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サロンはいくつかあるが、4人の令嬢達がいる客室棟とは別の棟にあり、円柱の迎賓館の横にある長い建物から庭へとせり出すようになっていて、室内にいながらもさながら庭で過ごしているような構造になっている。来賓者達の憩いの場である。
だが現在、リリアナとオヴェストと侍女達にとっては、とても憩いの場とは言えない、殺伐とした現場になっていた。
静かにティーカップの紅茶を飲むその横顔は、令嬢たる気品と美しさが備わっているオヴェストだが、ソーサーにそれを置いた途端に沸々と怒りが再発してしまったようだ。
「あー許せないわっ。リリアナ女官、犯人探しを即刻してちょうだいなっ!」
彼女の鼻息が可視化されるほどの勢いである。
「オヴェスト様、そんなまたーぁ」
「何を悠長なこと言ってるのっ、これはわたくしへの宣戦布告じゃないのっ」
「戦争おっ始める気ですかー?」
リリアナは、最早令嬢に対する言葉使いすらままならないほど困り果てていた。オヴェストも怒りが勝って気づいていない。周りの侍女達だけがモゾモゾと、このやり取りを静かに身悶えながら見守っている。
「これは戦争よっ。蹴散らし蹴落として勝ち残ってこそ王太子殿下のご寵愛を賜るのよっ」
「んなアホなぁ」
リリアナは盛大に溜息をついたが、誰も咎めない。それどころではないから。
「そもそも、花が落ちてただけで、誰かが気付かず踏みつけてしまった可能性だってありますよ?」
「一輪だけ? わたくしの部屋の真っ正面に?」
物凄い形相でオヴェストが流し目をリリアナに向ける。
「あ、誰か花束を運んでいて、一輪だけ落ちちゃったとか」
「あの花をわざわざあげるのなら、それはわたくしにでしょっ。ご存知ないの? あの花は、この西側にだけ植えられているローゼピカンティですのよっ」
「え、そうなんですか?」
先ほど絨毯で潰れていた花は、発色の良い濃いピンク色の花弁だった。
庭で確かにあの鮮やかな色を見かけたが、花に詳しくないリリアナにはすでに記憶が曖昧になっている。
「部屋からよく見えるのです。蔓薔薇ですから、アーチ状に綺麗にしていただいて、見るたびにこちらも華やかな気持ちになるのです」
リリアナはオヴェストのその言葉に、キュンとしてしまった。
傍若無人なイメージが強すぎて、花を大切にする令嬢らしさがあるとは思わなかったのだ、失礼ながら。
「オヴェスト様は、西をイメージするそのローゼ……ローゼ」
「ローゼピカンティ」
「を、故意に踏みつけられたと」
「そうよっ、許せないわっ」
「わかりました。私も確かに許せないです。庭師さんや絨毯にも申し訳ないですしね」
「何故そこで、絨毯?」
「大変なんですよ、絨毯汚れたら」
「あら、そう。わたくしも気をつけるわ」
「ありがとうございます。では、慎重に調べていこうと思いますので、お時間いただけますか?」
「仕方ないわね、お願いするわ」
「わかりました!」
なんとなく敬礼をしてみせてから、リリアナはサロンをあとにした。
とりあえず、ヴェラ女官長に報告しようと裾を捲り上げ、どこにいるかわからない彼女を走りながら探すことにした。
リリアナ本人は知らないが、メイド達が城内を走るリリアナを目撃した際には深々と頭を下げている。メイド達には、リリアナがもはや崇める存在となっているらしい。
「ヴェラ女官長おおおおおおお」
遠くに立派な玉葱が目視出来たリリアナは、叫びながら片手を振りつつ通路の端を絨毯踏まぬように加速して走った。
「まあ、どうしたのリリアナはしたない。女性が脚を出して走るものじゃありませんよ」
「す、すみませんっ。緊急事態なもんでっ」
息も整わないまま、一部始終の報告を終えると、さすがにヴェラも眉根を寄せたままになった。
「それはオヴェスト様もご不安でしょう。今朝がたの出来事なのでしょ?」
「そ、そうですっ。朝食を厨に受け取りに向かおうとしたオヴェスト様の侍女の方が発見されたようでっ」
「夜間は閉めているから、客室棟内に入れるのはわたくしどもとメイド達のみです。解錠した時にそのような不審なものは見つけませんでしたけれどねえ」
「そ、そうなんですよね……。どうしましょう、聞き込みをしてもいいでしょうか? オヴェスト様は他の令嬢がたを疑われてまして……」
「そうですか……。だけど、それではまるで犯人扱いのように思われてしまいましょう」
「まかせてください。雑談的な、適当な話で匂わせるだけです」
自信ありげに答えるリリアナに、ヴェラは逆に不安になる。
「大丈夫なの?」
「私の真の目的を言いましょう。聞き込みというか、牽制をしかけるだけです、予防ですよ予防」
「牽制? 予防?」
「もし仮に、令嬢の誰かがしていたとしたら、私が話を匂わすことで牽制になるんです。あ、疑われてる、とか、これから誰か監視がつくんではないかとか。つまり、二度目を封じることが目的なんです」
「まあ!」
ヴェラは感心したように瞳を見開いた。
「でもって、ついでに情報収集もできますし。他の令嬢達も注意深くなるので、何か起こったら知らせてもらえますし」
「リリアナ、あなたにこの件はすべてお任せするわ。何かあってもわたくしが責任持ちますから安心なさい」
ヴェラは感無量とばかりに、汗でしっとりしたリリアナの手を取り握った。
「わかりましたー」
リリアナはそれに満面の笑顔で返す。
酒場ビアーノで酔っ払い相手に適当戦術を培ってきたリリアナは、我ながらよく悪知恵が生まれるもんだと感心した。
これで堂々と、他の令嬢達と接触し、情報を得ることができるのだ。
**
「とまあ、こんな感じで大変だったんですよ三日間」
リリアナは例のごとく謁見の間で、オットーへの報告というか雑談のノリで喋りまくった。
もちろんオットーはゲンナリしている。
「怖いな、女って」
「でもやっぱりというか、さすがというか、皆さんお綺麗な方達ばかりで、王子様が羨ましいと思いましたよ」
リリアナは堂々と情報収集を行えたので、一度も顔合わせ出来ていなかった東棟のエスト、北棟のノルドに会えてご満悦なのだ。
「エスト様は、黒髪でなんだか神秘的な美しさと、おしとやかさでしたし、ノルド様は柔らかな栗毛が愛らしい、ほのぼのとしたお方でしたっ」
「尚更怖い。そんな中に犯人いるのかと思うと」
「まだ決まった訳じゃないですしー。てかオットーさんて、女性と付き合ったことないんですか?」
「はっ?」
肩肘ついて面倒くさそうに聞いていたオットーは、弾けるように上体を起こして徐々に顔を赤らめていく。
「俺のことは今関係ないだろっ」
「え、だって、女性に対してこう、寛大なイメージ持ってなさそうなんだもん。ビアーノに来るお客さんなんてそりゃあもう、女の子大好き人間ばっかですよ。あ、騎士のかたもいらしてますけどチェルソン様には秘密で」
「俺だってそれなりには……多分、それなりにはっ」
歯切れが悪いのでリリアナは信じてはいない。ニヤニヤとオットーを覗きこんだ。
「オットーさんて、綺麗な顔してるっぽいのになー。普通にしてたらすごくモテそうなのに残念」
「俺のどこが残念だとっ?!」
「え、だって、ネクラでしょ。そんな暗いマント深々と被って視界を遮って。あ、対人恐怖症?」
「俺が対人恐怖症だとしたら、絶対的に相容れないお前とこうやって話していることが奇跡だと思えっ」
「もー照れちゃって」
「くそっ、もう帰るぞっ俺はっ」
立ち上がったオットーに、リリアナは呑気に声をかけた。
「そーいえば、オットーさん見て思い出した。客室棟の中庭で、すっごい男前見かけたんですよ。知りません? 銀髪なんて初めて見ました!」
「……銀髪?」
オットーの声がワントーン落ちた。訝しげにリリアナを見下ろす。
「いつだ」
「三日前の朝です。一瞬だったんですけど。あんなに珍しい髪色なら、オットーさん絶対知ってるでしょ?」
「お前、知らないのか?」
「え? 有名なんですか?」
ガックシとテーブルに両手をついてオットーは項垂れた。
「お前、すごいな。いや、チェルソンが言う通り、当たりだったのか……」
「え? なんですかっ? 誉めてます?」
「誉めてはない。だが、すごい。このマルクレン城で知らないのはお前だけだ。王族の血を引いたものの髪色知らないのは」
「え、王族っ?!」
だが現在、リリアナとオヴェストと侍女達にとっては、とても憩いの場とは言えない、殺伐とした現場になっていた。
静かにティーカップの紅茶を飲むその横顔は、令嬢たる気品と美しさが備わっているオヴェストだが、ソーサーにそれを置いた途端に沸々と怒りが再発してしまったようだ。
「あー許せないわっ。リリアナ女官、犯人探しを即刻してちょうだいなっ!」
彼女の鼻息が可視化されるほどの勢いである。
「オヴェスト様、そんなまたーぁ」
「何を悠長なこと言ってるのっ、これはわたくしへの宣戦布告じゃないのっ」
「戦争おっ始める気ですかー?」
リリアナは、最早令嬢に対する言葉使いすらままならないほど困り果てていた。オヴェストも怒りが勝って気づいていない。周りの侍女達だけがモゾモゾと、このやり取りを静かに身悶えながら見守っている。
「これは戦争よっ。蹴散らし蹴落として勝ち残ってこそ王太子殿下のご寵愛を賜るのよっ」
「んなアホなぁ」
リリアナは盛大に溜息をついたが、誰も咎めない。それどころではないから。
「そもそも、花が落ちてただけで、誰かが気付かず踏みつけてしまった可能性だってありますよ?」
「一輪だけ? わたくしの部屋の真っ正面に?」
物凄い形相でオヴェストが流し目をリリアナに向ける。
「あ、誰か花束を運んでいて、一輪だけ落ちちゃったとか」
「あの花をわざわざあげるのなら、それはわたくしにでしょっ。ご存知ないの? あの花は、この西側にだけ植えられているローゼピカンティですのよっ」
「え、そうなんですか?」
先ほど絨毯で潰れていた花は、発色の良い濃いピンク色の花弁だった。
庭で確かにあの鮮やかな色を見かけたが、花に詳しくないリリアナにはすでに記憶が曖昧になっている。
「部屋からよく見えるのです。蔓薔薇ですから、アーチ状に綺麗にしていただいて、見るたびにこちらも華やかな気持ちになるのです」
リリアナはオヴェストのその言葉に、キュンとしてしまった。
傍若無人なイメージが強すぎて、花を大切にする令嬢らしさがあるとは思わなかったのだ、失礼ながら。
「オヴェスト様は、西をイメージするそのローゼ……ローゼ」
「ローゼピカンティ」
「を、故意に踏みつけられたと」
「そうよっ、許せないわっ」
「わかりました。私も確かに許せないです。庭師さんや絨毯にも申し訳ないですしね」
「何故そこで、絨毯?」
「大変なんですよ、絨毯汚れたら」
「あら、そう。わたくしも気をつけるわ」
「ありがとうございます。では、慎重に調べていこうと思いますので、お時間いただけますか?」
「仕方ないわね、お願いするわ」
「わかりました!」
なんとなく敬礼をしてみせてから、リリアナはサロンをあとにした。
とりあえず、ヴェラ女官長に報告しようと裾を捲り上げ、どこにいるかわからない彼女を走りながら探すことにした。
リリアナ本人は知らないが、メイド達が城内を走るリリアナを目撃した際には深々と頭を下げている。メイド達には、リリアナがもはや崇める存在となっているらしい。
「ヴェラ女官長おおおおおおお」
遠くに立派な玉葱が目視出来たリリアナは、叫びながら片手を振りつつ通路の端を絨毯踏まぬように加速して走った。
「まあ、どうしたのリリアナはしたない。女性が脚を出して走るものじゃありませんよ」
「す、すみませんっ。緊急事態なもんでっ」
息も整わないまま、一部始終の報告を終えると、さすがにヴェラも眉根を寄せたままになった。
「それはオヴェスト様もご不安でしょう。今朝がたの出来事なのでしょ?」
「そ、そうですっ。朝食を厨に受け取りに向かおうとしたオヴェスト様の侍女の方が発見されたようでっ」
「夜間は閉めているから、客室棟内に入れるのはわたくしどもとメイド達のみです。解錠した時にそのような不審なものは見つけませんでしたけれどねえ」
「そ、そうなんですよね……。どうしましょう、聞き込みをしてもいいでしょうか? オヴェスト様は他の令嬢がたを疑われてまして……」
「そうですか……。だけど、それではまるで犯人扱いのように思われてしまいましょう」
「まかせてください。雑談的な、適当な話で匂わせるだけです」
自信ありげに答えるリリアナに、ヴェラは逆に不安になる。
「大丈夫なの?」
「私の真の目的を言いましょう。聞き込みというか、牽制をしかけるだけです、予防ですよ予防」
「牽制? 予防?」
「もし仮に、令嬢の誰かがしていたとしたら、私が話を匂わすことで牽制になるんです。あ、疑われてる、とか、これから誰か監視がつくんではないかとか。つまり、二度目を封じることが目的なんです」
「まあ!」
ヴェラは感心したように瞳を見開いた。
「でもって、ついでに情報収集もできますし。他の令嬢達も注意深くなるので、何か起こったら知らせてもらえますし」
「リリアナ、あなたにこの件はすべてお任せするわ。何かあってもわたくしが責任持ちますから安心なさい」
ヴェラは感無量とばかりに、汗でしっとりしたリリアナの手を取り握った。
「わかりましたー」
リリアナはそれに満面の笑顔で返す。
酒場ビアーノで酔っ払い相手に適当戦術を培ってきたリリアナは、我ながらよく悪知恵が生まれるもんだと感心した。
これで堂々と、他の令嬢達と接触し、情報を得ることができるのだ。
**
「とまあ、こんな感じで大変だったんですよ三日間」
リリアナは例のごとく謁見の間で、オットーへの報告というか雑談のノリで喋りまくった。
もちろんオットーはゲンナリしている。
「怖いな、女って」
「でもやっぱりというか、さすがというか、皆さんお綺麗な方達ばかりで、王子様が羨ましいと思いましたよ」
リリアナは堂々と情報収集を行えたので、一度も顔合わせ出来ていなかった東棟のエスト、北棟のノルドに会えてご満悦なのだ。
「エスト様は、黒髪でなんだか神秘的な美しさと、おしとやかさでしたし、ノルド様は柔らかな栗毛が愛らしい、ほのぼのとしたお方でしたっ」
「尚更怖い。そんな中に犯人いるのかと思うと」
「まだ決まった訳じゃないですしー。てかオットーさんて、女性と付き合ったことないんですか?」
「はっ?」
肩肘ついて面倒くさそうに聞いていたオットーは、弾けるように上体を起こして徐々に顔を赤らめていく。
「俺のことは今関係ないだろっ」
「え、だって、女性に対してこう、寛大なイメージ持ってなさそうなんだもん。ビアーノに来るお客さんなんてそりゃあもう、女の子大好き人間ばっかですよ。あ、騎士のかたもいらしてますけどチェルソン様には秘密で」
「俺だってそれなりには……多分、それなりにはっ」
歯切れが悪いのでリリアナは信じてはいない。ニヤニヤとオットーを覗きこんだ。
「オットーさんて、綺麗な顔してるっぽいのになー。普通にしてたらすごくモテそうなのに残念」
「俺のどこが残念だとっ?!」
「え、だって、ネクラでしょ。そんな暗いマント深々と被って視界を遮って。あ、対人恐怖症?」
「俺が対人恐怖症だとしたら、絶対的に相容れないお前とこうやって話していることが奇跡だと思えっ」
「もー照れちゃって」
「くそっ、もう帰るぞっ俺はっ」
立ち上がったオットーに、リリアナは呑気に声をかけた。
「そーいえば、オットーさん見て思い出した。客室棟の中庭で、すっごい男前見かけたんですよ。知りません? 銀髪なんて初めて見ました!」
「……銀髪?」
オットーの声がワントーン落ちた。訝しげにリリアナを見下ろす。
「いつだ」
「三日前の朝です。一瞬だったんですけど。あんなに珍しい髪色なら、オットーさん絶対知ってるでしょ?」
「お前、知らないのか?」
「え? 有名なんですか?」
ガックシとテーブルに両手をついてオットーは項垂れた。
「お前、すごいな。いや、チェルソンが言う通り、当たりだったのか……」
「え? なんですかっ? 誉めてます?」
「誉めてはない。だが、すごい。このマルクレン城で知らないのはお前だけだ。王族の血を引いたものの髪色知らないのは」
「え、王族っ?!」
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