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9話 自由のためには
しおりを挟むカシュパルとの協力関係は、毒殺未遂をきっかけに始まった。しかし、その関係は始まりからして困難に満ちていた。カシュパルの内気な性格は行動において慎重すぎる一面を見せ、アンブレルにとっては時折もどかしさを感じさせた。
しかし、それでもカシュパルの持つ情報とその立場は大いに頼りになるものであった。カシュパルは王族に近しい身分にあり、宮廷内での動向や陰謀の証拠を集める手段を持っていたため、その助けがどれほど大きなものかはアンブレル自身も理解していた。
カシュパルは、アンブレルの要請を受けて宮廷に潜り込み、陰謀の糸を手繰ろうとしていた。しかし、その内気さが災いし、行動に自信を持てないまま何度も立ち止まってしまうことがあった。ある日、宮廷内で密かに動いている最中、重要な情報を聞き取ろうとするカシュパルの姿があった。廊下の陰に隠れ、権力者たちの密談に耳を傾けるものの、緊張で額に汗がにじんでいた。
「…彼らに見つかったらどうしよう…」
カシュパルは息を殺し、心の中で何度も繰り返した。心臓が早鐘のように打ち、逃げ出したい気持ちと戦っていた。しかし、その時ふと浮かんだのはアンブレルの言葉だった。
「あなたの助けが必要よ」
と微笑んだあの顔。その記憶がカシュパルに勇気を与えた。逃げずに最後まで聞き取り、重要な情報を手に入れることができたのだ。
報告に戻ったカシュパルは、緊張の余韻をまだ引きずっていた。アンブレルにその様子を見られ、困惑する表情を浮かべた。
「カシュパル、大丈夫? 無理をしてない?」
アンブレルはその不安定な姿に心配の色を隠せなかった。しかしカシュパルは弱さを見せまいと、かすかにうなずいて答える。
「問題ありません…ただ、少しだけ緊張しました」
その答えは正直でありながら、カシュパル自身の不安と葛藤を滲ませていた。
アンブレルはこの内気な性格がどれほど彼を苦しめているかを感じ取った。それでも、カシュパルの誠実さと正義感に支えられていることも事実だった。
「ありがとう、カシュパル。その情報はとても貴重よ。あなたがいてくれるおかげで、私たちは前に進める」
アンブレルは励ましの言葉をかけ、カシュパルの不安を少しでも和らげればと願った。
一方で、ロベルト伯爵の葛藤は深まるばかりだった。陰の権力者からの圧力は増し続け、ロベルトにさらなる指示が降りかかった。その指示とは、アンブレルたちの動きを監視し、必要ならば妨害すること。陰謀の手が及ぶことを恐れつつ、ロベルトは自らがその陰謀の一部であることを痛感していた。
特にメイベルの毒殺未遂が自身に与えた影響は大きく、その重荷は次第に心を蝕んでいた。
ある日、陰の権力者との密会で、ロベルトは一枚の文書を手渡された。それはアンブレルたちの行動に関する報告書であり、次の手を打つための指示が記されていた。
ロベルトはその文書を握りしめながら、目の前の権力者の顔をじっと見つめた。内心では、このような行いがどれほど不正であり、罪深いかを理解していたが、それでも自らの立場を守るためには従わざるを得なかった。
「…どうして、自分はこんな道を選んでしまったのか」
ロベルトは、陰謀に加担することで守られる自身の立場と、罪悪感との狭間で苦しんでいた。
そんな中、アンブレルたちが命を懸けて陰謀に立ち向かう姿が頭をよぎり、胸が痛んだ。
あの悪役令嬢が、ここまでするとは。
その痛みは、自分もかつては正義を信じて行動していた日々を思い出させたからだ。どこかでアンブレルたちに協力したいという思いが芽生え始めていたものの、その思いを行動に移せない自分に嫌悪感を抱いていた。
次第に、ロベルトの行動は不安定さを増していく。
アンブレルたちの動きを探るために彼らの元へ近づきながらも、その心には葛藤が渦巻いていた。
ある晩、ロベルトはアンブレルのもとを訪れた。訪問の理由は「監視」のためだと自分に言い聞かせながらも、心のどこかでは本心を打ち明ける機会を探していたのかもしれない。
ロベルトの姿を見たアンブレルは、一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに冷静さを取り戻し、ロベルトを迎え入れた。
二人きりの部屋で、ロベルトは言葉を選びながら話を始めた。
「アンブレル、最近の動向について少し話を聞きたくてね」
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