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短編

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 これは私が、夢の中で転生した、星と月の話だ。

 星々が輝きを放つ異世界。
 その夜空は果てしなく広がり、無数の光がまるで永遠に続く物語を描くように瞬いている。すべての星には、何かしらの力が宿っている。古の時代から、その力は人々に祝福と災いをもたらしてきた。
 中でも、王家に生まれた者は特別だ。星の輝きを自らの血に受け継ぎ、守護者としての使命を与えられる。

 使命を背負った存在は、一つの星から生まれた力をその身に宿し、星々の調和を守るために生きている。夜が訪れるたび、星の光は絶え間なく大地を照らし、その光は人々を包み込む。だが、守護者の内には、誰にも見せることのできない孤独が隠れている。

 星の輝きが全てを守る使命。それは崇高なものであり、決して他者に理解されることのない重みでもあった。
 星と対話するたびに、心の奥底にはある思いが浮かんでは消える。心の隅で、他の誰かと分かち合いたいという願望が静かに囁いているが、その思いは使命の重みの前に抑え込まれてしまう。

 いつも、遠くから見つめるだけで十分だった。
 星々が語りかける言葉は、冷たくも温かくもなく、ただ無限の時を渡るように変わらない。使命に対して誇りはある。だが、孤独が胸の中で次第に膨らみ始めることも否定できない。

 誰もが見上げるその輝きの中に、隠された感情が宿っているのだろうか。夜空を眺めるたびに、その問いが浮かんでは霧のように消えていく。星の光は無限に広がり、まるで自らの存在を小さな点に変えるかのようだ。
 星々に宿る力を受け継ぐ者として、常に孤高でなければならないことはわかっていた。誰にも寄り添うことができず、誰の声も直接届かない。それでも、星の守護者としての役割を果たすことは、世の秩序と安寧を保つための唯一の方法だった。

 しかし、その役割の背後には、純粋な願いが隠されている。星の光に照らされながら、何度も心の内側で響く願いがあった。

「誰かに理解されたい」

 と。
 それは決して言葉に出すことができない切実な願い。自分を守るために高く積み上げた壁を超えることは許されないのだと知りつつも、その壁の向こうに広がる世界を求めてしまう瞬間がある。
 空を見上げるたび、静寂の中に響く星の声は、一人で抱える運命の重さを慰めてくれるわけではない。星の力は強大で、恐れられ、時には崇拝される存在であるが、同時に人としての感情は置き去りにされている。
 周囲の目はただ、その力を求めるだけ。そこにあるのは尊敬でもなく、恐怖でもなく、ただ使命に対する期待だけだった。

 心の中で、星の輝きと共に過ごす静かな夜が続くたび、その孤独は深く刻み込まれていく。
 使命に誇りを持つ者でありながら、その誇りが重荷となる瞬間が何度も訪れる。何かを守るということは、自らを犠牲にすることだと痛感する夜が続く。
 それでも、その使命から逃げ出すことはできない。
 なぜなら、星々の声が常に耳元で囁いているからだ。光は絶え間なく降り注ぎ、その力は大地を守り続ける。だが、心の中では、誰かと分かち合いたいという強い欲望が消えることなく息づいている。

 その夜も、星々は静かに瞬いていた。

 静寂の中、誰にも届かない小さな願いが、空の彼方へと消えていく。


 月が高く昇り、その柔らかな光が大地を包み込む夜、星の王女は静かに歩みを進めていた。
 光と影が入り交じる中、星の輝きだけではない、異なる力が夜空を支配していることに気づいた瞬間だった。ふと立ち止まり、冷ややかで優しい月光があたりを包むその光景に、視線を巡らせる。

 その場所に現れたのは、月の光を纏うかのような騎士だった。
 無言のまま現れるその姿は、静寂の中に強さと儚さを宿していた。鎧に反射する光は冷たく、夜の静けさに溶け込むような佇まい。戦士でありながら、その眼差しには深い思索と重みが感じられた。
 二人の視線が交わるその瞬間、互いの存在に何かしらの共通点を見出したかのように、どちらともなく歩み寄る。
 言葉を交わす前から、星と月、それぞれの役割を背負う者としての理解が、静かに二人の間に流れ込んできた。

「ここにいる理由は…?」

 低い声が夜空に響き、静かな波紋を作り出す。
 その問いかけには、単なる疑問ではなく、共に背負う者としての共感が隠されていた。
 王女は星の力を受け継ぐ存在である自分のことを話した。
 使命を全うするために生まれ、星々の調和を守り続けていること、そしてそれがいかに大きな孤独を伴うか。
 言葉に出すことはほとんどないが、その内に抱える孤独が月の光の中で自然と溢れ出していくようだった。
 月の騎士は静かに耳を傾けていたが、その表情からは何も読めなかった。だが、その沈黙の中に、理解と共感が確かに感じられた。
 そして、騎士自身もまた、月の力に支えられながらも、運命に縛られた存在であることを明かした。人々を守るために戦うたび、その運命に苦悩し、時に自らの役割に疑問を抱くこともあったのだと。

 互いに言葉を重ねるうちに、二人の心の中に共通の感覚が生まれ始めていた。
 使命と孤独、そして背負うべき重責。
 違う場所で生まれ育ったはずの二人でありながら、その根底には同じような苦しみと責任感が広がっていた。それが、ゆっくりと、しかし確実に二人の心の距離を縮めていく。

 月の光に照らされ、星々の輝きが微かに揺れる中、星の王女は騎士に対して感じる特別な感情を自覚する。しかし、心に浮かんだその感情は、すぐに封じ込められるべきものであると理解していた。
 使命を超えて、誰かと深く結びつくことは許されない。あくまでも星々の守護者であること、それこそが全ての優先事項だからだ。

 それでも、その思いは心の奥で静かに芽生え、消え去ることはなかった。

 月の騎士と共に過ごす時間は、短くとも心に大きな変化をもたらしていた。最初の邂逅の瞬間から、言葉以上の何かが二人の間に流れていた。
 沈黙の中にも互いを理解する感覚があり、心の奥深くに隠していた孤独を見透かされているような錯覚を覚えた。

 その夜は、二人は月光の下で静かに言葉を交わし始めた。
 騎士は、夜空を見上げながら静かに語る。月の力を宿す者として、人々を守るために戦い続ける日々、その中で失われていくもの、そして手に入れることのできなかったもの。言葉の端々から、使命に対する誇りと、それと同時に背負いきれない重圧が滲み出ていた。
 王女は耳を傾けながら、目の前の存在に強く引かれている自分を感じていた。
 星の光の下では決して見ることのできなかった光景が、月の下で広がっていくようだった。騎士の言葉に含まれる苦悩は、自分自身の心の奥に秘めていた感情と重なり合い、次第に共鳴していく。

「互いに背負っているものが、重すぎるのかもしれない」

 と騎士がぽつりと呟いた。
 その声は静かでありながら、深い苦しみを隠そうとはしていなかった。その言葉に、王女は不思議な安心感を覚えた。
 星の光を背負う自分が、こうして同じ重荷を抱える誰かと出会えたことが、孤独な心に小さな光を灯したのだ。
 だが、その感情が一瞬でも膨らむたびに、使命が冷たく彼女を戒める。
 人々を守る存在である以上、誰かに心を許すことは許されない。星々の輝きが全ての指針となるこの世界で、使命を超えた感情は不必要であり、むしろ危険ですらある。
 それでも、二人が再び言葉を交わすたびに、心の中で抑え込もうとする感情がさらに強く芽生えていく。月の騎士の存在が、いつしか特別なものとして意識されるようになり、夜空を見上げるたびに、その影を探している自分がいることに気づく。

「星と月の力は、別々のものではなく、一つの調和なのかもしれない」

 そんな言葉が自然と口からこぼれた。
 二人の間には、星と月、それぞれの使命を超えた何かが確かに存在していると感じていたのだ。
 心の壁は少しずつ崩れ始め、互いに感じる絆が徐々に深まっていく。

その瞬間、自らの思いを封じ込める決意が揺らぐことを恐れながらも、王女は騎士と共に過ごす時間に、心の奥で静かな喜びを感じていた。

 それは危険な感情でありながら、何よりも美しいものであった。


 月の騎士と共に過ごす時間が、徐々に日常の一部となっていた。
 夜空の下、星々の煌めきと月の光が交差する場所で、二人は繰り返し出会い、言葉を交わすことが自然になっていく。互いに守るべきものがあり、それを背負うための重責を共有しているという認識が、静かに二人を繋ぎ続けていた。

 ある夜、月が一際鮮明に輝いている中、二人はこれまで触れたことのなかった過去について語り合った。星を見つめながら語られるのは、守るべき者として生きてきた道のり。孤独に耐え、使命に殉じる覚悟を持ってきたこと。
 しかし、その道のりの中で、隠し続けてきた小さな願いもあることが明かされた。心の奥底に秘められていたその願いは、誰かと心を通わせることで得られる安らぎを求めるものだった。
 それを聞いた瞬間、胸の奥に新たな感情が芽生えた。
 星々に導かれる運命の道筋を歩む者として、そんな感情を抱くことは禁忌に近い。だが、夜空の下で語り合うたび、その感情は次第に大きく膨らんでいく。気づけば、隣にいる存在を強く意識し、その声や仕草の一つ一つが心を揺らすようになっていた。
 自らを守るために築いた心の壁は、音もなく崩れ始めているのを感じる。しかし、同時にその壁が崩れてしまった先に何が待っているのか、その未来に対する恐れも湧き上がってくる。

 月の騎士と共に過ごす時間が増えるにつれ、心の中で芽生えた愛情が強さを増していく。
 それは美しく、純粋な感情であるがゆえに、いっそう恐ろしいものだった。なぜなら、その愛が自らの使命を脅かすかもしれないという恐怖が常に心を蝕んでいたからだ。
 星と月、それぞれの力を背負う者として、守るべきものがある。
 それは自分自身よりもはるかに大きな存在であり、その運命を変えてしまう可能性を秘めた感情に対する恐れが、夜空の下で囁き続ける。月の騎士との関係が、運命にどのような影響を与えるのか、その答えは誰にもわからない。だが、心の中で燃え上がる感情は、すでに抑えきれないほどに大きくなっていた。
 使命と愛情、その二つの間で揺れる心は、深い迷いを生んでいた。
 果たして、この愛が自らの歩むべき道を逸らせるのか。それとも、星と月の力は共に手を取り合い、運命を新たに作り出すのだろうか。その答えを見つけるには、まだ時間が必要だった。

 夜空を見上げるたび、心の中で抑えようとしていた感情が膨らんでいくのを止められなかった。
 月の騎士との時間が増えるたび、その存在が心の中心に根を張り始め、揺らぎないものになりつつあった。
 だが、その感情に身を委ねることが恐ろしかった。使命という名の鎖が、星の王女の胸を締めつける。星の力を使う存在として、個人的な思いは捨てなければならない。それがすべての前提だった。

 そしてある夜、二人は沈黙の中で月光に包まれながら、互いの目を見つめ合った。
 その瞬間、言葉はいらなかった。
 心の奥底に隠していた感情が、静かに互いに伝わっていた。だが、王女の心は葛藤で満たされていた。自らの愛が星の使命を脅かすかもしれないという恐れが、再び彼女の心に影を落とす。

 月の騎士もまた、同じような葛藤を抱えていた。人々を守るために生きるという運命に従う限り、個人的な感情に身を任せることは許されない。だが、二人が互いを理解し合うたびに、その感情を封じ込めることは難しくなっていく。

 星々の輝きは、彼女を静かに見つめていた。どれほどの思いを抱こうとも、使命は変わらない。
 しかし、その心に宿る愛は日々強くなり、胸の奥で燃え上がり続けている。愛情と使命、その二つが次第に衝突し始め、心を引き裂くような苦しみを感じていた。

「もし、この愛が星々の運命を変えてしまうのなら…?」

 そう思った瞬間、恐れが心の中を駆け巡った。
 王女は、星の力が乱れ、運命の歯車が狂い始めるのではないかという不安に苛まれた。自分が抱く感情が、この世界を混乱に陥れるかもしれないという考えが、夜毎にその身を襲った。

 だが、月の騎士の存在は、そんな不安を打ち消すように、静かで優しい光を放っていた。
 その存在がすべてを包み込み、心の壁をゆっくりと崩していく。愛情の中に宿る力は、使命さえも変えられるのかもしれない。そう考えることが、ほんの一瞬でも希望となり、心の迷いを少しだけ和らげた。

 しかし、未来は依然として不確かであり、二人の関係がどのように星々の運命に影響を及ぼすのか、誰にもわからない。
 それでも、心の中では、愛が使命に勝ることを願っている。
 運命を変える力が自分たちの手の中にあるのか、それとも逆に運命に飲み込まれてしまうのか――その答えはまだ見えないままだった。


 そして、運命のときは訪れる。
 
 星の光が揺らいだのは、まるで何かが裂けたかのような静かな夜だった。
 夜空に浮かぶ星々は、その輝きを失いかけ、どこか遠くから見守るように控えめな光を放っていた。異変は、世界全体に広がり、冷たい風と共に不安を運んできた。
 星に宿る力が、どこかでねじれている――それは、王女にとってはっきりとわかる感覚だった。

 使命を持つ者として、その力を乱すことなど許されるはずがない。星々が輝きを失えば、この世界の秩序は崩れ、人々の希望は闇の中に飲まれてしまうだろう。胸の奥に、責任という名の重い石が沈み込むのを感じながら、王女はひとり、空を見上げていた。自分の内に秘めた感情――それが、星の力を揺るがしているのではないか。
 そんな思いが、心の隅々まで染み渡り、静かに恐怖を広げていく。

 それでも、目の前にある危機から逃げることはできない。
 星の力を取り戻し、異変を鎮めなければならないという思いが、王女の心を強く叩いていた。だが、その使命がどれだけ重くとも、心のどこかで、月の騎士のことを思わずにはいられなかった。
 使命を全うするためには、その感情を封じ込めなければならないと理解しているのに、騎士の影が、心の中で静かに揺らめき続けている。

 月の騎士もまた、その異変を感じ取っていた。人々を守る使命を背負いながらも、その目はいつも優しく、王女の内なる葛藤に寄り添っていた。
 自分が抱える運命に悩みつつも、騎士は迷いなく立ち上がり、星を守ろうとする王女の元に駆けつけた。その姿は、あくまで毅然としており、強さと勇敢さを体現していたが、その内心に宿る純粋な思いは、王女を守りたいというただ一つの願いに過ぎなかった。

 互いの使命が交錯する中で、運命は二人に選択を迫っていた。
 果たして、自らの力だけで運命に抗うべきか、それとも互いの力を結集し、新たな未来を切り開くべきか。星と月の間に漂う静寂が、二人をじっと見守りながら、深い沈黙の中で答えを待っていた。

 異変は拡大し、世界の秩序は崩れかけていた。
 王女は、星々の力を取り戻し、人々を救うためには、自分一人で行動するしかないと決意していた。孤独な戦いこそが、星の使命に忠実であると、そう信じ込んでいた。しかし、その孤独の選択が胸を締め付け、心の中に深い影を落としていくのを感じていた。

 一人で戦うことが使命――

 そう心に刻みながらも、月の騎士のことが脳裏を離れない。騎士は、どこまでも優しい光を放ち、共に歩むことを示唆しているかのようだった。
 使命に忠実であるべきだと理解しつつも、心の奥底には、騎士と共に戦いたいという抑えがたい感情が渦巻いていた。

 月光が柔らかに降り注ぐ中、騎士は静かに口を開いた。

「共に歩もう」

 と。
 その言葉は、王女の心に深く響いた。孤独な戦いを選ぶべきだという思いと、共に戦うことで新たな未来を見出せるかもしれないという希望が、心の中でぶつかり合った。

 静かに流れる月の光の下で、二人は新たな選択を迫られていた。運命の歯車がどちらに向かうのか、まだその答えは見えていない。
 それでも、共に歩む道を選ぶことで、星と月の力を超える新たな力が生まれるのではないか――そう感じた瞬間、王女の胸の中に、使命に勝るかもしれない希望が芽生えた。


 星々が瞬く夜空の下、静寂がすべてを包んでいる。
 その中で、星の光と月の光がゆっくりと交差し、一瞬、世界が永遠に止まったかのような錯覚を覚えさせた。無数の星は遠くから眺めるだけで、その光は言葉を持たない。
 ただ、月の光だけが柔らかに照らし、二人の姿を浮かび上がらせた。

 星の力と月の力――それは決して交わることのない存在として、長い間別々の軌道を歩んできた。しかし今、その二つの力が、一つの目標へと向かい合い始めている。
 運命に引き寄せられるようにして、王女と騎士は、互いの内に宿る力を感じ取った。
 だが、その融合は、ただ力の結集という意味だけではなかった。それ以上に深く、二人の心に刻まれていたのは、使命を超えた感情のうねりだった。

 王女の胸に渦巻く星の力。

 その力は、彼女自身の意志とは無関係に膨れ上がり、今にも暴発しそうな勢いで彼女の体を突き破ろうとしていた。
 長い間、星の光を抱え続け、守り続けてきたその重責が、心の奥底に静かに刻まれている。だが、ただ一人でその力を支えるにはあまりに重すぎた。孤独な戦いを続ける中で、王女の心は次第にひび割れ、力は崩れかけていたのだ。

 その時、月の光が優しく寄り添うように彼女を包み込んだ。
 騎士の存在が、王女の中で暴れ回る星の力を穏やかに受け止め、互いに響き合いながら新たな調和を生み出していた。
 これまで自らの力を抑え込み、すべてを一人で背負い込んでいた王女の心は、次第に解きほぐされていくのを感じた。
 星の光を背負うということは、常に孤独であるということだと、王女は信じていた。
 力を持つ者は、その力を守るために自らをも孤立させるしかない。それが彼女の運命であり、宿命だと思っていた。だが、月の光が寄り添うことで、初めてその考えが揺らぎ始めた。

 騎士の存在は、言葉を超えて彼女の心に触れた。
 その瞳の奥に宿る決意は、星を守ることだけではなく、共に生きることへの強い意志を映し出していた。彼はただ戦うためにいるのではなく、共にいるために存在しているのだという確信が、王女の胸に静かに染み渡っていった。
 だが、その確信が広がると同時に、心の奥底には恐れも芽生えていた。

 もしこの絆が、星の運命を揺るがすものであったなら――。

 その思いは、まるで足元に伸びる影のように、彼女を捉えて離さなかった。
 愛と使命の狭間で揺れ動く感情が、重くのしかかる。星を守る使命と、目の前にいる存在への愛。その二つの間で、どうしても決断を下せない自分に苛立ちを覚える。

 星の力は、強大だが、あまりに不安定だ。

 王女の心が揺れるたび、その力は彼女を押し流そうとする。
 自らの感情を抑え、使命に従わねばならない。そう信じてきた彼女にとって、騎士との絆はあまりにも甘く、危険だった。
 しかし、騎士の瞳に映る決意は揺るがなかった。その姿を見ているうちに、王女は少しずつ気づき始めた。

 もしかすると、この愛は自らの力を弱めるどころか、むしろ新たな力を引き出すものなのではないか、と。

 愛とは脆弱さではなく、共に歩むことで力を強めるものである――その可能性に触れた時、王女の心は静かに震えた。

 星の力が荒れ狂い、大地を揺るがす異変が迫ってくる。
 夜空に浮かぶ星々は、かつてないほど激しく震え、地上に暗い影を落とし始めている。
 王女はその様子を見つめながら、胸の奥で静かに覚悟を決めた。自らの力でこの危機を乗り越えるしかない。それが自分に課せられた運命だと信じていた。
 しかし、その時、隣に立つ騎士の存在が王女を引き止めた。
 月の光は決して揺らがず、彼の背中を静かに照らしていた。
 騎士の瞳には、ただひたすらに彼女を信じる光が宿っている。
 それを見た瞬間、王女の胸に再び迷いが生まれた。

 自分一人の力で立ち向かうべきなのか、彼と共に歩むべきなのか――。

 王女の足は、一瞬止まった。
 彼女が一人で行動しようとする意思を、騎士は感じ取っていた。
 しかし、彼は何も言わず、ただそばにいることを選んだ。その静かな決意が、王女の心に深く響いた。騎士は、自分を助けたいという思いからではなく、共に戦うことを選んでいる。その選択に、何の迷いもないことを、王女は強く感じ取った。
 その瞬間、星の力が一瞬だけ静まった。
 まるで、二人の心が一つに重なり、世界のバランスが再び整えられたかのように。王女は騎士を見つめ、静かに頷いた。二人が共に歩むことが、これからの未来に繋がるのだと。

 星の光と月の光が、ゆっくりと融合し始めたのだった。
 二つの力はそれぞれ異なるものでありながら、共に調和を生み出し、互いを補完し合っている。その光は、ただの力ではなかった。二人の間に生まれた絆が、その光をさらに強くし、新たな運命を切り開こうとしていた。
 星の光が夜空を照らし、月の光が大地を包む。
 二つの光が一つとなり、世界を救うための道を照らし出していた。
 王女と騎士は、それぞれの力を引き出し合いながら、共に前へと進む。愛と使命が、もはや対立するものではなく、むしろ一つの道へと導くものであることに、王女はようやく気づいた。

 その時、王女の胸に深い安らぎが広がった。

 これまで孤独だった心が、ようやく解き放たれたのだと感じた。愛が自らの使命を脅かすのではなく、むしろ強めるものであることを知った瞬間、星の光がさらに輝きを増した。
 試練を乗り越えるために必要なのは、力ではなく、共に歩む心だったのだと。

 星の光が再び穏やかに輝きを取り戻し、夜空は深い静寂の中に包まれていた。
 異変はすでに過去のものとなり、世界は新たな息吹を感じている。その中で、王女と月の騎士は静かに立ち、互いに見つめ合っていた。
 二人が共に歩んできた道は、決して平坦ではなかった。数々の試練を乗り越え、その度に心が引き裂かれそうになる瞬間があった。だが、今は違う。互いの心が重なり合い、未来に向かって新たな一歩を踏み出す決意を固めていた。
 星の力と月の力を結集し、人々を守る新たな道を歩むこと、それはもはや二人にとって運命ではなく、自ら選び取った未来だった。
 愛が使命を超え、使命が愛を強める。そんな理解に辿り着いた時、世界がこれまでと違った姿を見せ始めたのだ。

 夜空に浮かぶ星々は、かつてのようにただ輝くだけではなかった。
 星のひとつひとつが新たな命を宿し、未来への道を指し示している。
 月もまた、静かな光でその道を照らし、二人の足元を優しく導いていた。

 王女は、静かに星空を見上げた。
 騎士もまた、その隣で同じ空を見つめていた。

 二人が共に立つその瞬間、世界は確かに新たな姿を見せているのだと感じた。これから先、どのような試練が待っていようとも、二人ならば乗り越えられるだろう。

 未来は不確かなものだが、それを共に歩む者がいるならば、恐れることは何もない。新しい道を歩む二人の絆は、もはや誰にも断ち切ることはできない。その絆こそが、二人の運命を新たに創り出す力となるのだと、王女は強く信じていた。

 やがて、星空の中でひとつの新しい星が生まれる瞬間が訪れた。
 その星は、小さな光でありながら、確かに二人を見守っているかのように優しく輝き、その輝きは、二人の未来を象徴するものであり、同時に永遠の愛の証だった。

 夜空の静寂が、まるで二人を包み込む繭のように、穏やかに広がる。
 星々の輝きは、遠く離れた宇宙の彼方からでも、その存在を感じ取れるほどの静けさと共に、二人を見守っている。
 その光は、冷たい無限の空間に投げ出されることなく、ひとつの点から始まり、次第に広がり、全てを繋ぐ糸のように絡み合っていた。

 王女はその光の中で、ふと幼いころから見てきた無数の星々を思い出す。
 かつて、その星々はただ彼方に輝く存在でしかなかった。手が届かない遠いもの、決して自分と交わることのない存在として、その光を眺め続けていたのだ。
 しかし今は違う。今、その光は彼女自身と繋がっている。星たちの力が彼女の内に流れ込み、さらに新たな未来への道筋を照らしていた。

 月の騎士もまた、王女の隣でその星々を見上げている。
 彼もまた、夜の静けさの中で己の運命と向き合い、その果てにたどり着いたこの瞬間に、言葉にならない感情を抱いていた。二人は共に、新たな星が生まれる瞬間を目の当たりにし、その輝きに未来の可能性を見出していた。

 そして、やがて一筋の光が、夜空を裂くように新たな星へと繋がる。それはまるで運命が再び織り成される瞬間のようだった。
 二人が築いてきた絆は、星と月の光が溶け合い、まるで一つの銀色の糸が夜空に縫い込まれていくかのように、穏やかで力強いものとなった。その糸は、どれほどの時間が経とうとも、決して途切れることのない永遠の象徴であり、二人の愛がその糸を織り上げていた。
 王女はその糸を見つめながら、ふと胸の奥で何かが静かに芽生えているのを感じた。
 それは言葉にはできないほど繊細で、けれども確かに心の中で根を張り始めていた。二人が共に歩む未来、その先に何が待っているのかは誰にもわからない。けれども、彼女は知っていた。この糸がある限り、星も月も二人を見守り続けるだろうと。

 そして、二人は静かに目を閉じた。
 星々の光が穏やかに二人を包み、夜の闇の中で静かに生まれた新しい星の輝きが、彼らの未来を照らし続けることを誓っていた。

 夜空の中で、永遠に輝き続けるその新しい星。

 その光は、ただ一つの物語の終わりを告げるのではなく、新たな物語の始まりを優しく予感させるものだった。
 星の力と月の力、そして愛の力が交差し、未来へと繋がる物語がここに静かに幕を下ろした。





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