京に忍んで

犬野花子

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第三章

剥く

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 頭の痛みに手を当てようとして動かせず、その違和感に混濁していた意識がゆっくりと浮上していく。
 ぼんやりと視界の先が色をつけ形を成すと、やけに薄暗い天井がユラユラと揺らめいていた。

「……んっ」
 タキは起き上がろうと試みるも、体の下に敷かれている畳に突き刺された杭と、両腕に巻かれている紐がきつく短く繋がれていて、身を起こすことが叶わなかった。
 動く範囲で頭をめぐらす。ポツポツと置かれた燈台の光だけで、外からの明かりは遮断されているようだ。広い部屋のようだが、周囲に几帳がぐるりと囲うように配置され、全体の様子は掴めない。

 ふわっ、と空気の揺らめきが燈台の炎を踊らせ、タキをこの場に拐ってきた男が現れた。
「痛くないですか?」
 優しく声をかけながら畳の端にゆっくりと腰をかけて覗き込む。サラサラと艶やかな長い黒髪が、その男の面差しに中性的な色香を生む。

「……弓削、月弥……」
 タキは睨み付けながら、陰陽師の名を溢した。
「ふふっ、とても怖い顔ですね」
 月弥は相変わらず、のらりくらりと柔らかな空気を醸し出していた。しかし、間違いなくこの男が左大臣邸からタキを拐って来た張本人であった。

 タキはいまだ混乱を隠せなかった。この男の目的がまったくわからない。
 思い返してみても、今まで月弥との接触では、こちらに有利をもたらしてくれていた。文子への毒混入事件では、右大臣の娘頼子の関与を炙り出す切欠を見出だしてくれた。そして、右大臣の邸から出られたのは、月弥が密告してくれたからではないのかと思っていたのだ。
 確かに過去、記憶を封じられた事はあるが、それを明らかにしてくれたのも月弥本人である。
 ではなぜ、今になって自分を拐う必要がこの男にあるのか……。

「なんの為? 私を拐って、あなたになんの利があるのです?」
「利……そうですね……今のところ特には」
「えっ?」
 タキの上擦った声に、月弥はクスクスと笑った。
「ほんの気紛れです」
 そう言って、タキの乱れた髪の毛を指で掬い始めた。

 月弥の本性が読めない。
 タキは目の前の男から意識を離し、今までの何か、違和感の正体を手繰り寄せることに集中した。

 まずはやはり自分が狙われた理由。
 はぐらかされたが、目的がしっかりなければこんな無謀なことは出来ないだろう。左大臣と言えば、この国の頂点である帝のすぐ脇に控えるほどの地位である。その邸であるから、しっかりと警備はされていた。その中を掻い潜ってまでを拐う危険を犯したのだ。

 仁子姫がいなくなることで、一番は東宮妃となる者が消える。その席を狙う誰かの指示で動いたのか。はたまた、今、弱まりかけている東宮と権力を持つ左大臣との繋がりを断つ為か。
 そう考えると、その利に一致してくるのは大納言である。
 淑景舎に大納言が現れた最後の日、あの男は焦っていた。左大臣が参内するまでにかたをつけようと動き出したのか。

 月弥と大納言が繋がっているとしたら、辻褄が合ってくる。
 何かの共益関係で、大納言の利を得る為に月弥が左大臣の娘を拐った。

「何を考えてるのかな?」
 月弥はうっそりと瞳を細め微笑むと、冷たい指先をタキの頬にツツツと滑らせた。
「月弥は……大納言に雇われているの?」
「なるほど。逞しいひとだ、あなたは。こんな不安な状況なのに、自分の身の心配はしなくてよいのですか?」
 月弥の指先が顎の線を辿って襟元の合わせ目に落ちていく。
 邸にいた時には着けていたはずの表着やうちきはなく、白い小袖と緋色の長袴の上に淡紫のひとえだけであった。月弥の指先から絹を擦る振動が肌に伝わり、体を強ばらせた。

「怖いですか?」
 月弥はタキの様子に首を傾げる。さらりと滑らかに流れる黒髪が、タキの首もとにかかりくすぐる。
「あなたが何を考えているのか解らないので」
「ふふっ、まあ、そうですね」
「月弥が密告してくれて、右大臣の所から私を助けてくれたのだと思ってたのよ」
「ああ、あの時は本当にビックリしました。あなたとは出会う場所がいつも予想外で、なかなか大変な目にばかり合わされてますね
「右大臣と知り合いだったようだけど」
「ええ、そうですね。あの邸にはよく呼ばれてましたので」
 そこで月弥は一旦口をつぐみ、淫靡に微笑んだ。
「慰みものとして」
「……え?」
 瞳を瞬かせるタキをくすりと笑ってから、長袴の紐を片手でシュルリと解いた。

 タキは、言葉の意味もこの動作の意味も呑み込めず、固まったままその美しく女性的な麗しい顔を見つめた。
「わたしは、女性の身体を知らないもので。せっかくですから触れさせていただきましょう」
「待って!」
 月弥は緋色の袴を引き抜くと、小袖の帯も緩め襟元を両手で強く開く。ふるりと白い乳房が露になった。
「いいですね。このまま脱がさずというのも。高貴な姫が、このような……ゾクゾクします」
「だっ、誰かっ! 助けてっ!」
 タキは必死に縛られた腕を引っ張るが、しっかりと刺さった杭はびくともしない。
「わかりますよ。逃げたくなる気持ち。わたしも最初は泣いて泣いて、叫びました。誰も助けにきてはくれなかったですが」
 月弥はタキの腰に乗り、足の動きも封じると、自らの髪をかきあげてゆっくりと乳房に顔を落としていく。

「っあ」
 冷たい舌先がツツツと乳房を撫でていく。その辿った後がひんやりとして肌に浸透していくようだ。
「柔らかくて不思議ですね……いくらでも触れていたくなる」
 顔つきとは違う、男らしい大きな手を下から掬うように乳房を掴むと、再び舌先を尖らせ唾液で濡らしつつ弾力を楽しむ。
「やめ、やめてっ」
「かわいらしい、この色付き。こんなに柔らかくて優しい色のものに触れるのは初めてですよ」
 クリッと乳房の先端を舌で掠めてから口の中に含む。ちゅうちゅうと吸い上げてはコロコロと舌で転がし、また吸い上げては甘噛みして、柔らかだった先端を固く尖らせていく。
「ああっ……んっ」

 丁寧なその愛撫に、タキの思考と身体が緩み始める。その危険を恐れて、言葉を必死に紡ぐ。
「つ、月弥……あなた、大納言に、指示されたのっ?!」
「ふふっ、色気のない話ですね」
 そう言って今度は、反対の乳房に吸い付く。
「んんっ……だ、だって、私を拐う利は、そこしかないでしょっ……ああんっ」
 ザラザラとした舌の表面を乳首に擦りつけられ身をよじる。二つの頂きから甘美で絶え間ない刺激を送られ続け、歯を食い縛りながら頭を振る。
「頑張りますね。舌使いなら自信があったのですけどね」
 両手の指の腹ですでに固くぷっくりと主張する先端を扱きながら、月弥はゆったりと微笑む。
「んあっ……ひょっとしたらっ、私に協力したのもっ……密告してくれたのもっ……本当は右大臣を失席させることがっ……んんっ……目的だった、違うっ?」
 ピタリと動きが止まった気配に被さる目の前の男を見ると、月弥はマジマジと笑みもなく興味深そうに見下ろしていた。
「……あなたは、ほんとに楽しいお方ですね」
「ひょっとしたら、月弥自身の恨み……慰みものにされてた事もあって、大納言に協力したんじゃないの?」
 月弥は静かに上体を起こした。
「恨み……。その事については特に恨んではいませんでしたけどね。わたしの処世術ですよ」
 そう、ニッコリ微笑んだ。

 その素直な返しにタキは心が傷んだ。きっと彼は、自分が想像できないような辛い過去を、身体を売ることで身を繋いできたのだろうか……。この美しさで、たくさんの汚れた男達にいいようにされてきてしまったのかも知れない……。

「否定は、しないのね? 私に毒を渡してくれたのも、密告して救いだしてくれたのも、右大臣や頼子姫を内裏から追い出す、その為だった、そうなのでしょ?」

 自分で口にしてみて腑に落ちた。月弥の気紛れなんかではない。左大臣の次に君臨する右大臣を払うことで、大納言は一気に内裏や政治での権力を手に入れられる。そして、左大臣と東宮との縁を切れば、弱まる慶時親王に替えて、恒和親王を東宮に置くことが可能になってくる。現に今内裏には、恒和親王の母、麗景殿女御しかいない。

 月弥は、良くできましたとばかりに、タキの乱れた髪の毛を指先ですいた。
「その問いに付け足すとするなら、大納言殿の利に付き合っている訳ではないですけどね」
 そう言って、脚の上に乗っていた身体を下方にずらすと、小袖の裾を捲し上げた。
「あっ!」
 タキの下肢が月弥の前で露になった。
「ああ、不思議だ。ここに、何もないのですね……」
 長い指先がツーッとタキの秘裂をなぞった。


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