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羽馬千香子
2話 男の子は難しい生き物だ(1)
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うちの学校の美術部は活動がゆるい。まず顧問の美術の先生が、あまり常駐していない。腰痛持ちのため、という残念な理由からだ。来年定年退職らしい。よって、開始の時に顔を出すだけだ。
そしてもうひとつの理由、ユウレイ部員たちでほぼ構成されてしまっている、というのもある。もちろん真面目に打ち込む部員も、数人はいるけども。まあ、それには理由があるからなのだけど。
今日もいつもどおり閑散としている美術室に、数人の筆を滑らせる音と雑談がほどよく漂っている。
私も最初はスケッチブックに、持ち込んだ“道端ころりん猫写真集”からお気に入りページを模写して遊んでいたけれど、しばらくして窓際に立ってテニスコートを見おろす。
梅雨の時期の珍しく朝から陽射しの強い日だ。テニスコートが眩しくて、目がくらむ。暑いなか、懸命にボールを追っている誠司くんの姿を、じっとり両手を握りしめて拝む。
なんで誠司くんはあんなに眩いのだろうか。いつも真剣な面差しでボールに練習相手にと向き合って、まったく疲れたそぶりを見せない。オレンジ色の練習着にすら色負けしていない健康的な肌。太陽をしっかり跳ね返すサラサラ靡く髪の毛。止まることのないカモシカのような脚。いくらでも見ていられる。てか、眩しすぎて目が痛いな今日は。
「すごい険しい顔してるけど、大丈夫?」
真横から柔らかな声がして向けば、おかしそうに笑みをこぼしている円堂先輩が立っていた。
彼は三年生で、この美術部部長。ちなみにユウレイ部員が多いのは、この先輩のせいでもある。
線が細くて背が高く、少し長めの髪の毛と整った顔立ち、物静かで落着いた佇まいから、先輩のファンが美術部に入りたがる。だけど、円堂先輩はそれを極端に嫌がるため、少しでも言い寄られると美術室に来ないようにと御達しが出されるのだ。
よって、私のようにまったく先輩に興味のない者か、本当に絵が好きな部員数人しかここにいない。
「なんか今日、やけに眩しいんですよね。いつも輝いてはいるんですけどね」
「たぶん、テニスコートの照り返しがキツいだけだと思うよ」
先輩は窓から顔を出して、私にならうようにテニスコートを覗いている。
「違います。誠司くんが、まばゆいんです」
それは譲れないので、強く訂正させてもらう。
先輩は振り返って、「そうだね」と楽しそうに応えてくれた。いつも優しい先輩である。私のよこしまな入部動機も、部活動中の半分は手が動いてないことも、なにも咎めることなく受け止めてくれるのだ。
「羽馬さんって、ほんとに彼のことが大好きなんだね。だけど、そんなに好きなのにどうして同じテニス部に入らなかったの?」
窓際に並ぶように立つ先輩は、テニスコートと私へ交互に視線を投げる。
「ですよね。私もソフトテニス部入るつもりで仮入部はしたんですよ、ちゃんと」
「あ、さすが。美術部入る前にテニス部にはいたんだね」
「はい。より近くで拝める、最高の舞台が用意されたと思ったわけです」
「ふふ、そうだね」
「……二日目に気付きました。拝んでいる間、動けないじゃないですか。必死で網膜に焼き付けたいわけですよこっちは」
「うん」
「でも、部員になったら、球拾いやらラケット振る練習やら声出しやら、ずっと自分の体に意識させなきゃいけないんです。無理ですよね」
「なるほどね」
先輩は楽しそうに何度も頷いてくれる。親友の美乃里ちゃんに訴えても「アホなの?」の一撃だったのに。なんで先輩はこんなに懐広いのだ。あ、これぞ年長者先輩っということなのか。
「あのー、ほんとに、円堂先輩には、感謝しきれないです。こんな、不謹慎な考えで、入部なんかしてしまってるというのに」
「あはは、そんなこと気にしてたの? 羽馬さんはちゃんと課題もこなしてるし、静かに過ごしてるし、なんの迷惑にもなってないから安心して」
「は、はあ。すみません。やめられそうになくて」
「僕も、一途に恋してる羽馬さんを観察するの、楽しい息抜きになるしね」
「え、それはそれで恥ずかしいなあ」
「あはは」
ふたつ年上の先輩って、天と地の差があるくらい大きな境界線があるんだけど、目の前で楽しそうに笑う円堂先輩は、いつもの物静かでクールな佇まいからは雰囲気がかけ離れていて、なんだか不思議だ。
こんなに優しいのに、なぜ言い寄られると拒否反応強いのだろうか、面白い人だ。
「あ、先輩質問です」
「なに?」
「どうやったら、好きな人に好きになってもらえるんですかね」
「おー。たしかに」
円堂先輩は深く唸りながら思案している。
「先輩って、好意を寄せられると嫌がりますよね? 峯森君もなんですよ。告白すればするほど、逃げちゃうんです」
「告白、何回もしてるの?」
「はい。まず、小学校の時玉砕。中学生になっても玉砕。ついこの間も、玉砕。いつならいいんでしょうか」
「羽馬さんすごいね。さすがに僕、同じ人から何度も告白を受けたことないな」
「え! やっちゃ駄目なやつでしたっ!?」
思わずしゃがみこんで、頭を抱えた。
日を置けば、気持ちも変わってる可能性にかけたのに、熱意が伝わるかと思ったけど、逆効果!?
「彼、峯森君はたぶん、恥ずかしがってるだけじゃないかな」
スッとしゃがんで同じ目線になった先輩へ視線を戻すと、安心させるように微笑んでくれている。
「恥ずかしい? あ、たしかに、小学校の時は、教室で言っちゃったかも。あ、でも、この間は一応、ふたりっきりだったんですけど」
「戸惑ってるだけだと思うなー。真正面から気持ちぶつけられて、恥ずかしくて逃げてるんじゃないかな」
「先輩! なるほどですね! 断り続ける先輩から、貴重なご意見お聞きできました!」
「あ、いや、僕は単に興味なくて断ってるだけなんだけどね」
「ええー!」
正解はひとつじゃないのかっ。ということは、誠司くんも私に興味なくて断ってる可能性あるってことか!
「峯森君は、違うと思うけどな。恥ずかしいだけだよ、きっと」
心優しい先輩は、慰めようとしてくれてるんだろう。
「大丈夫です、先輩! 私、それくらいじゃへこたれないですからっ。なんせ三回も告白玉砕してるんですから!」
「あはは。それいいね。なんでも強みに変えられる羽馬さん、かっこいいよ」
「あざます! がんばります!」
勢いよく立ち上がり、先輩にガッツポーズを見せれば、先輩もスクッと立ち上がってガッツポーズを返してくれた。
そしてもうひとつの理由、ユウレイ部員たちでほぼ構成されてしまっている、というのもある。もちろん真面目に打ち込む部員も、数人はいるけども。まあ、それには理由があるからなのだけど。
今日もいつもどおり閑散としている美術室に、数人の筆を滑らせる音と雑談がほどよく漂っている。
私も最初はスケッチブックに、持ち込んだ“道端ころりん猫写真集”からお気に入りページを模写して遊んでいたけれど、しばらくして窓際に立ってテニスコートを見おろす。
梅雨の時期の珍しく朝から陽射しの強い日だ。テニスコートが眩しくて、目がくらむ。暑いなか、懸命にボールを追っている誠司くんの姿を、じっとり両手を握りしめて拝む。
なんで誠司くんはあんなに眩いのだろうか。いつも真剣な面差しでボールに練習相手にと向き合って、まったく疲れたそぶりを見せない。オレンジ色の練習着にすら色負けしていない健康的な肌。太陽をしっかり跳ね返すサラサラ靡く髪の毛。止まることのないカモシカのような脚。いくらでも見ていられる。てか、眩しすぎて目が痛いな今日は。
「すごい険しい顔してるけど、大丈夫?」
真横から柔らかな声がして向けば、おかしそうに笑みをこぼしている円堂先輩が立っていた。
彼は三年生で、この美術部部長。ちなみにユウレイ部員が多いのは、この先輩のせいでもある。
線が細くて背が高く、少し長めの髪の毛と整った顔立ち、物静かで落着いた佇まいから、先輩のファンが美術部に入りたがる。だけど、円堂先輩はそれを極端に嫌がるため、少しでも言い寄られると美術室に来ないようにと御達しが出されるのだ。
よって、私のようにまったく先輩に興味のない者か、本当に絵が好きな部員数人しかここにいない。
「なんか今日、やけに眩しいんですよね。いつも輝いてはいるんですけどね」
「たぶん、テニスコートの照り返しがキツいだけだと思うよ」
先輩は窓から顔を出して、私にならうようにテニスコートを覗いている。
「違います。誠司くんが、まばゆいんです」
それは譲れないので、強く訂正させてもらう。
先輩は振り返って、「そうだね」と楽しそうに応えてくれた。いつも優しい先輩である。私のよこしまな入部動機も、部活動中の半分は手が動いてないことも、なにも咎めることなく受け止めてくれるのだ。
「羽馬さんって、ほんとに彼のことが大好きなんだね。だけど、そんなに好きなのにどうして同じテニス部に入らなかったの?」
窓際に並ぶように立つ先輩は、テニスコートと私へ交互に視線を投げる。
「ですよね。私もソフトテニス部入るつもりで仮入部はしたんですよ、ちゃんと」
「あ、さすが。美術部入る前にテニス部にはいたんだね」
「はい。より近くで拝める、最高の舞台が用意されたと思ったわけです」
「ふふ、そうだね」
「……二日目に気付きました。拝んでいる間、動けないじゃないですか。必死で網膜に焼き付けたいわけですよこっちは」
「うん」
「でも、部員になったら、球拾いやらラケット振る練習やら声出しやら、ずっと自分の体に意識させなきゃいけないんです。無理ですよね」
「なるほどね」
先輩は楽しそうに何度も頷いてくれる。親友の美乃里ちゃんに訴えても「アホなの?」の一撃だったのに。なんで先輩はこんなに懐広いのだ。あ、これぞ年長者先輩っということなのか。
「あのー、ほんとに、円堂先輩には、感謝しきれないです。こんな、不謹慎な考えで、入部なんかしてしまってるというのに」
「あはは、そんなこと気にしてたの? 羽馬さんはちゃんと課題もこなしてるし、静かに過ごしてるし、なんの迷惑にもなってないから安心して」
「は、はあ。すみません。やめられそうになくて」
「僕も、一途に恋してる羽馬さんを観察するの、楽しい息抜きになるしね」
「え、それはそれで恥ずかしいなあ」
「あはは」
ふたつ年上の先輩って、天と地の差があるくらい大きな境界線があるんだけど、目の前で楽しそうに笑う円堂先輩は、いつもの物静かでクールな佇まいからは雰囲気がかけ離れていて、なんだか不思議だ。
こんなに優しいのに、なぜ言い寄られると拒否反応強いのだろうか、面白い人だ。
「あ、先輩質問です」
「なに?」
「どうやったら、好きな人に好きになってもらえるんですかね」
「おー。たしかに」
円堂先輩は深く唸りながら思案している。
「先輩って、好意を寄せられると嫌がりますよね? 峯森君もなんですよ。告白すればするほど、逃げちゃうんです」
「告白、何回もしてるの?」
「はい。まず、小学校の時玉砕。中学生になっても玉砕。ついこの間も、玉砕。いつならいいんでしょうか」
「羽馬さんすごいね。さすがに僕、同じ人から何度も告白を受けたことないな」
「え! やっちゃ駄目なやつでしたっ!?」
思わずしゃがみこんで、頭を抱えた。
日を置けば、気持ちも変わってる可能性にかけたのに、熱意が伝わるかと思ったけど、逆効果!?
「彼、峯森君はたぶん、恥ずかしがってるだけじゃないかな」
スッとしゃがんで同じ目線になった先輩へ視線を戻すと、安心させるように微笑んでくれている。
「恥ずかしい? あ、たしかに、小学校の時は、教室で言っちゃったかも。あ、でも、この間は一応、ふたりっきりだったんですけど」
「戸惑ってるだけだと思うなー。真正面から気持ちぶつけられて、恥ずかしくて逃げてるんじゃないかな」
「先輩! なるほどですね! 断り続ける先輩から、貴重なご意見お聞きできました!」
「あ、いや、僕は単に興味なくて断ってるだけなんだけどね」
「ええー!」
正解はひとつじゃないのかっ。ということは、誠司くんも私に興味なくて断ってる可能性あるってことか!
「峯森君は、違うと思うけどな。恥ずかしいだけだよ、きっと」
心優しい先輩は、慰めようとしてくれてるんだろう。
「大丈夫です、先輩! 私、それくらいじゃへこたれないですからっ。なんせ三回も告白玉砕してるんですから!」
「あはは。それいいね。なんでも強みに変えられる羽馬さん、かっこいいよ」
「あざます! がんばります!」
勢いよく立ち上がり、先輩にガッツポーズを見せれば、先輩もスクッと立ち上がってガッツポーズを返してくれた。
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