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羽馬千香子
12話 絵の中の私(1)
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体育祭が終わればすぐに文化祭の準備が始まる。二学期は、いわゆるイベント祭りである。
体育祭をきっかけに、上級生あたりはカップルが増えたと、美乃里ちゃん情報だ。カップルにならなくても、皆それぞれ明確に好きな人ができ始めるきっかけともなる。会話の中でも、「誰々が誰々にコクった」とか、「あのふたり付き合いだした」とか、「誰々が好きだけど文化祭でコクっちゃおうかな」とか。もうそんな話ばっかりがあちこちに飛び散っている。
我が一年A組でも例外ではない。文化祭の出し物が”障害物ドミノ倒し”なもんで、理科室を貸し切って皆で手分けして作業しているけども、みんなウキウキと浮き足立っている。
そんななか、たぶん、きっと、私だけが、どんよりオーラ全開でむっつりとしている。
聞こえてくる会話をシャットアウトしたくて、ムクッと立ち上がった。
「どうした、千香子。はやまるなよ」
すでに告白が砕け散っていることを知っている美乃里ちゃんは、少し心配そうに見上げてきた。
「私、部活のほう進めてくる!」
「うん、そうしとこ。ここは任せて」
美乃里ちゃんのグッドサインを受けて、美術室に向かった。
文化祭では基本、各学年の各クラスごとで出し物を発表する。有志も参加オッケーだし、美術部は毎年個人作品の発表場でもあるので、そちらの準備も必要なのである。
そしてなにより、美術室なら余計な雑音が飛び込んでくることがない。
校舎の一番端の最上階までダッシュで辿り着き、ガラガラと軽い音を立てる引き戸を開ければ、やっぱりシーンと静まりかえっている。
小さく「失礼します」と告げ入室すれば、ポツポツと数人の先輩たちがそれぞれ絵に取り掛かっていた。
自分の定位置のイーゼル前に座る。手つかずの真っ白なキャンバスをジッと見つめた。
今年の美術部の出し物のテーマは”美しいもの”である。前回の課題といい、顧問の先生は年相応に腰を痛めているわりにはメルヘンな人である。
(難しすぎる)
前回の”輝いているもの”の時には、すぐに描くものが決まった。なぜなら、誠司くんだったから。今回だって、今までなら同じく彼を描いていたと思う。自分にとって、そういう存在だからだ。
(好きって、なんなんだろう)
輝いていて美しいから、好きだったんだろうか。だとしたらそれは、自分の欲で持っていないものを手に入れたかっただけっていうことなんだろうか。
いや、そんなことはない。少しでも一緒にいる時間が欲しかったし、できれば自分以外の女子と仲良くなってほしくない。そのために”お付き合い”という専属契約をしたかった。
そうなると、誠司くんにとっては意味のないことだった、というわけだ……。
考えれば考えるほど出口は暗闇で、気も沈めば首も落ち、キャンバスなんて全然見ていなかった。
「羽馬さん、大丈夫?」
ふ、と頭を上げれば窓の外は夕暮れだった。横に立つ円堂先輩は首を少し傾げている。
「あ、え?」
すでに美術室は円堂先輩以外いなくて空っぽだった。
「ありゃ、もうこんな時間!」
キャンバスには鉛筆の一筆すら描き込んでいないまま、時間を潰してしまったようだ。
「集中してるのかと思って、声かけなかったんだけど、なんか、心配ごと?」
「え、あー、いや……」
自分でも下手くそと思うくらい口ごもってしまって、先輩はフッと微笑んだ。
「一緒に帰ろうか。ここの鍵も返さなきゃだし」
「あ、はいっ、すみません!」
職員室に美術室の鍵を返却し昇降口を出ると、生徒の数もまばらだった。グラウンドにテニス部の姿もないので、もう終わったのだろう。
夕暮れの中、なんとなくトボトボと会話もせず歩いていて、ハッと気付いた。
「あれ? 先輩って、通学路こっちでしたっけ?」
「女の子をさすがにこの時間ひとりで帰すのは、逆に鬼部長呼ばわりされるから」
と笑っている。
「で、でもうち、ちょっと距離もありますから!」
「あれ? 嫌? 前、嫌な目に合わせちゃったもんね。好きな人にも誤解させたかもだし……。大丈夫だった?」
「あ、あれはもう、大丈夫です。誤解もなにも、もう……関係ないというか……」
「やっぱり、なんか変なことになっちゃった? ごめん」
「いえいえ! 先輩は違います!」
先輩にこの手の誤魔化しは上手くいかない。素直に話すことにした。
「あのーですね、また、フラれまして」
「え」
「今回はもう、木っ端微塵に、わかりやすく……ですね……」
「あ、あー……」
さすがの先輩も、取り繕う言葉が浮かばないようだった。
そりゃそうだ。何回告白して、何回フラれてるのやら。まったく学習能力のないヤツだと、誰もが思うだろう。
「すごいね、羽馬さんは」
ポツリと呟く先輩の言葉に、つい笑ってしまった。
「ですよね、バカ丸出しですよね」
「そんなことない。すごく、羨ましいよ」
「またまた、先輩、慰めようとしてます?」
「違うよ。……けど、聞いていい?」
「はい?」
足を止めた先輩にならって向き合った。先輩の表情はよく読み取れなかった。
「どうして、片想いってわかってて、何度も告白できるの?」
「うーむ……」
改めて聞かれると、自分でもこのエネルギーはどこから生まれていたのだろうかと、思う。けど、確かなことは、ある。
「気持ちを伝えることが、一番だと思ったからです。あなたが好きです。こんなところが素敵ですって、言葉にしたら、自分も相手も幸せになれると思ったから、です。いや、もうなんかそれも、間違ってたのかもしれないです、けど……」
「……羽馬さん」
「最近は、目的達成のためみたいに、なっちゃってたのかも、ですね」
なんとなく視線を向けた遠くの街並みに、残り僅かだったオレンジ色の夕陽が帯状に削れて、そして消えていった。
体育祭をきっかけに、上級生あたりはカップルが増えたと、美乃里ちゃん情報だ。カップルにならなくても、皆それぞれ明確に好きな人ができ始めるきっかけともなる。会話の中でも、「誰々が誰々にコクった」とか、「あのふたり付き合いだした」とか、「誰々が好きだけど文化祭でコクっちゃおうかな」とか。もうそんな話ばっかりがあちこちに飛び散っている。
我が一年A組でも例外ではない。文化祭の出し物が”障害物ドミノ倒し”なもんで、理科室を貸し切って皆で手分けして作業しているけども、みんなウキウキと浮き足立っている。
そんななか、たぶん、きっと、私だけが、どんよりオーラ全開でむっつりとしている。
聞こえてくる会話をシャットアウトしたくて、ムクッと立ち上がった。
「どうした、千香子。はやまるなよ」
すでに告白が砕け散っていることを知っている美乃里ちゃんは、少し心配そうに見上げてきた。
「私、部活のほう進めてくる!」
「うん、そうしとこ。ここは任せて」
美乃里ちゃんのグッドサインを受けて、美術室に向かった。
文化祭では基本、各学年の各クラスごとで出し物を発表する。有志も参加オッケーだし、美術部は毎年個人作品の発表場でもあるので、そちらの準備も必要なのである。
そしてなにより、美術室なら余計な雑音が飛び込んでくることがない。
校舎の一番端の最上階までダッシュで辿り着き、ガラガラと軽い音を立てる引き戸を開ければ、やっぱりシーンと静まりかえっている。
小さく「失礼します」と告げ入室すれば、ポツポツと数人の先輩たちがそれぞれ絵に取り掛かっていた。
自分の定位置のイーゼル前に座る。手つかずの真っ白なキャンバスをジッと見つめた。
今年の美術部の出し物のテーマは”美しいもの”である。前回の課題といい、顧問の先生は年相応に腰を痛めているわりにはメルヘンな人である。
(難しすぎる)
前回の”輝いているもの”の時には、すぐに描くものが決まった。なぜなら、誠司くんだったから。今回だって、今までなら同じく彼を描いていたと思う。自分にとって、そういう存在だからだ。
(好きって、なんなんだろう)
輝いていて美しいから、好きだったんだろうか。だとしたらそれは、自分の欲で持っていないものを手に入れたかっただけっていうことなんだろうか。
いや、そんなことはない。少しでも一緒にいる時間が欲しかったし、できれば自分以外の女子と仲良くなってほしくない。そのために”お付き合い”という専属契約をしたかった。
そうなると、誠司くんにとっては意味のないことだった、というわけだ……。
考えれば考えるほど出口は暗闇で、気も沈めば首も落ち、キャンバスなんて全然見ていなかった。
「羽馬さん、大丈夫?」
ふ、と頭を上げれば窓の外は夕暮れだった。横に立つ円堂先輩は首を少し傾げている。
「あ、え?」
すでに美術室は円堂先輩以外いなくて空っぽだった。
「ありゃ、もうこんな時間!」
キャンバスには鉛筆の一筆すら描き込んでいないまま、時間を潰してしまったようだ。
「集中してるのかと思って、声かけなかったんだけど、なんか、心配ごと?」
「え、あー、いや……」
自分でも下手くそと思うくらい口ごもってしまって、先輩はフッと微笑んだ。
「一緒に帰ろうか。ここの鍵も返さなきゃだし」
「あ、はいっ、すみません!」
職員室に美術室の鍵を返却し昇降口を出ると、生徒の数もまばらだった。グラウンドにテニス部の姿もないので、もう終わったのだろう。
夕暮れの中、なんとなくトボトボと会話もせず歩いていて、ハッと気付いた。
「あれ? 先輩って、通学路こっちでしたっけ?」
「女の子をさすがにこの時間ひとりで帰すのは、逆に鬼部長呼ばわりされるから」
と笑っている。
「で、でもうち、ちょっと距離もありますから!」
「あれ? 嫌? 前、嫌な目に合わせちゃったもんね。好きな人にも誤解させたかもだし……。大丈夫だった?」
「あ、あれはもう、大丈夫です。誤解もなにも、もう……関係ないというか……」
「やっぱり、なんか変なことになっちゃった? ごめん」
「いえいえ! 先輩は違います!」
先輩にこの手の誤魔化しは上手くいかない。素直に話すことにした。
「あのーですね、また、フラれまして」
「え」
「今回はもう、木っ端微塵に、わかりやすく……ですね……」
「あ、あー……」
さすがの先輩も、取り繕う言葉が浮かばないようだった。
そりゃそうだ。何回告白して、何回フラれてるのやら。まったく学習能力のないヤツだと、誰もが思うだろう。
「すごいね、羽馬さんは」
ポツリと呟く先輩の言葉に、つい笑ってしまった。
「ですよね、バカ丸出しですよね」
「そんなことない。すごく、羨ましいよ」
「またまた、先輩、慰めようとしてます?」
「違うよ。……けど、聞いていい?」
「はい?」
足を止めた先輩にならって向き合った。先輩の表情はよく読み取れなかった。
「どうして、片想いってわかってて、何度も告白できるの?」
「うーむ……」
改めて聞かれると、自分でもこのエネルギーはどこから生まれていたのだろうかと、思う。けど、確かなことは、ある。
「気持ちを伝えることが、一番だと思ったからです。あなたが好きです。こんなところが素敵ですって、言葉にしたら、自分も相手も幸せになれると思ったから、です。いや、もうなんかそれも、間違ってたのかもしれないです、けど……」
「……羽馬さん」
「最近は、目的達成のためみたいに、なっちゃってたのかも、ですね」
なんとなく視線を向けた遠くの街並みに、残り僅かだったオレンジ色の夕陽が帯状に削れて、そして消えていった。
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