恋するキャンバス

犬野花子

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峯森誠司

7話 やっかいな性格(1)

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 赤尾先輩は肉食系女子だった。
 部活中、そこまであからさまな態度は今まで取ってきていなかったと思うが、今日の先輩は違っていた。

「峯森くん、はいタオル」
「峯森くん、はい水筒。あ、スポドリのほうがいい?」
「峯森くん、手首大丈夫? さっきボールぶつかってなかった? 湿布しとこ?」

 すべて上目遣い付きのハイトーンボイスである。さすがに部員のみんながみんなニヤニヤしはじめて練習にもまったく集中できない。コーチにまでもニヤつかれて、まじしんどかった。

 ほとんど練習にならないまま針地獄のような時間を終えて、体は疲れてもないのにぐったりしたまま着替えも終え、竹井と昇降口を出たところでやっぱり赤尾先輩は待ち構えていた、とびっきりの笑顔で。

「あ、じゃあ峯森、グッドラック!」
「あ! 待て、竹井! おい!」

 逃げられた。変なことだけ察しがいいのは、アイツの欠点だな……。

「峯森くん、一緒に帰ろ?」

 先輩はクリンクリンしたツインテールをゆらゆら揺らしながら満面の笑みだ。

「いや、あのですね」

 俺、ちゃんと断ったよな? 濁してねーよな? 付き合えないって、ちゃんと言ったよな?

「一緒に帰るの、駄目なの? カップルじゃなくても、一緒に帰るのはアリでしょ?」

 艶々の唇がそう動く。
 なるほど、これは先輩の耳にも噂が届いたと思われる。

「……なんか、話でも、あるんすか?」
「とくにはないけど、なんでも話したいな」

 どうやって断わればいいのか、さっぱり浮かばない。いつも一緒に帰る竹井に裏切られた今、「誰かと約束してるんで」なんて手段も使えない。いやそもそも、帰るだけなら断る理由もない、だから浮かばないんだよな。

 なにかないかと周囲を見渡せば、好奇の目にガッツリさらされている状態であることに今更気付いた。
 部活の終わった時間帯に出入りの多い昇降口で立ち止まったままであった。

 顔面がボンッと火照ったのを隠すように俯いて、そのまま足を進めた。先輩もなんのためらいもなくすぐ横に並ぶようについてきてしまった。
 俺はもうロボットの気分で、周りの景色を視界に入れないように忠実に足元だけを動かすという作業に集中した。

「峯森くんって、部活ない日は、なにして過ごしてるの?」
「……とくには」
「じゃあ、今度の休み、どっか行かない?」
「なんでですか」
「えーだって、一緒にどこか行きたいじゃん」
「……」

 しっかりきっぱりと交際を断ったという俺の記憶が揺らぐほどの潔さであった。

 思わず足が止まる。

「……あの、先輩」
「ん? なあに?」
「なんで、そんなに、俺のこと……」

 言いにくい。てか、相手に自分の好きな理由聞くことすら、俺の人生であるなんて思わなかった。だけどここまで熱心に追われると、その熱意はどこからくるのか気になってしかたない。

 先輩は目の前で、くねくねと照れたように身をよじらせている。

「えへ。だって峯森くんの顔が、超好みだから」
「……」

 赤尾先輩という生き物は、清々しいほどにどストレートなひとであった。


 そのあと、どう先輩をかわして無事帰路につけたのか。
 ずっと考えこんで、気付いたら家だった。

 赤尾先輩の明快な理由と解答が、恥ずかしさを通り越して羨ましかった。
 顔が好みだから断られてもがんばっている。顔が好みなだけで、あんなに積極的になれる。……理解しがたいけど。
 ついでに言うと、「あとね、身長差も絶妙なの。頭いっこ分とか、サイコー」という、明快を通り越して豪快な理由に、俺はなんてちっちゃい人間なんだとさえ思えてきた。

 俺は、誰のどこが好きとか、誰のここが嫌いとかなんかじゃなくて、ただ恥ずかしいし意味わかんねーし、っていう感情だけで相手を突っぱねてきている。相手を知ろうとも受け止めようとも、一度だってチャレンジしたことはなかった。
 ……羽馬は、そんな絶好調にちっちゃい俺に、ずっと滅気ずに挑んでくれていて、そしてきっと、しょーもない俺に幻滅して、円堂先輩という大人な男を選んだんだ。そりゃそーなるわな、と理解した。

「なんだよ、ちくしょう」

 今さらこの焦りなんて、なんの役にもたたないのに。今になって、今ならきっと両手を広げてしまうほどにたかぶってしまったこの気持ちが、後悔という名の罰だってのもわかっているのに。

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