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本編
柊木 鳴の話 IV
しおりを挟む橘さんと行ったのは駅近くの居酒屋で、普段の接客の疲れが癒されるような良い雰囲気の店だった。
「橘さんはよくここに来られるんですか?」
「そうだね、大学時代に短期でバイトしてからここの親父にはよくしてもらっているよ。」
(橘さんがバイト…似合わなすぎるな)
「ところで柊木くん、メールをしていた思ったんだが、俺なんかに対して畏まりすぎじゃないかな?」
まあ多少猫を被っていることは否定しないが、尊敬する相手に対して失礼な話し方は出来ないという気持ちが大きいのだと思う。
年齢も俺は27で橘さんとは6つ違うし。
と伝えたところ橘さんは自分の失敗談をいくつか話してくれた。
「あ、あと学生時代はかなり歪んだ性格してたから先生やら親やら迷惑かけまくっていたし、女子は泣かせたこともあるな。な?そんなに尊敬されるような人間でもないだろ?」
「そうですかね、それでも橘さんを尊敬しないっていうのは無理そうです。でも橘さんも人間なんだな、と思いました。キレイな顔しているし大人な雰囲気が出ていたので失敗談が聞けて安心?しました。」
橘さんはなんだか複雑そうな顔をしていたけど俺的にはいろんな話を聞けて本当に満足した。
でも今日起こったらしいこの前の女性との修羅場の話は正直少しひいた。
もちろん女性の方にだけど。
「年齢が離れているのは仕方ないけどね、君と俺は上司と部下という訳でもないしもう初対面という訳でもないんだから敬語で話す必要はない、と俺は思うよ。そしたら俺も言葉崩すし。だめ?」
少し前だが同僚に聞いた話、
“美人の「だめ?」攻撃には誰も勝てない”
というのはあながち嘘ではないらしい。
今まで会ったことの無いようなイケメンも例に漏れず、首を傾げながら請うようにされては駄目とは言えない。
俺自身は普段から敬語しか使わない人間ではないので言葉を崩すのは簡単だが、言葉の距離で心も物理的な距離感も近くなってしまうのが難点だった。
とはいえ“お願い”されてしまったので仕方なく「わかった。」と言えば、向かいの席で少し空気が揺れた気がした。
「今笑ったでしょ。」
「え?いや、昔友人に言われたんだよ。“人に頼み事する時に少し首傾げてお願いしたら100%聞いてもらえるぞ”って。ホントだなと思ってさ。初めて使ったけど。」
知っていて使うのは意地が悪い。
最終的にはどう転んでも橘さんの言う通りになったという訳だ。
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