わたしが魔女?

Y.Itoda

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短編

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いつものように庭で過ごしていた。柔らかな日差しが、緑の芝生にゆっくりと影を作り、木漏れ日が風に揺られて輝く。
そんな風景に囲まれていると、前世の社畜としての苦しさはまるで夢のように感じられた。静かに目を閉じ、花の香りを深く吸い込む。
貴族の娘として生まれ変わり、平和で憧れていた優雅で華やかな生活が現実となった今、キアーラにとって、この穏やかな時間は本当に貴重なものだった。

毎日、豪勢な料理の日々。
綺麗なドレスに、舞踏会とお茶会。
それに、使用人に従者もいる。
ダンスのレッスンは苦戦したけれど。

この世界に転生して、目を覚ましたときの家族の笑顔が、ふと、脳裏に鮮明に浮かんでくる。その笑顔には、過去とはかけ離れた温かさがあった。
自分が転生したことを知り、家族にそのことを話しても、皆んな変わることなく優しく接してくれた。その安堵と喜びは、心の中でずっと大切にしまっておきたいとキアーラは思っていた。

「お嬢様、今日は遠方からいらした貴族様が花畑にお連れするそうです」

使用人から告げられたその言葉に、キアーラは驚きと興奮を抑えられなかった。花畑とは、どんな場所だろう? どんな花が咲いているのだろう? 前世では、けして味わえなかった、新しい冒険のように感じられた。
笑顔を浮かべて、心の中で「ありがとう」と胸で抱きしめる。
この世界では、自分が思い描いていた平和な日常が確かに存在し、今それを手にしていることが信じられないほど嬉しかった。

その日の午後、豪華な馬車に乗り、花畑へと向かった。
馬車の中から見える景色が、次第に森や丘に変わり、その先に広がる一面の花々が目に入った瞬間、キアーラは息を呑んだ。
色とりどりの花が風に揺れ、一面に広がる景色はまるで絵画のようだった。

「なんて美しいの……」

思わず声が出てしまう。
すぐに馬車から降り、花畑の中へと進んだ。足元に広がる花々の柔らかさを感じながら、慎重に歩いていく。
その中には見たこともない花々がたくさんあり、花の色や形、一つ一つの香りにキアーラは興味を惹かれた。すべてが新鮮で、前世には決して感じることのなかった喜びに満たされていた。

キアーラの横には、案内してくれた貴族の青年が微笑みを浮かべて立っていた。
彼は優雅に手を伸ばし、最も美しいとされる花を摘み渡してくれた。そのとき、キアーラは一瞬だけ前世のことを思い出してしまった。

忙しくて自然に触れる機会などまったくなかった社畜時代。
私は気がつけば、ただ空気を吸っているだけだった。
曇った通勤電車の窓は、地獄を暗示しているようだった。

あの無機質な日常からは、想像もつかなかった幸せが今、目の前に広がっている。
キアーラは花を受け取り、そっと目を閉じて香りを吸い込む。

「ありがとう。これは……本当に素晴らしいわ」

青年は少し照れたように微笑み、キアーラの言葉を受け止めた。
風が二人の間をすり抜け、花びらを舞い上がらせる。キアーラの心は、幸福で満たされ、まるでこのまま時間が止まってくれることを願ってしまうほどだった。

そんな中で、青年がふとこぼした言葉が気になった。この世界には魔法が存在するという。
キアーラは目を輝かせたが、青年は少し申し訳なさそうに、魔法が使えるのは何万人に一人だということ、そしてそれが生まれたときに決まるものだと告げ、その言葉にキアーラは一瞬でがっかりする。

もし、魔法まで使えたら⋯

そう思ったけど、魔法が使えないとしても、今この場にいる自分を否定する理由にはならない。自分は特別でなくても、幸せであることに変わりはないのだとキアーラは強く思った。


帰りの馬車の中、夕暮れが近づき、花畑での思い出が頭の中に刻み込まれていく。
夕焼けが空を染め、馬車の中から見る景色が一層美しくなる中、キアーラはこの世界での生活がいつまでも続いてほしいと願った。
それは、前世の孤独とは対照的な、温かさと優しさに満ちた瞬間だった。
キアーラは、かつて自分がOLとして過ごしていた前世をぼんやりと思い出していた。目の前に広がる花畑は、どこか懐かしくもあり、心が洗われるような美しさを持っていた。
色とりどりの花々が風に揺れ、その香りが鼻をくすぐる。こんな風にのんびりと過ごせる日々が来るなんて、前世の世界では想像もつかなかったことだ。

あの頃の生活は、常に時間に追われ、仕事に追い詰められていた。
朝早くから夜遅くまで、パソコンの画面に向かい、終わらないタスクを片付ける毎日だった。
仲間たちと笑い合うこともなく、心を許せる存在もいなかった。だからこそ、花畑に寝転び、青空を見上げることができたなんて、自分が不思議で仕方なかった。
そしてその「不思議さ」こそが、この新しい人生の贈り物のように感じていた。


花畑の日からしばらく経ったある日、使用人の老人から町でマーケットが開かれていることを聞かされた。
その話しぶりには、どこか懐かしむような響きがあり、それがキアーラの心に興味を引き起こした。「町のマーケット」と聞くと、遠い世界の出来事のように感じていたが、実際に訪れるチャンスが目の前にあることに、キアーラの胸はときめきで満たされた。

初めて訪れる町への期待が胸を膨らませる。
すぐに、使用人にお願いして連れて行ってもらうことを決めた。そして豪華な馬車に揺られながら、窓から広がる景色を眺めた。
舗装された道がいつしか石畳に変わり、遠くに見える町の建物の影が大きくなっていく。
馬車の窓越しに見える景色は、キアーラの思い描いていた「外の世界」そのものだった。
町の人々が行き交い、雑然としながらも活気に満ちた様子が伝わってきた。これまでの屋敷の中の生活とはまったく違う、騒がしさとエネルギーが溢れているように感じられた。

マーケットに着いた瞬間、その活気に圧倒され、おもわ目を見開いてしまう。屋台がぎっしりと並び、色とりどりの果物や野菜、香ばしい匂いの立ち込める料理、奇妙な形をした魔法具の数々――見たこともないものばかりが並んでいた。
人々が声を張り上げ、買い物客と交渉をしている様子を見て、キアーラは心の中で「これが自由というものなのか」と感じていた。キアーラにとって、この混沌とした風景は、あまりにも新鮮で心を躍らせるものだった。

あれ、何だろ?
何かきらりと輝いた。
一瞬で目を奪われた。
それは宝石のように美しい「魔法石」を扱う屋台だった。

石はさまざまな色に輝き、それぞれが異なる光を放っていた。キアーラは、その一つ一つを見つめるうちに、まるで引き寄せられるように足を止めた。
店主が微笑みながら近づいてきたとき、瞬間的に何か、背中に冷たいものが走るのを感じる。店主の目は鋭く、自分の心の中を見透かすような視線だったせいかもしれない。

「その身なり、御屋敷の人かい?」

という言葉に、一瞬、自分が何か異質な存在なのかもしれないと不安を抱いた。

しかし、店主が取り出した小さなネックレスには、その不安を打ち消すほどの魅力があった。まるで月光を閉じ込めたかのような石が中央に輝いており、その美しさは言葉にできないほどだった。
キアーラは自然と手を伸ばし、そのネックレスを受け取る。
「特別な魔力が込められている」という言葉に胸を高鳴らせながらも、どこか疑いの気持ちも残っていた。
それでも、なぜかその言葉を信じたいと思っていた。もしかしたら、これが自分を変えるきっかけになるのではないか――そんな期待が心の片隅にあったのだ。

ひょっとしたら、私にも魔法が⋯?

「そのネックレスお気に入りですか?」
「はいっ」

即答すると、店主は不気味にニコリとして不思議なことを言い出した。

「アンタは特別な目をしているね。この世界の人間じゃないね? あげるよっ。魔法だって使えるよ。持っていきなっ」
「えっ? ただで貰うわけにはっ」

そのとき突然、後ろから慌ただしい足音が聞こえ、キアーラは驚いて振り向いた。使用人の老人が息を切らしながら駆け寄ってきた。

「キアーラ様、どこにいらしたのですか」

と、その声には心からの安堵と、少しの叱責が込められていた。キアーラは微笑んで、老人に「ただ、少し見ていただけです」と答えた。
言葉には罪悪感がにじんでいた。老人の顔には、彼女が無事であったことへの安堵が浮かび、彼の手がそっと背に触れた。キアーラはその瞬間、自分がとても大切にされていることを感じた。


その夜、キアーラは屋敷の自室でそのネックレスを手に取っていた。

結局、言われるがまま、押されるがままに、あの店主から受け取ってしまった。
何か異質な感じな人だった。
ひょっとして。あの人も転生者?

美しい装飾品だが、それ以上の何かがあるような気がしてならなかった。
キアーラは鏡の前でそっとそれを首にかけてみた。しかし、特に何も起こらなかった。
失望の気持ちが胸に広がったが、ネックレスの輝きがあまりにも綺麗で、何となくそれを外すことができなかった。
「もしかしたらいつか、何かが起こるのかもしれない」――そんな希望を胸に秘めて、ネックレスを身につけ続けることに決めたのだった。


魔法に対する興味が再燃したのは、どこかで自身の無力さを感じていたからかもしれない。
貴族令嬢として、何不自由なく過ごしてキアーラだったが、その内面には、前世での孤独や理不尽な扱いに対する憤りと無力感が根深く残っていた。
ある日、魔法を使える貴族と婚約した令嬢の話を耳にした瞬間、心はざわつき、その特別な力に対する羨望と、自分の価値を確かめたいという衝動に駆られた。

屋敷を抜け出して馬車を走らせるときのキアーラの心は、期待と不安で揺れていた。

「あの店主にもう一度会えたら、もしかして何かが変わるかもしれない」

そう信じたかった。しかし、町に到着し、期待に胸を膨らませながら探し回っても、あの屋台は見つからなかった。その瞬間、キアーラの胸に空虚感が広がり、何かが崩れるような感覚を味わった。

がっかりして歩いていると、路地裏から聞こえてきた罵声が耳に刺さった。その怒声は、まるで前世で受けた理不尽な罵倒を再現しているかのようで、キアーラの心を抉った。

「まただ…また、あの頃のように弱い立場の者が虐げられている」

沸々と心の中で、何か封じ込めていた怒りが静かに目を覚まし始めた気がした。
路地裏で男たちが子供たちを虐げている光景を目にした瞬間、キアーラは前世の記憶が鮮明に甦るのを感じた。オフィスでの窮屈な空気、上司からの理不尽な叱責、無力感と自己嫌悪の繰り返し。
自分の手で何かを変えたくても変えられない日々を思い出し、その無力感に対する憤りが一気に膨れ上がった。

「なんだお前?」

と怒鳴られたその瞬間、怒りが頂点に達し、キアーラの中で何かが弾けた。次の瞬間、視界は赤く染まり、男たちの首が飛ぶ光景が目に入った。
その光景は非現実的で、まるで悪夢のようだった。何が起こったのか理解できないまま、キアーラはただ呆然と立ち尽くしていた。足元には、動かなくなった男たちと、怯えた表情の子供たちが残されていた。


その帰り道、キアーラは混乱と恐怖に包まれていた。

「なぜ私はこんなことに?」

返り血で汚れた自分の姿が、まるで見知らぬ誰かのように思えた。

私がやったの?

全く自覚がなかった。その心の中には、いつの間にか暗い感情が渦巻き始めていること以外は。
その感情は、自分が無力であることを否定し、何かしらの力を持つことで自分の存在価値を証明しようとする焦燥感からくるものだった。


屋敷に戻ったとき、使用人たちの驚きと不安の表情がキアーラを迎えた。
返り血を浴びた姿は、もはや「平和で華やかな生活を楽しんでいた令嬢」ではなかった。
使用人たちの不安げな視線にさらされながら、キアーラは自分の変化に気づき始めた。

「どうして私はこんなことに…?」

頭の中で何度も問いかけるが、その答えは見つからなかった。


それからの日々、何かが確実に変わっていった。今まで美しく見えていた世界が、急に色褪せ、醜く見え始めた。人々の笑顔も、その裏にある打算や嫉妬、利己心が透けて見えるような気がした。キアーラは、かつて憧れていたこの世界の住人たちも、結局は前世で自分を苦しめた人々と変わらないのではないかという思いに囚われ始めた。

皆んな、自分のことばかり考えている。

心の中に渦巻く暗い感情は、日を追うごとに強まり、目の前の視界を覆っていく。
人々の嫌な面ばかりが目に入り、その一つ一つが怒りを煽った。
キアーラは次第に、自分がこの世界で抱いていた「幸せな日々」など幻想に過ぎなかったのではないかと思い始めた。
魔法石のネックレスを身に着けていることが、内なる暗い感情を引き出しているのか、それとも元から彼女の中に潜んでいたものなのか、キアーラ自身にも分からなかった。


社交界という華やかな場所は、キアーラにとってはどこか薄っぺらい仮面劇のように感じられた。周囲に広がる笑顔や上品な会話の裏には、利害や嫉妬が渦巻いていることをキアーラは知っていた。
それでも、この場に自分の居場所を見出そうとした。

私が貴族でいるために。

キアーラ過去の出来事で心に闇を抱えつつも、どこかでこの世界に希望を持ちたいと願っていた。

そんな中で再会したレイマチルダは、かつてからキアーラのことを見下していることで知られていた人物だった。
レイマチルダは社交界の中でも特に家柄を誇りにしており、他人を見下すことで自らの優位性を確かめているような人間だった。キアーラにとって彼女の存在は、まるで前世で自分を虐げた人々の象徴のようだった。

レビオンという婚約者を紹介される。
どこかで、会ったことがあったかなかったかのような関係値の人物だったが、その落ち着いた雰囲気と誠実そうな表情の青年に、キアーラは少しだけ安心感を覚えた。
しかし、その安心感も束の間、レイマチルダは使用人や他の令嬢たちの悪口を次々と言い始めた。言葉はまるで毒で、キアーラの心に暗い影を落とす。

「なぜ、こんなにも他人を傷つけることに平気でいられるのだろう」

内心でそう思いながらも、必死に自分の感情を抑え込んでいた。自分の中にある闇が漏れ出しそうな感覚を感じていたが、何とか堪えようと努力した。
その後は、レビオンの話になり穏やかな空気に戻る。
どうやら、レビオンは立場の弱い貴族だったけど、その顔立ちの良さからレイマチルダと婚約に至ったのだと、推測がついた。
嫌々なのは彼の立ち振る舞いから伝わってきた。それと、内気な性格だけど、正義感が強く、人柄の良さも。


そんなある日、事件は起こってしまう。

社交界の場で、再びレイマチルダと対峙することなったときだった。レビオンも一緒だった。
この日もまた自慢話が始まり、しばらく優雅な社交の時間が流れた。
そこまでは別に良かった。

しかし、そのあとまたもや使用人の悪口や他の令嬢たちの悪口が始まり、キアーラはイラっとしてしまう。
ただ、自分の気持ちを抑えるのに必死だった。
だけれど、あろうことか、レイマチルダは、隣にいるレビオンを侮辱し始めたのだ。

本人がいる目の前で、そんなことを言うなんてっ。

そう思った瞬間、キアーラの中で長い間抑え込んでいた感情が爆発した。

もう許せない。
私の中の何かが完全に切れた。

視界は暗闇に包まれ、次の瞬間、レイマチルダの首が飛び、社交界は一瞬にして、暗黒の地獄と化した。
自分が何をしたのか、理解する余裕はなかった。
社交界は瞬く間に恐怖と混乱に包まれ、人々は悲鳴を上げながら逃げ惑う。キアーラの中に広がるのは、ただ純粋な怒りと闇の力だったが、もはや自我は保てていない。それは自分自身が制御できないほど強大で、まるで闇に飲み込まれた悪魔そのものだった。

暴走を止めようと、魔法を使える貴族がキアーラの前に立ちはだかったが、キアーラの力の前では無力で、彼らの体は一瞬でバラバラになった。
その光景は凄惨でありながらも、キアーラの心には一切の感情が湧かなかった。ただ、自分が止まる理由は何もないというような感覚が心を支配していた。


キアーラが正気に戻ったときは、すでに屋敷を追放されていた。
月明かりの中、衣服は返り血でとてつもない邪悪臭が漂っていた。

町をさまよっいると、酔っ払いの男に茶化すように声をかけられ乱暴されそうになる。

娼婦かなんかと間違えてるのだろうか?

もう何とでもなれと思ったが、強く掴まれた腕が不快で、振り払おうとした瞬間に、男の首が飛ぶ。

その後、町は異様な空気が漂い始めた。
キアーラは再び我を忘れて暴走し始めた。
人々の悲鳴と逃げる足音が響く。

「ま、魔女だー!」
「魔女が来たぞー!」
「皆んな、逃げろー!」

キアーラの意識が、ほんの少し戻り、目の前の光景に、何とも言えない笑みを浮かべる。
転がる死体に、前世で腹が立った人たちの姿を重ねた。

もしも、この力のまま、現世に戻れたら、力なくそんなことも考える。
そして、ふと一歩前に足を出したときだった。そこには見覚えのある人影が。
よく見ると、レビオンだった。

早く逃げてっ!
死んでしまうっ。

と思った。
レビオンの綺麗な心は一目見たときから感じていた。
ひょっとしたらレビオンも私に対して何か思うようなことがあったような気もするなんて、考えたこともあった。

こんな人を殺したくない。

「正気に戻るんだ! ほんとのあなたはそんな姿じゃないはずだ!」

レビオンの必死の叫びに、キアーラ立ち止まり、彼の顔を見た。レビオンの瞳には恐怖ではなく、ただキアーラを心配する気持ちが映っていた。
その瞬間、胸の奥で何かが揺らぎ、涙が溢れ出るが、再びキアーラの暴走が始まり、周りの家屋は次から次へと破壊されていく。

もう、止まらない。

キアーラ泣きながらレビオンに向かって闇の魔法で攻撃する。

「思い出すんだっ!」

レビオンは必死な形相で魔法を使って防ぐが、キアーラの攻撃は凄まじく、体はぼろぼろになって瀕死の状態にまで追い詰められてしまう。
当然のように、レビオンの脳裏に、死がよぎった。

そして、キアーラが最後の魔法を放とうとしたときだ。レビオンが最後の力を振り絞って叫んだ。

「転生したばかりの頃を思い出すんだっ! あなたはそんな瞳をしていなかったはずだっ」

そのとき、魔女の手が止まった。
キアーラは一瞬立ち止まり、自分が転生したばかりの頃のことを思い出した。
花畑で見た美しい風景、使用人たちに囲まれて過ごした穏やかな日々、あの頃の自分は希望に満ちていた。幸せで、自分自身もこの世界で何かを見つけられるかもしれないと信じていた。
その思い出が、キアーラの心に微かな光を灯す。

私は、この世界にやってきて幸せだった。

レビオンは、その瞬間を見逃さなかった。
引きずる足に懸命に鞭を打って駆け寄り、キアーラの首にかかっていたネックレスを引きちぎり、強力な魔法で粉々にした。
その瞬間、渦巻いていた闇の力が一気に消え去り、その場に崩れ落ちるキアーラをレビオンは強く抱きしめ、

「落ち着くんだ」

と優しく語りかけた。その声は温かく、キアーラの心を包み込んだ。
やっとキアーラの涙は止まった。

レビオンの胸の中で、自分が何をしてしまったのか、その重さに耐えられなかった。
レビオンはそんな姿を責めることなく、ただ抱きしめた。キアーラに、初めて赦される感覚を味わいが広がった。

私の闇を癒し、再び立ち上がる勇気を与えてくれたような気がした。

温かいぬくもりの中で、優しく聞こえた。

ゆっくりと歩んでいけばいい。
この世界にも、素晴らしい人たちがいる。

と。

そしてもう一つ、そっと聞こえた。


レビオンも、私と同じ転生者だった。
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