弾ませるように彼女達の主が手を振ってきた。

「あれ、スッド様!」
「リリアナじゃないの!」

 二週間ぶりとはいえ、懐かしさまでおぼえる景色にリリアナはピョンピョンと跳ねるようにスッドの元へ駆け寄った。

「わーわー、お会いできてうれしいですっ」
「わたくしもよ。いつもあなたの話ばかりしていたわ皆で」
「えっ、何をですか」
「宮殿のほうで、どんなことを賑やかしてるかと、皆で想像しては楽しませてもらってるわ」

 オホホと、侍女達と微笑みあうスッドに「またまたぁ」とリリアナは言い返しているが、実際、女官長テレーザとメイド達の中で夜疑惑について一躍有名人となっていることに自覚はない。

 スッドに招かれるようにして、ガゼボでお互いの近況報告をしあった。
 彼女によると、オヴェストやノルドと手紙の交換をしたらしい。
 リリアナもずっと心に引っ掛かっていたが、スッドにとっても同じだったようだ。

「ノルドはもう体調も戻って元気にしているらしいわ。花のことについてはさすがに書けなくて」
「そうですよねー。まだ、会って話の流れでなら聞けるかもしれませんけどね。でもよかった、元気にされてるなら」
「オヴェストは手紙だとしおらしくて。なんだか張り合いがないわ。そう思うと、皆がいた時がほんと楽しかったわ。リリアナはどう? 上手くやってるの? ジルベルト様と進展はあるの?」
「なっ? なんですか、その話の急転回はっ」

 スッドは含みを持った笑みでリリアナを見上げる。
「あら、どう考えてもジルベルト様はあなたをそばに置いておきたくて、宮殿女官として昇進させたのでしょう?」
「うー、まあ確かに、それはそうなんですけど」

 明らかに助手にする為に引き抜かれた現状ではある。
 こき使われている状況をどう説明したものかとリリアナが唸っていると、スッドは別の意味に捉えたのか笑みをさらに深くする。

「まあ、お熱いこと」
「スッド様、何か誤解してますけど、ただの雇われ女官ですからね? こき使われてるだけですからね? 見てください、この目の下のクマを」
「あらあらやだわ」

 お互いに譲らないひと悶着をしばし続け終えると、スッドは改まったように声を抑えた。

「そうだわ、リリアナに言い忘れていたことがあったわ」
「なんですか?」

 スッドは周囲を警戒するように視線を巡らせてから、さらに近寄るようにとリリアナに手招きした。
 リリアナも素直に耳をよせる。

「この間の池の事件があったでしょ? あのドタバタで、すっかり意識が持っていかれてたのだけど。あの日、気になる方を見たの」
「気になる方?」
「……ロレット殿下よ」
「ロレット、殿下?」

「あなたに聞こうと思ってたの。もちろんここが城内だというのはわかってるわ。でも、わたくし達は懇親の最中でしょ? 客室棟に、殿下といえどもひとりでいらっしゃることは、その、よろしかったのかしら?」

 濁しているがスッドの言いたいことを理解して、リリアナは思わず眉を寄せた。スッドは続ける。
「でもその後に、ジルベルト殿下も現れたので、わたくしの気にしすぎだったのかもと思ったのだけど」

 リリアナは唸ることしかできなかった。
 スッドの言う通り、ロレット殿下がこの区域にいることは不自然すぎるからだ。とはいえ、ジルベルトがこの庭へやってきていたことも不自然であるが、もっと関係のないロレット殿下まで来ていたとは、やはり違和感しかない。





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