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短編
しおりを挟む薄曇りの空が広がる日、静まり返った部屋の中に一筋の光が差し込んだ。その光は、小さな窓からしか見えない遠い空を映し出し、ルミネルの足元にぼんやりと落ちていた。床に腰を下ろしたまま、壁にもたれ、じっとその光を見つめている。
視線の先には、ただ淡々と繰り返される日常があった。しかし、その日常にはルミネルの居場所はなかった。前世の記憶が薄れるどころか、日に日に鮮明になっていく。どこにでもある普通の生活、学校へ通い、友達と遊び、家族と食卓を囲む日々。些細な悩みも、あの頃は世界のすべてだったのに、今ではそれさえも叶わない夢となっている。
「ここに生まれた意味なんて、あるのだろうか」
胸の奥から湧き上がるその問いは、日々の中で何度も繰り返されていた。
転生という特別な出来事が、自分に何か特別な意味を与えてくれるはずだった。けれど、今のルミネルは王族としての地位を負う一方で、責任に押しつぶされそうになっていた。自分を取り巻く状況が、あまりにも現実離れしていると感じられるからこそ、日々が重く、出口のない迷路のように感じる。
部屋を出ることさえできない。
重い扉の向こうには、優しい家臣や忠実な使用人たちがいつも心配そうに待っている。彼らの気持ちはわかる。けれど、それでも部屋の中に閉じこもってしまうのは、この現実に向き合う自信がないからだ。王女としての役割を果たすこと、それがどれほど重大かを理解しているのに、自分にはその役割が大きすぎると感じていた。
ふと窓の外を見る。
草木は揺れ、鳥たちはさえずり、城の庭には穏やかな時間が流れている。だが、その穏やかさは、まるで遠い別世界のように思える。外の世界がどれだけ美しくても、自分の中には冷たい壁が立ちはだかっていて、誰も入ってこれないし、こちらからも出られない。
部屋に残された静寂だけが、自分を支配していた。
沈黙の中で聞こえるのは、心臓の音だけ。
静かに、でも確かに鳴り続けるその音が、時折ルミネルを現実へと引き戻す。
だが、それも一瞬のこと。次の瞬間には、また意識は遠くへとさまよっていく。
「外に出たら、何かが変わるだろうか」
そう思うことは何度もあった。
しかし、その一歩を踏み出す勇気が湧かない。前世での自分は、ただの普通の人間だった。友達と過ごした日々、何気ない日常に包まれていた頃は、今とは全く異なる自分がいた。今の自分は、周りからの期待と責任に押し潰されそうな存在。もし自分が外に出ても、誰もそんな自分を受け入れてはくれない気がしてならなかった。
時間がただ過ぎていく。
何も変わらず、部屋の中の空気だけがゆっくりと流れていく。
その空気さえも、自分を取り囲む重たい感情と一体化しているようだった。ルミネルはもう一度、布団に身体を沈めた。目を閉じて、考えないようにする。もしこのままずっと眠り続けることができたなら、それはそれで楽かもしれない。
現実から逃げ続けることができれば、少なくとも今の苦しみは感じずに済む。
だが、心の片隅には、微かな違和感が常にあった。このままで本当にいいのだろうか。何かを変えるべきなのではないか。そうした問いが浮かび上がっては消えていく。その問いに向き合うことが怖かった。そして、今はまだその答えを見つけることができずにいた。
その日も、変わらない静かな時間が流れていた。だが、いつもと違う気配があった。城の外から、馬車の音や人々のざわめきが聞こえる。
ルミネルは布団に横たわったまま、薄目を開けて耳を澄ませた。
「何か来たのだろうか……」
その問いはすぐに消えた。外のことには興味がない。どうせ、また誰か偉い人が来たのだろう。それが王族であれ、貴族であれ、自分には関係のない話だ。そう思い、目を閉じ直した。
しかし、数時間後に訪れた知らせは予想外だった。
「ルミネル様、隣国のランベール王子がお見えです。お会いになりませんか?」
突然の呼びかけに、ルミネルは心の中で眉をひそめた。隣国の王子がこの小さな国に来るとは思っていなかった。しかも、わざわざ自分に会いたいというのだ。
「会う必要なんてない」
そう思った。
自分が部屋から出る理由は何もない。けれど、家臣たちは丁寧に説得を続けた。王子が若く、好奇心旺盛であること、そしてこの訪問が外交的に重要であることを繰り返し伝える。
結局、ルミネルは重い気持ちを抱えたまま、ようやく顔を上げた。
扉が開かれた瞬間、目に飛び込んできたのは、私と同じ10歳くらいの少年だった。輝くような明るい笑顔を浮かべ、どこか無邪気さを感じさせる。その少年が、ランベール王子だった。
「初めまして!」
元気な声が部屋に響いた。
その声に、ルミネルは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに冷静さを取り戻した。
「何の用?」
短く、冷たくそう返した。ランベールはその反応にも気にする様子はなく、にっこりと笑顔を崩さずに答えた。
「ただ、君に会いたかったんだ。外の世界には色んな話を聞くけど、ここにはもっと面白いことがありそうだって思って!」
その言葉に、ルミネルは少しだけ驚いた。だが、再び感情を押し殺すようにして、冷たい表情を浮かべたまま答えた。
「ここには何もない。帰った方がいい」
ランベールの笑顔が一瞬だけ揺らいだが、それでも彼はめげなかった。
「それでも、僕は君に会いたいと思って来たんだよ」
その言葉には、どこか真っ直ぐな強さが感じられた。それでも、ルミネルはそのまま背を向け、再び部屋の奥へと戻った。
その後もランベールは何度も城を訪れた。ルミネルは何度も拒絶し、冷たい態度を取り続けたが、彼はまったく諦める気配を見せなかった。彼の明るい性格と、誰に対してもフレンドリーな態度は、城の中でも評判になり始めていた。
最初は苛立ちさえ感じていたルミネルだったが、ランベールが訪れるたびに少しずつ自分の中で変化が生じていることに気づき始めた。
その日、ランベールがまた城を訪れるという知らせが届いた時、ルミネルは軽くため息をついた。
彼が訪れるたびに、同じやり取りが繰り返される。彼は笑顔で話しかけ、自分はそれを冷たく拒む。それでも、ランベールは毎回変わらず城の中に現れ、まるで訪問が日常の一部であるかのように振る舞うのだ。
「今日も来るんだ……」
小さく呟くと、ルミネルは窓の外を見た。庭の木々が風に揺れ、静かに鳥たちのさえずりが響いている。城の外では変わらぬ穏やかな日々が続いているが、ランベールが現れてから、何かが少しずつ変わっている気がしていた。それが何なのかはまだはっきりしないが、心の奥底で、その変化に気づかないふりをしている自分がいた。
やがて扉が軽くノックされた。
「ルミネル様、ランベール王子がお見えです」
その声に、ルミネルは黙って扉を見つめた。
心の中では、また同じやり取りが繰り返されるだろうと感じていた。だが、少しだけ違う感情も湧き上がっていた。
扉が開かれると、予想通りの元気な声が部屋に飛び込んできた。
「やあ、ルミネル! 今日も来たよ!」
ランベールは相変わらずの笑顔を浮かべ、まっすぐにこちらを見つめている。その無邪気な明るさに、ルミネルはふと顔をしかめた。
「何度も言っただろう。ここに来ても何も面白いことはない」
それでもランベールは笑みを崩さず、部屋の中へと一歩踏み出した。
「君がそう思ってるだけじゃない? それに、君が本当にそう感じてるなら、僕が面白くするよ!」
その言葉に、ルミネルは驚いたように顔を上げた。彼はいつもこうやって、何の迷いもなく言葉を放つ。自分にはそんな自信はない。だからこそ、その無鉄砲なまでの前向きさが不思議で、時折戸惑う。
「どうして、そんなに……簡単に言えるの?」
思わず口をついて出た問いに、ランベールは少しだけ首をかしげた後、笑みを深めた。
「だって、外の世界って面白いことばかりだろ? だから、君にもそれを知ってほしいんだ」
その言葉に、ルミネルはしばらく沈黙した。
外の世界……自分にとっては遠い存在であり、今ではその一歩を踏み出すことさえ恐れている場所だ。それでも、ランベールはその世界を楽しんでいるのだという。
「君がどんなに冷たくしても、僕はまた来るよ。だって、君に会うために来てるんだから」
その言葉に、ルミネルは心の中で何かが微かに動くのを感じた。これまでずっと一人で閉じこもっていた部屋に、誰かが何度も訪れることが、少しずつその孤独を溶かしているのかもしれない。
だが、それでもまだ部屋から出ることはできなかった。ランベールがどれほど明るく接してくれても、自分には外に出る勇気がなかった。
前世の記憶が、常に心に影を落としている。それが今の自分を縛り付けているのだと感じていた。
「好きにすればいい」
そう短く言い残し、ルミネルは再び背を向けた。だが、その背中越しに聞こえるランベールの足音は、これまでよりも少しだけ心に響いている気がした。
その日も、ランベールは諦めずに城を後にした。だが、彼がまた明日も来ることは、もはや疑いようがなかった。
それから幾日も過ぎた。ランベールは飽きることなく城を訪れ続けた。最初は扉越しに無愛想に応対していたルミネルも、次第に扉を少しだけ開け、言葉に耳を傾けるようになっていった。
ある日、ランベールがいつものように城を訪れた時、ルミネルは扉を全開にして迎えた。それは初めてのことだった。
「今日も来たのか……」
いつもと変わらない言葉で始まったが、その声には少しだけ柔らかさが含まれていた。
ランベールはそれに気づいたのか、嬉しそうな笑みを浮かべて部屋の中へと足を踏み入れた。
「もちろん! 今日は特に楽しい話があるんだ!」
楽しげに話を始める。
遠くの国で起きた不思議な出来事や、城の庭で見つけた珍しい動物の話。それはどれも他愛ないものであり、誰にでも話せるような内容だった。しかし、ランベールが語るその声には、どこか特別な温かさがあった。
ルミネルはそれをただ黙って聞いていた。無表情を装っていたが、いつの間にかその頬に少しだけ微笑みが浮かんでいたことに気づかないまま。
「君、笑ってるよ!」
ランベールがそう指摘した瞬間、ルミネルは慌てて表情を引き締めたが、もう遅かった。
「何も面白くない」
そう言い返したものの、その言葉には少しだけ照れが混じっていた。それを見たランベールは、ますます楽しそうに笑った。
その後、しばらく会話が続き、いつしか話題はルミネル自身のことに移っていった。ランベールは何度も尋ねてきた。「どうして部屋から出たくないの?」と。最初は答えを濁していたが、次第に言葉が少しずつ漏れ出してきた。
「……外に出るのが怖いんだ」
そう呟いたルミネルの声は小さく、かすかに震えていた。ランベールはそれを聞き逃さず、優しく問いかけた。
「どうして怖いの?」
その問いかけに、しばらく沈黙が続いた。
過去の記憶が頭の中でよみがえる。前世で味わった辛さ、孤独、そして裏切り。誰にも理解されず、誰からも求められない存在だと思い込んでいた。そんな過去が、今の自分を閉じ込めている。
「前に……大事な人たちに、ひどく裏切られたんだ。だからもう、誰にも信じてもらえないと思ってる」
それは前世の記憶に基づく苦しみだった。ランベールはじっと耳を傾けていたが、やがて静かに言葉を発した。
「でも、今の君は、その時の君じゃない」
ルミネルは驚いたように顔を上げた。ランベールはまっすぐな目でこちらを見つめている。
「君がどう感じているかはわからないけれど、少なくとも僕は、君がそのままでいいと思ってる。外に出るのが怖いなら、無理に出なくてもいい。けど、もし少しでも外の世界が気になるなら、僕が一緒に行ってあげるよ」
その言葉は、思ってもみなかったほどに温かく、真っ直ぐだった。これまで、誰からもそんな風に言ってもらえたことはなかった。
自分をそのまま受け入れてくれる存在がいることに、ルミネルは不意に胸が締め付けられるような感情を覚えた。
「……そんな風に言ってくれる人、初めてかもしれない」
ランベールは微笑みを浮かべながら、軽く肩をすくめた。
「じゃあ、僕がその初めての一人目ってことだね」
それは無邪気な冗談のようにも聞こえたが、その言葉には深い思いやりが込められていた。ルミネルは少しだけ笑顔を見せた。
「ありがとう……」
それはほんの小さな一言だったが、その一言にはこれまで溜め込んできた全ての感情が込められていた。
ランベールの存在が、少しずつ、だが確実にルミネルの心を開かせ始めたのだった。
次の日もランベールはやってきた。今日は特に話すこともなく、二人はただ静かに部屋の中で時間を過ごしていた。窓の外からは庭の鳥たちが鳴き、そよ風が軽やかにカーテンを揺らしていた。
ルミネルは、少しずつ外の風景に目を向け始めていた。窓の外に広がる空や木々の美しさに気づき、何かが心の奥で解けていくような感覚を覚えていた。それでも、外の世界に一歩を踏み出す勇気はまだ完全に持てずにいた。
「外に出るのって、どういう感じなんだろう……」
ふいに呟いた言葉は、内心の葛藤を映していた。外に出たいという思いと、それを阻む恐れ。その二つの感情が心の中でせめぎ合っていた。
ランベールは、しばらく黙っていたが、優しく問いかけた。
「外の世界は、怖いだけじゃないよ。確かに危険なこともあるかもしれないけど、その分、楽しいことや驚きもいっぱいあるんだ」
その言葉に、ルミネルは少し考え込んだ。前世で感じた孤独や裏切り、そして現世での閉ざされた生活が、外の世界への恐れを強くしていた。それでも、ランベールが話す外の景色や出来事が、どこか心を惹きつけるようになっていた。
「でも……自分には、外に出る資格がない気がするんだ」
その言葉には、長い間抱え込んできた自己評価の低さがにじみ出ていた。自分は価値のない存在だという思いが、今も心を支配していた。
ランベールはその言葉を聞いて、少し真剣な表情を浮かべた。
「そんなこと、絶対にないよ。君がどんな過去を持っていようと、今ここにいること自体が素晴らしいんだ。外に出る資格なんて、誰にでもある。君もその一人だよ」
その言葉は驚くほど力強く、まっすぐだった。ルミネルは思わず視線を外し、少し考え込んだが、心の中で何かが解け始めているのを感じていた。
しばらくの沈黙の後、ランベールはゆっくりと手を差し出した。
「もし一歩踏み出したいと思ったら、いつでも僕がそばにいるよ。怖いなら一緒に歩こう」
その手は、決して無理強いするものではなく、ただ優しく寄り添ってくれる存在として差し出されていた。ルミネルはその手を見つめた後、静かに頷いた。
「……もう少しだけ、考えてみる」
まだ外に出る決心はついていなかったが、少なくともその手を拒むことはしなかった。少しずつ、だが確実に、ランベールとの時間が、時を刻む。
そしてまた新しい一日が始まり、ランベールは変わらず城を訪れ、部屋で共に時間を過ごす。
そんな日々が、穏やかに続いていく。
ある日、ランベールがいつも通りに来ると思っていた時間が過ぎていた。窓の外を何度見ても、聞き慣れた足音も笑い声も響いてこない。ルミネルは、いつになく心がざわつくのを感じた。
「今日は来ないのかな……」
その日だけなら、特に気にすることはなかったかもしれない。しかし、次の日も、またその次の日もランベールの姿は見えなかった。いつもなら何度も訪れてくれるはずのその存在が、まるで突然消えてしまったかのように感じられた。
ルミネルはベッドに腰掛け、手元のクッションを抱きしめたままぼんやりと天井を見つめていた。部屋の静けさが心に重くのしかかり、いつの間にかそれが当たり前だと思っていた日々が、遠く感じられ始めていた。
「どうして、こんなに寂しいんだろう……」
ついこの間まで、部屋に引きこもっていることが心地よかった。誰とも話さず、何もせず、ただ一人で過ごす時間が安心だったはずだ。なのに、今は部屋にいることが苦しく感じる。静寂がまるで、心の中まで押し寄せてくるようだった。
数日が過ぎ、城の者たちの話を耳にしたことで、ランベールが訪れない理由がようやく分かった。隣国で緊急の問題が発生し、王族が対処に追われているのだという。ランベールもその解決に向けて奔走しており、しばらくは城を離れることができないらしい。
「そういうことだったんだ……」
少し安心する反面、心にぽっかりと穴が開いたような気持ちが消えなかった。ランベールがいない日々が、こんなにも自分に影響を与えるとは思ってもみなかった。いつの間にか、支えられていたことに気づく。
「今までずっと……あの明るさに救われていたんだ」
その事実に気づいた瞬間、胸の中に広がる寂しさと同時に、ランベールへの感謝の念が込み上げてきた。自分を孤独から救い出し、少しずつ外の世界へと向かわせてくれていた存在。その存在がいない今、どれほど大きな支えだったかが痛感された。
部屋の窓から外を見つめる。風が木々を揺らし、遠くの空には雲が流れていく。以前は怖くて見られなかった外の景色が、今はなぜか懐かしく、そして温かく感じられた。
「ランベールが戻ってきたら……ちゃんと伝えよう」
支えられていたこと、そして感謝していること。
今まで言えなかった気持ちを、次に会った時に必ず伝えよう。
ランベールの不在が続く中、日々の静けさがルミネルの心に重くのしかかる。
最初はただ寂しさに押し潰されるような感覚だったが、次第に、その静けさの中で自分自身と向き合う時間が増えていった。
「いつもランベールがそばにいたから、外の世界を怖がらずにいられたんだ……」
そう呟きながら、ルミネルは自分の胸の内をじっくりと考えるようになった。ランベールの存在にどれほど助けられてきたか、そして自分がただその優しさに頼っていたことにも気づき始めていた。
窓辺に立ち、外の景色を見つめる。
以前はただの恐怖や不安の象徴だった外の世界が、今は少し違ったものに見える。ランベールが語っていた「楽しいことや驚き」が、少しずつ現実味を帯びて感じられるようになってきた。
「ランベールは、私が外に出る勇気を持っているって信じていたんだろうか……」
ふとそう思った時、ルミネルの心の中で、何かが少し動き始めた。ずっと閉ざしていた扉の向こうに、もしかしたら自分が想像していたよりもずっと広い世界が広がっているのかもしれない。
ランベールが見せてくれた外の景色、語ってくれた冒険や笑顔の時間。それらを自分の力で感じ取ることができるのではないかという思いが、心に浮かび上がった。
「……怖いけど、一歩踏み出してみようかな」
ルミネルは、少しずつ自分の心の中に芽生えていた新しい感情に気づいた。
それは、ただ守られる存在でいることに対する抵抗であり、自分自身で世界に向き合いたいという小さな意志だった。
ランベールに支えられていたことを感謝しつつも、その支えだけに頼るのではなく、自ら立ち上がってみるんだ。
数日後、ルミネルは勇気を出して部屋を出ることを決めた。
誰に命じられたわけでもなく、ただ自分の意志で。長い間閉ざされていた扉をゆっくりと開け、廊下を一歩一歩進む。部屋の外の空気が思いのほか新鮮で、鼻先を心地よく刺激した。
「外の世界を、自分の目で確かめるんだ……」
心の中で何度も繰り返しながら、ルミネルは廊下の先に続く大広間へと向かって歩いていった。
ランベールが語っていた外の風景。
それがもうすぐ自分の目の前に。
その期待と不安が交錯する中で、ルミネルはついに自分の殻を破ろうとしていた。
城の大広間で待つルミネルは、心の中に新しい決意を秘めていた。
以前とは違う、成長した自分でランベールを迎えたいと思っていた。
やがて、ドアが開き、久しぶりにランベールが姿を現す。
無邪気な笑顔は変わらないけれど、その目にはどこか以前よりも強い意志が感じられた。
「久しぶりだね!」と元気な声が響く。
「待ってたよ」
とルミネルも微笑んで答える。だが、ランベールの動作が少しぎこちなく、少し緊張しているように見えた。
「実はさ……」と、ランベールはもじもじしながら言った。「少しだけ話したいことがあるんだ」
ルミネルは驚いた表情で耳を傾けた。いつも明るく振る舞っていたランベールが、こんなに真剣な表情を見せるのは珍しい。
「何があったの?」
ランベールは深呼吸を一つして、真剣な表情で語り始めた。
「隣国で少し問題があってね、父上に頼まれて初めて僕が外交の手助けをしたんだ。すごく緊張して、最初はうまくできなくて……正直、怖かった」
ルミネルは静かに頷きながら、話を聞いた。ランベールは続けた。
「でも、そこで気づいたんだ。僕はいつも笑ってるだけじゃダメなんだって。本当に大切なものを守るためには、責任を持って行動しなきゃいけないんだって。だから、少しだけ成長したつもり……かな。」
ルミネルはその言葉に胸がじんわりと温かくなるのを感じた。
「ランベール……本当に頑張ったんだね。立派だよ」
ランベールは照れ笑いを浮かべて鼻をこすった。
「ありがとう。でも、ルミネルも変わったね。前より自信がついたみたいだっ」
ルミネルは少し頬を赤らめながら頷いた。
「ランベールがいろいろ教えてくれたからだよ。あなたが外の世界の話をしてくれたおかげで、私ももっと外に目を向けられるようになったんだ」
ランベールは一瞬驚いた顔をして、それからにっこりと笑った。
「そっか、僕が少しは役に立ったんだね。でも、今度は僕もルミネルに教わらなきゃ。どうやったらそんなに落ち着いて見えるのか、教えてほしいよ!」
「そんなことないよ!」
ルミネルは思わず笑い声を上げた。
「でも、ありがとう。お互いに、少しずつ成長していこう」
ランベールは嬉しそうに頷き、ふっと安心したような笑顔を浮かべた。
「そうだね。これからも一緒に頑張ろう」
二人はお互いに笑い合い、その瞬間、互いの成長を確認し合うような温かな空気が流れた。
以前よりも少しだけ大人になった二人。
これからも一緒に歩んでいくという、また新たな一歩を希望を胸にして。
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三年が経ち、季節は再び初夏を迎えていた。城の庭は緑豊かに彩られ、草花が風に揺れながら爽やかな香りを運んでいた。ルミネルはバルコニーからその景色を眺め、少しの間、深呼吸をした。以前はただ部屋に閉じこもっていた場所に、今は日差しを受けながら、穏やかな気持ちで立っていた。
その時、遠くから足音が聞こえた。振り返ると、久しぶりにランベールがやって来る姿が見えた。彼の背筋は伸び、笑顔には以前よりも確かな自信が宿っていた。
「ルミネル、元気そうだね」ランベールが駆け寄り、微笑みを浮かべながら声をかけた。
ルミネルはふわりとした微笑みで答えた。「ランベールも立派になったね。会えて嬉しいよ」
二人はしばらく見つめ合い、少しぎこちない沈黙が流れる。だが、次の瞬間、ランベールははにかむように笑い、右手を伸ばして彼女の前髪をそっと撫でた。「三年で随分変わったよね。君も、そして僕も」
その触れ方は、以前とは違う優しさと落ち着きを持っていた。ルミネルは、その手の温かさを感じながら、目を伏せて小さく頷いた。「そうかもしれない。今の私、昔の私とは違うんだよ」
ランベールの手がゆっくりと下り、ルミネルの目をじっと見つめる。「どうして?」
ルミネルは一瞬、言葉を探したが、深く息を吸い込むと口を開いた。「あの頃、私は自分を信じていなかった。部屋に閉じこもって、外の世界から目をそらしていた。でも、あなたが何度も来てくれたおかげで、少しずつ変わることができたの」
ランベールはその言葉を聞き、静かに頷いた。彼の目には、ただの同情や優しさではなく、理解と共感が浮かんでいた。「僕も怖かったよ、自分の国をどう導くべきか考える時は、いつも不安でいっぱいだった。でも、ルミネルの姿を見て、僕も頑張らなきゃって思えたんだ。だから、お互い様だね」
その言葉に、ルミネルの心はふっと軽くなった。以前の彼とは違う、しっかりと地に足をつけた姿が目の前にあった。彼の成長を感じながら、ふと手を伸ばし、ランベールの袖をそっとつかんだ。
「あなたもたくさんの責任を背負ってきたんだね。今なら、その気持ちがわかるよ。私も、この国のために何かをしたいって思うんだ。前はそんなこと、考えもしなかったのに」
ランベールは少し驚いたように目を見開き、それから優しく微笑んだ。「ルミネルがそう思ってくれるのなら、きっと国は良い方向に進むよ」
彼はルミネルの手を取り、互いの決意を感じるかのようにしっかりと握り締めた。その時、城のバルコニーから見える景色が一層広がり、二人の未来への道筋が明確に浮かび上がるように感じられた。
風が二人の間を優しく通り抜け、草木の香りが包み込む。ランベールはその風を感じながら、小さく笑った。「平和って、こういう日々を守ることなんだね。僕たちが一緒に、これからも続けていくんだ」
ルミネルは目を閉じ、深く頷いた。「そうだね。これからも一緒に歩んでいこう」
そう言いながら、彼女はしっかりとランベールの手を握り返した。その温もりは、以前よりもずっと確かで、未来に向かって共に進む力強さを感じさせた。
二人は言葉少なに、それでも確かな絆を胸に抱きながら、共に歩き始めた。
かつての不安や迷いは消え去り、今は自信と希望に満ちた二人が世界を平和へ導く。
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