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峯森誠司
8話 記憶よぶっ飛んでいってくれ(2)
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月曜日の赤尾先輩は、あからさまに無視を決めこんできていた。そりゃそうだ、怒って当然だ。どんなに顔がタイプだと言おうが、中身がこんな俺じゃ誰もが呆れ離れると思う。
そんな様子が、今度は先週とまったく逆すぎて、部員もコーチもニヤニヤがさらにパワーアップして、ほんと部活がやりにくいったらありゃしねえ。
けど、そんなのぶっ飛ぶぐらいのことが、火曜日にやってきた。
精神的にヨレヨレの状態で部活終えて、地元の駅に着いた時、小さな待合スペースでスクッと立ち上がった気配に、足がかたまった。
「誠司くん」
「……! え、円堂、先輩?」
なぜ先輩が、という驚きに「いやいや先輩の地元でもあるし、いてもおかしくねーし」と落ち着こうとする反動と、でも「いや、でもここで時間を潰す意味とは!?」と、脳内がパニックだ。
そんな状態で硬直している俺なんか知る由もない先輩は、読んでいたらしい小説を鞄に入れると目の前までやってきた。
「よかったよかった。もう帰ってるかと思った」
「え……え? 俺を、待ってました?」
「うん。少し話そうよ」
嫌、とは言えない。先輩に対して、色んな意味で。
駅を出て右手の小さな商店街の中に、ノスタルジックな古い喫茶店があって、先輩は迷いなく席につき、分厚いメニュー本を開いてくれた。
小さな店なのにメニューは沢山あって目移りしたのか、もはや動揺で目が泳ぐのか、無難なコーラを選んでしまった。
先輩はアイスコーヒーで、なんかそんなところも年上なのを感じて滅入ってしまう。
頼み終えると沈黙になり、それが落ち着かなくてとりあえず口を開いた。
「こんなところがあったんですね。知らなかった」
「落ち着いていいでしょ? 待ち合わせによく使ってたんだよ」
「そーですか」
「誰と、とか気になる?」
「え」
視線がぶつかってしまった。
シャープな目元に何かを含ませて投げかけてくる。スマートで紳士的な見た目とは裏腹に、意外と意地悪なひとのようだ。
「……いえ、別に……」
そして俺は、懐のちっさい人間である。
そのまま黙りこくっても先輩は気にもしていないのか、飲み物が運ばれるまで中学時代の先生の話や高校での様子を聞かれたりして、ますます何を切り出されるのかと汗が止まらない。
コーラをグラス半分一気に飲んでしまった。喉がカラカラなのとモヤモヤを晴らしたいのとで。
「この間はビックリしたなぁ。デートの邪魔、しちゃったかな?」
やっぱりというか、日曜のことに触れられてしまった。できることなら消し去りたい一日なのだが。
「いえ、……デートとかじゃないです、から」
「そうなんだ。じゃあ、これから彼女になるのかな?」
「いえ、ほんと、そーゆうのじゃ、なくて」
「そっか。すごくかわいい子だったけど、残念だね」
「……はぁ……」
円堂先輩は、もう一度グラスに口をつけてから、ゆっくりとテーブルに戻した。
「残念だなぁ。ほんとに残念」
なんとなく、視線を上げた。先輩の意図を探ろうと。
視線が真っ直ぐぶつかる。
「あともうちょっとだったのに。いっそのこと、ヤケになってくれればよかったんだけど。難しいね」
「……なんの、ことですか?」
先輩はしばらくジッと見つめてきて、フッとゆるむように息を吐き出した。
「ごめん、性格悪いね、僕」
多分、先輩が悪いんじゃなくて、俺自身の問題だ。あえて神経を鈍らせて鈍感でいたいのだ。傷付きたくなくて、鎧を着込みまくって身動きすらできないでいる。
先輩は、再びグラスを持ち上げようとして、ストンとその手は力をなくしたように落ちた。
「あのあと、結局デートにならなかったんだよね。すごく、ショックだったんだろうね。君が、誰かとデートしてるって目の当たりにして」
「……え?」
先輩の言葉を、どこかぼんやり遠くのほうで聞いていたためか、すぐに理解できなかった。俺のことをズバリと言われたのかと思って肝が冷えたけど、続く言葉がクリアに飛び込んできた。
「羽馬さんは、君のことが諦められなくて、苦しんでる」
予想もしていなかった言葉に、全身が粟立つ。
アイツが、まだあの頃に近い気持ちを、持っていてくれて、た?
ぐるぐると思考を巡らせてみても、そんな要素はひとつも見つからないのに。明らかに距離を置こうとしていた。最近になってようやく会話するようになったけど、それはあくまで幼馴染として、距離を保った状態で。名字でしか呼ばなくなって、必要がなければ話すこともない。どう考えても中学の頃とはまったく違う大きな溝が間にあるのに。
それでも俺は、アイツがやりきれない気持ちを燻らせて苦しんでくれたということに、高揚していく感覚に、小さく身震いをした。
そんな様子が、今度は先週とまったく逆すぎて、部員もコーチもニヤニヤがさらにパワーアップして、ほんと部活がやりにくいったらありゃしねえ。
けど、そんなのぶっ飛ぶぐらいのことが、火曜日にやってきた。
精神的にヨレヨレの状態で部活終えて、地元の駅に着いた時、小さな待合スペースでスクッと立ち上がった気配に、足がかたまった。
「誠司くん」
「……! え、円堂、先輩?」
なぜ先輩が、という驚きに「いやいや先輩の地元でもあるし、いてもおかしくねーし」と落ち着こうとする反動と、でも「いや、でもここで時間を潰す意味とは!?」と、脳内がパニックだ。
そんな状態で硬直している俺なんか知る由もない先輩は、読んでいたらしい小説を鞄に入れると目の前までやってきた。
「よかったよかった。もう帰ってるかと思った」
「え……え? 俺を、待ってました?」
「うん。少し話そうよ」
嫌、とは言えない。先輩に対して、色んな意味で。
駅を出て右手の小さな商店街の中に、ノスタルジックな古い喫茶店があって、先輩は迷いなく席につき、分厚いメニュー本を開いてくれた。
小さな店なのにメニューは沢山あって目移りしたのか、もはや動揺で目が泳ぐのか、無難なコーラを選んでしまった。
先輩はアイスコーヒーで、なんかそんなところも年上なのを感じて滅入ってしまう。
頼み終えると沈黙になり、それが落ち着かなくてとりあえず口を開いた。
「こんなところがあったんですね。知らなかった」
「落ち着いていいでしょ? 待ち合わせによく使ってたんだよ」
「そーですか」
「誰と、とか気になる?」
「え」
視線がぶつかってしまった。
シャープな目元に何かを含ませて投げかけてくる。スマートで紳士的な見た目とは裏腹に、意外と意地悪なひとのようだ。
「……いえ、別に……」
そして俺は、懐のちっさい人間である。
そのまま黙りこくっても先輩は気にもしていないのか、飲み物が運ばれるまで中学時代の先生の話や高校での様子を聞かれたりして、ますます何を切り出されるのかと汗が止まらない。
コーラをグラス半分一気に飲んでしまった。喉がカラカラなのとモヤモヤを晴らしたいのとで。
「この間はビックリしたなぁ。デートの邪魔、しちゃったかな?」
やっぱりというか、日曜のことに触れられてしまった。できることなら消し去りたい一日なのだが。
「いえ、……デートとかじゃないです、から」
「そうなんだ。じゃあ、これから彼女になるのかな?」
「いえ、ほんと、そーゆうのじゃ、なくて」
「そっか。すごくかわいい子だったけど、残念だね」
「……はぁ……」
円堂先輩は、もう一度グラスに口をつけてから、ゆっくりとテーブルに戻した。
「残念だなぁ。ほんとに残念」
なんとなく、視線を上げた。先輩の意図を探ろうと。
視線が真っ直ぐぶつかる。
「あともうちょっとだったのに。いっそのこと、ヤケになってくれればよかったんだけど。難しいね」
「……なんの、ことですか?」
先輩はしばらくジッと見つめてきて、フッとゆるむように息を吐き出した。
「ごめん、性格悪いね、僕」
多分、先輩が悪いんじゃなくて、俺自身の問題だ。あえて神経を鈍らせて鈍感でいたいのだ。傷付きたくなくて、鎧を着込みまくって身動きすらできないでいる。
先輩は、再びグラスを持ち上げようとして、ストンとその手は力をなくしたように落ちた。
「あのあと、結局デートにならなかったんだよね。すごく、ショックだったんだろうね。君が、誰かとデートしてるって目の当たりにして」
「……え?」
先輩の言葉を、どこかぼんやり遠くのほうで聞いていたためか、すぐに理解できなかった。俺のことをズバリと言われたのかと思って肝が冷えたけど、続く言葉がクリアに飛び込んできた。
「羽馬さんは、君のことが諦められなくて、苦しんでる」
予想もしていなかった言葉に、全身が粟立つ。
アイツが、まだあの頃に近い気持ちを、持っていてくれて、た?
ぐるぐると思考を巡らせてみても、そんな要素はひとつも見つからないのに。明らかに距離を置こうとしていた。最近になってようやく会話するようになったけど、それはあくまで幼馴染として、距離を保った状態で。名字でしか呼ばなくなって、必要がなければ話すこともない。どう考えても中学の頃とはまったく違う大きな溝が間にあるのに。
それでも俺は、アイツがやりきれない気持ちを燻らせて苦しんでくれたということに、高揚していく感覚に、小さく身震いをした。
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