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13話 母の陰
しおりを挟むアンブレルは部屋の片隅に座り込み、深いため息をついた。
カサンドラの陰謀が明らかになったことは、まるで心に小さな穴が開いたような痛みを伴っていた。毒殺未遂に巻き込まれたメイベルの姿が思い浮かぶ度に、内側から沸き起こる怒りがどうしても抑えられない。
そして同時に、子供の頃の思い出がフラッシュバックのように蘇る。
母は常に完璧であろうとしていた。冷静で美しく、いつも決断は揺るがなかった。周囲の期待に応え、父の権力を支え続ける姿は、幼いアンブレルにとって憧れであり、恐怖でもあった。
「アンブレル、もっと強くならなければならない」
そう言われた日々がどれだけ続いたことだろう。その眼差しには愛情があったかもしれないが、その底にはいつも「自分の思い通りでなければならない」という強い意志が潜んでいた。
私が悪役令嬢といわれるようになったのも、その反動だった。
私は、鳥籠の中の鳥じゃない。
自由に飛びたい、そう思っていた。
お母様の腹の内は、私が目障りで仕方がなかったのか。
回想から戻り、アンブレルはその冷たい現実に立ち向かっていた。
「どうしてこんなことを…」
という疑問が、やはり何度も胸を締め付けるが、それ以上にカサンドラの目的を知り、止める責任がある。そしてこの苦境を共に乗り越えようとしているカシュパルの存在が、いつの間にか心の支えになっていることにも気付いていた。
アンブレルが頭を抱え込んでいると、カシュパルがそっとささやいた。
「あの…アンブレル、大丈夫?」
遠慮がちな声が響く。その声には不安と、少しの勇気が混じっていた。アンブレルは顔を上げ、カシュパルの姿を見つめ、普段は物怖じしてしまう彼が、今だけはまっすぐにこちらを見ている。どこか頼りなさげだが、その眼差しは真剣だ。
「大丈夫…ありがとう、カシュパル」
そう呟きながらも、アンブレルの声には少し震えが残っていた。
カシュパルはふわりと微笑み、「助けになりたいんだ、何でも言ってほしい」と言葉を続けた。
内気なカシュパルにとって、こうしてアンブレルに寄り添うことは勇気のいることだった。それでも、真摯な態度がアンブレルの胸を少し軽くした。
ふと、他の者たちの安否も気になった。
メイベルは毒殺未遂の後、体調の回復に専念していた。アンブレルは何度か見舞いに訪れたが、陰謀に巻き込まれたことへの恐怖がメイベルの中に深く刻まれていた。
そんな中でも、メイベルは必死に笑顔を作り、アンブレルを励まそうとしていた。
「心配しないで、アンブレル。あたしは平気だから」
と言いながらも、その笑顔の裏に隠された不安は明らかだった。アンブレルはその姿に胸を締め付けられ、必ずこの陰謀を終わらせると誓っていた。
アルベルタは、陰の権力者の圧力によってアンブレルと別れることを余儀なくされた後、独自に動いていた。
陰謀の核心に迫るべく、自らのスキルを駆使して情報を収集していた。そのため、アンブレルとの連絡は途絶えがちであったが、アンブレルの安全を確保するために動いていることは確かだった。
アルベルタの不在はアンブレルにとって大きな痛手であったが、その存在がどこかで支え続けてくれていることを信じていた。
そんな中、ロベルト伯爵は自らの愚かさのせいで毒薬を飲んでしまうという致命的なミスを犯し、一命は取り留めたものの、結果として田舎に引っ込むこととなっていた。
ロベルト伯爵は無意識のうちに毒薬を手に取り、それを飲み干してしまったのだ。アンブレルたちはその知らせを受けて驚愕し、どうしてこんな状況に至ったのか理解に苦しんだ。しかし、ロベルト伯爵自身も自分のドジを呪い、静かな生活を選ぶしかなかった。
皆んなの思いがある。
母が何故このような陰謀を企てたのか、その理由を知りたいという思いと、もう一度母に愛されたいという子供じみた願いが心の中で交錯する。
「自分が思い通りに動かないから、母はこんなことを…?」
その考えは、アンブレルの心を切なくさせたが、同時に戦うべき理由を与えてもくれた。
カシュパルはアンブレルのそばに寄り添い、ただ静かに話を聞いていた。普段は控えめで内向的な彼が、今はアンブレルのために立ち上がろうとしている。その姿に、アンブレルは胸の奥が温かくなるのを感じた。
「ありがとう、カシュパル。あなたがいてくれて本当に良かった」
アンブレルの言葉にカシュパルは頬を赤らめ、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
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