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19 もうひとつのおつとめ

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 ジルベルトの食事も終わり、片付けも完了すると、王子の部屋にはジルベルトとリリアナの二人きりとなった。

 チェルソンはいつの間にかいなくなっていたし、食器をカートに乗せ退出するテレーザについていこうとして、王子に呼び止められたからだ。

 リリアナは現在、廊下へ続く扉に爬虫類のごとくへばりついている。

「よし、行くか」

 食事を終えて元気が戻ったのか、ジルベルトはご機嫌である。
 それに反比例するリリアナの表情はおおいに雲っている。

「い、行くって、どこへ……!」
「言っておいただろ。お前に用があるのはこれからだ」
「なっ」

 王子の意思が固いことを知って、リリアナは嘆く。
「はやまらないでオットーさんっ、いやジルベルト様! 自分で言うのもなんですけど、こんな貧相な女じゃ満足できませんよきっと確実にっ」
「なんの話だ?」
 ジルベルトは長い睫毛を瞬かせた。
「夜のお務めのことしかないじゃないですかあ!」
「はあ?」
「まさか王太子殿下のご趣味が、色んな意味で控えめな女性をお好みだとは思いもしませんでしたけど、なるほどとっ、あの美しくナイスバディーな令嬢達に靡かなかったの納得しましたけどっ、でもでもよりによってこんな、いたいけなド平民の純朴な乙女の純潔を散らして遊ぼうだなんて、趣味悪すぎですっ!」
「アホかっ!!」

 大人しくしていたというより、呆気に取られていたジルベルトは噴火した。
「お前のその腐りきった思考のほうが悪趣味だ! この俺がなんでお前を抱かにゃいかんのだっ!」
「ほえっ? ち、違うの?」

 リリアナは脱力したように扉でズルズルとしゃがみこんだ。逆に、ジルベルトのほうは顔を真っ赤にして沸騰中である。
「ほんとに突飛なアホだなっ! 頼まれても抱くかっ」
「ちょっと、それはそれで傷つくっ」
 リリアナはむくれる。
「私のファーストキス奪ったくせにっ」
「はあっ?! あれは人命救助だろっ」
「制服脱がしたでしょっ」
「体温下がるだろがっ、重たくて運べないし緊急だっ」
「そっか、やっぱり助けてくれたのジルベルト様だったんだね。ありがとうございます」

 突然しおらしく頭を下げたリリアナに虚を突かれて、ジルベルトは興奮も中途半端に、肩を下ろした。
「お、ああ、まあ、うん。無茶すんなよ」
「はーい」
「なんだその、信用度のひっくい返事は」

 ジルベルトとリリアナは見合って笑う。

「ところで私の仕事って、いったいなんだったんですか?」
「それだよ。いくぞ。ここで説明しても埒が明かないからな」

 どうやら場所が違うらしく、リリアナは大人しくジルベルトの後をついていくことにした。
 部屋も出て、建物からも出て、庭園を横切り、植栽の隙間を通り抜ける。すると、小さな小屋があった。しかもだいぶ年季の入った木造である。

「ここは昔、庭師の休憩所だったんだけど、今は俺の趣味部屋にしてる」

 ジルベルトは簡単な錠前をガチャンと派手な音で解錠すると、立て付けの悪い扉をガサガサ揺らしながら開けた。
 真っ暗で何も見えないが、暗幕のようなものを潜ってジルベルトが暗闇でガサゴソと何か作業すれば、やがてボンヤリと明かりが灯り始め、部屋を照らした。

「なんですかここは」

 リリアナがぐるりと見渡してもゴミ、もしくは百歩譲ってガラクタの山である。

「だから俺の趣味部屋」

 ジルベルトはリリアナに手招きしながら、ゴミなのかガラクタなのかな塊を動かしてスペースを作っている。
 足の踏み場もないようなゴミの雲海を、リリアナは長いチュニックを捲し上げてジルベルトの場所まで進んだ。

「ガラクタの収集癖があったんですねー。変わった趣味をお待ちで」
「ふんっ、今はガラクタだけど、いつか立派な道具にしてみせるさ」

 そう言いながらも、ジルベルトの瞳はキラキラと輝いている。
 その見たこともない王子の表情に、リリアナも改めてガラクタを見てみた。
 大きな木箱には鉱石が入っているものや、金属片が突っ込まれている。壁一面の棚には、紙の束や分厚い本、何か工作したらしき不思議な形の作品が展示というよりも隙間に突っ込まれた状態で置いてある。床も同じような状態だ。

「私の想像に狂いはなかった。ジルベルト様はやっぱり、自分の世界に籠る系のネクラタイプだったんですね。不可解な芸術、爆発してますね」
「お前の不可解さよりは役に立ってるさ。ほら、これ見ろ」

 ジルベルトは、近くの棚の隙間に押し込められていた大きな紙を引っ張り出して広げてみせる。
「これは、大量の野菜を一気に洗う道具だ」
「ん?」

 リリアナは近付いて、紙に書かれている計算式や絵に目を凝らした。
 桶の形状の中に、ローラーのようなものや、ブラシの絵が書き込まれている。
「わ、ジルベルト様、発明家?! これ、水と野菜を入れておいて、ローラーやブラシ回転させるつもりですね!」
「そう、実はもうこれ、城内では使ってる」
「え! すごい! 沢山の量ですもんね、みんな助かりますね!」
「だろ?」

 気を良くしたジルベルトは、次々に棚から図面を引っ張り出してリリアナに見せていく。
 草刈りのような手押し車や、床か何かをブラシで掃くようなものもある。どれも、鉱石の力を運動エネルギーに変え、人間が楽になるものばかりだ。

 リリアナは興奮しつつも、何か引っかかるものがあった。初めてのようで初めてではない違和感だ。

「ジルベルト様、これはなんですか?」

 図面を見ても、縦長の筒状のようなもので、下のほうに切り込みがあって、中の物が上下運動しそうなことしかわからない。

「ああ、これ? 毎日沢山の国印を押すのが大変だからさ、書類差し込めば勝手に判子を押してくれるの、今、開発中」
「面白いこと考えますね」
「だけど難しいんだよ。鉱石の力で一度運動開始するとすぐに止められないだろ? 紙がなくても押しまくるから、下面がインクで真っ赤になるし、卓上に置くにはデカくなりすぎてさ」

 そう唸りながらも横顔は楽しそうで、リリアナは思わずポケーッと見とれてしまった。

「ん?」

 視線に気付いて振り向いたジルベルトと視線がぶつかって、訳もなくリリアナは慌てた。
「あ、いや、なんとなくわかりました。ジルベルト様が懇親の期をそっちのけだったこと」
「ついでに言うと、お前の報告会も地獄の時間だったぞ」
「やだ、楽しかったくせに」
「なわけあるか」

 ふたりしてクスクス笑い合うと、ジルベルトは改まったように表情を引き締めた。
「俺の助手になってもらいたい。お前となら、もっともっと良いもの作れそうだ」
「え?!」
 リリアナはパチクリと瞳を瞬かせた。

 つまり、チェルソンが言っていた「助手」とは、そういうことだったのかと気付く。

「私に務まる気がしないんですけど。鉱石に詳しい訳でもないし、工作も設計もさっぱりですよ?」
「でも、あのメモ書きの“洗濯キ”はお前の発想だろ? そういうのがもっと知りたい」
「あ……」

 部屋で見られたメモに、異常に驚いていたのを思い出した。
「あれは……発想というか……」

 夢で見るおぼろげな物を見よう見まねで書き出しただけで、その物をどう動かすかまではわからない。何故なら、自分の知識だけで、その物がなぜそう動くのかわからないのに夢の中で自分は難なく扱っていたりするのだ。

「発想でいい。とにかくお前は今日から、俺の助手に決定だ」

 その美しい顔で、やたら満面の笑顔で無邪気に笑いかけてくるもんだから、リリアナはひとつふたつと無意識に頷いてしまった。

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