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15話 地下の下水道
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「あ゛ぁぁぁぁぁぁ゛~……」
出口の始まりは落下だった。
落下、と言っても流石に真下への自由落下ではない。
緩やかにカーブしているので、一応背中は壁に触れている。
しかし、落下は落下だ。
俺は特別ジェットコースターが苦手なわけでは無い。
どちらかと言うと、好きな方だ。
しかし……これは違うと思う。
落下は、違う。
ジェットコースター云々じゃない。
死の恐怖は無いが、このざわざわする感覚は良くない。
少なくとも、普通の人がこの浮遊感に慣れるには、多少の時間が要るだろう。
……本来あり得ない事なのだが、何となく懐かしい感覚があった。
昔、何処かで体験した様な……?
一瞬"ズキン"とした痛みが頭に走ったが、それも直ぐに収まった。
そして――
風を切って落ちて行く中、地に足が付いていない"浮遊感"で思い出した。
最初は不安、次第に快感……
空を飛んだことがある!
――いや、"落ちた"が正確か。
それを思い出した瞬間、他の記憶も数珠に繋がって引っ張られたかの様に思い出した。
物心ついた頃の記憶。
忘れていた記憶。
孤児院で行ったキャンプ。
自然と触れ合う事が目的という事で、食料は現地調達。
期間はひと月。
一番下が俺で、上が孤児院で八歳上のお兄ちゃん。
他にも二人いた。
確か、お兄ちゃんとお姉ちゃん……。
4人一組でのキャンプ。
外にも幾つかのグループが、別の場所でキャンプをしていると言っていた。
キャンプ自体は、徹底して自然にあるモノを活用する事に特化していた。
……当時、”自然と触れ合う事で有事の際に対応できる人間力を付ける”とか言ってた気がする。
……自然のモノを活用して、森の中で生活するキャンプをした。
最初の年は森でのキャンプだった。
次の年は海の孤島。
正直、海に遊びに来る余裕があるなら、孤児院の修繕の方をして欲しいとも思った記憶がある。
……毎年違う場所にキャンプに行った。
森、海、廃村、洞窟、砂漠、そしてまた森。
結局11歳まで六年間、毎年キャンプに行ったっけ……
11歳になった時、今年は海かなと思っていたら、11歳からキャンプは無かった。それまで毎年行っていたキャンプだったので、何となく物足りなく感じたのを覚えている。でも、行けないのなら仕方が無いとあきらめたっけ……
15歳になると、年上のお兄ちゃんやお姉ちゃんは、養子に出ていた。面倒を見てくれていたお兄ちゃんは既に居なかったのは、少し寂しかった。
ただ、3歳年上のお姉ちゃんは14歳で、養子に行く前だったので一緒にいたので、よく遊んでもらった気がする。
何にせよ、そのキャンプで色々な事を学んだ。
当時は、特に気にもしなかったけど、今思うと何をしていたかはっきり分かる。
海上では、素潜りを行う方法。
廃村では、実弾での射撃訓練。
洞窟では、餓えをしのぐ方法。
砂漠では、水分管理の方法。
大体の内容では、『まだ小さいから』と言われて一人の男に、参加させて貰えなかった。その為、こっそりと見たり話を聞いたりしていた。
ただ、廃村でのキャンプでやった落下傘訓練は、参加した覚えがある。
落下傘訓練とは、いわゆるパラシュート降下の事で、高度までヘリコプターで上昇しパラシュートを開く事から始め、最後は飛行機からの高高度落下傘の訓練の事だ。これは、旅行中等の非常時に無事に地上に帰る為の訓練と言っていたな……。
今思い出すと、中々に濃い思い出が多い気がする。
何故、今までこんなに濃い記憶を忘れていたのか、不思議になるほどだ。ただ、現状に於いてそれは余計な事だろう。
再度集中すると、落下傘基パラシュート訓練の記憶を思い出した。
先ずは落ち着く事……
短く、そして深く深呼吸する。
次に、落下中なので、足を閉じて両手を胸部でクロスさせる。
……よし、安定して来た。
出口から落ちて暫く配管の中のような、筒の中を落ちて来た。
それにしても、大分落ちているが……一体どこに出るのだろう。
……すごく不安だ。
「……?」
落ちて行く先に、光が見える。
急に光が見えたから、閉じていた蓋でも開いたのだろう。
それが出口だとすると、相当地下まで落ちた事になるのだが……
出た先に多少の不安を感じていると、管の傾斜が緩やかになってくる。それと同時にスピードも落ち……
「着いた、か……」
管を抜け切る前にスピードが落ちた為、管の中で立ち上がって出口へと歩いて行く。まぁ、立ち上がると云っても、管自体に立てるほどの高さが無い為、中腰の状態だが。
「これは……」
管を出ると、そこは地下の下水道だった。
「……少し匂うな」
下水道というだけあって、水の流れる道がある。
その下水の流れる真横にあるのが、俺が降りて来た――いや、落ちて来た配管だ。
もし、スピードが落ちずに出口を飛び出していたら、下水に飛びこんでいた事だろう。
途中でスピードが落ちてよかった……本当に良かった。
俺が出て来た配管には蓋?扉?がある様で、出た後少しすると閉じていた。
恐らく、下手に興味を引いて誰かが侵入するのを防ぐのと、ネズミや虫などが入り込むのを極力防ぐための蓋だろう。
「にしても、よくこんな所に出口を繋げたな……」
流石に、90億使っただけの事はある。
今井さんの言っていた、他にもあると云う"出口"も気になる。が……今は取り敢えず外に出る事を考えた方が、良いかも知れない。
周囲を見渡す。
「ほんと、下水道だな……」
薄っすらと光が付いている為、周囲を確認する事が出来る。
先ず、最初に確認した通り下水が流れる水道がある。
水道の両側には、人が歩けるだけの幅の歩道がある。
歩道は、俺が出て来た配管から左右に続いている。
「さて、どっちに進めば良いのやら……」
左右何方に進んだら良いのか考えていると、スマフォが震え始めた。
普段仕事中はマナーモードにしている為、基本的に振動で通知してくれる。
その振動するパターンで、メールが届いたのか、電話が来たのかを知る事が出来る。
一時期流行ったのだが、『パターンを覚えるのがめんどくさい』とかで、直ぐに廃れてしまったが……兎も角、この振動パターンは電話だろう。
……と言うか、地下なのに電波来てるのか。
まあ、今井さんが造ったと云うなら電波が来ているのも当然か。
「はい、もしもし?」
着信コールには、”マム”と表示されていたので躊躇なく出た。
「あ、パパ!」
耳にスマフォを当てると、"元気いっぱい!"という様子で声が聞こえる。
「マム、そっちは大丈夫か?」
「はい、警備の人達は一応中を確認していたようですが、マスターが色々と技術的な話を始めたところ、話を早々に切り上げて退出していきました!」
……今井さん、一度スイッチ入ると話止まらなくなるからな。
「そっか、よかった」
何にしても、無事切り抜けたと云う事なら一安心だ。
「それで、実は出口は抜けたんだ」
「はい! 抜けた頃だと思いました!」
……まあ、電話をして来る位だからな。
「抜けたんだが……何方に行けば、外に出られるのか分からないんだ」
「なるほど、パパが迷子は困りますね!」
……他人事だな。
「……マムは何か知らないか?」
そう言って、マムからの返事を待った。
このままでは、地下下水を彷徨う事になってしまう。
まあ、例え下水道であっても生き残れはする。
こんな時には、確かに幼少期のサバイバルの経験が役に立ちそうだ。
……この環境だと、洞窟内でのキャンプの経験が役に立つ。
そんな、少し自棄になって考えていると、マムから回答があった。
「はい! 実は、マスターからその件で派遣されました!」
……今井さん、出た後の事忘れてたな。
まあ、マムがいるから後からでも問題ないと言えば、そうなのだろう。
それにしても、マムはどうやって俺のスマフォの番号を知ったのだろう。
……そう言えば、マムは会社のデータベースを解析したとか言ってたっけ?
……となると、社員の個人情報で提出しているものは、全てマムが把握していると云う事で、電話番号以外にも、色々な情報を持っていると考えるのが普通だろう。
当然、俺の家の住所も……あれっ?
俺の住所、会社に報告してる――よな?
……不味いかも知れない。
……非常に、不味いかも知れない。
閲覧の権限さえあれば、簡単に確認する事が出来る情報だ。
それこそ、岡本財務部長であれば、必要な権限を十分にクリアする。
岡本部長が俺の住所を確認して家まで来るのに、それ程時間はかからないだろう。
そうなってしまえば、折角会社の外に脱出しても意味が無い。
何より、最低限の物は家から持ち出したい。
どうしたら良いか……
「パパ?」
考え込んでいると、マムがスピーカーから話しかけて来た。
考えるときに腕を組む癖があるので、腕を組むのと同時に、耳からスマフォを離していた。その為、マムがスピーカーをオンにして、話しかけたのだろう。
……マム?
スマフォの画面には、女の子がはにかんだ様な顔をして、そこに居た。
先程まで、耳にスマフォを当てる形で話していた為、気が付かなかったのだ。
「……マム、なのか?」
「はい!マスターが、ネットでダウンロードverの”3Dモデリングソフト”を買ってくれたので、ネットの”3Dモデリングのやり方講座”というHPで学んで、作ってみました!」
画面の中の女の子がパアっと、笑顔になり、その場で一回転する。
……可愛い、可愛いのだが…………
「マム、服を着てくれ……あと、しっぽ?」
そう、マムは裸の状態だった。
いや、人工知能に裸とかそういった概念が有るのか無いのかは別として、見ているこちらがそう感じるのだから、アウトだろう。
それに、随分と可愛い……
まさに、俺好みだ……
ああ、可愛いな……??
「……そういう事か」
マムの事を見つめていて、ある事に気が付いた。
今井さんが言っていた、『マムのアバターの指針』と云うのは、俺のお宝データの事だったのだろう。
お宝データを発掘したマムが、それをベースにしてアバターをつくる。
それで、俺が好きだと言ったヤモリの尻尾も生えているのか……
しっぽの生えた、色白でクリっとした目の女の子……
これはこれでアリかも!
「あ、えっと、服はですね、パパに選んでもらいたくて……ここに用意しました!」
そう言うと、マムが何かを引っ張り出すような仕草をする。
「おお~クローゼットみたいだね」
マムが引き出すと同時に、服の上下セットが表示される。
「パパはどの服をマムに着て欲しいですか?」
……ワイルド、いや、王道の可愛い系、ギャルのような服も捨てがたい。
フリルなんかは、ストレートに一番似合いそうだ。
「……マムの好きな服を着ればいいよ。何着ても可愛いし、何よりマムの選んだ服を見たい」
余り俺の趣味を暴露しても、情操教育に良くないだろう。
AIに情操教育があるかは置いておいて……
「分かりました!」
そう元気に言うと、マムが画面上でクルリと一回転する。
「おお~!可愛い!」
クルっと回った後のマムは白いフリルを着て、満面の笑みを浮かべている。
もしかして、俺が『フリルがマムに似合いそうだ』と思っていたのを気づかれてた?
「ありがとうございます、パパ!」
……やばい可愛い。
……可愛いは正義!
……マム可愛い……
っと、それどころでは無かったような?
「あ。そう言えば、外に出るにはどうしたら良いんだっけ?」
本題を忘れていた。
それもこれも、マムが可愛いせいだ。
……何より、しゅるっとした尻尾が可愛い。
……見れば見るほど完成度が高いアバターだ。
それこそ、ポリゴン感が全くない。
フル8Kいや、16Kと言っても過言ではない。
……そんな感じに完成度が高いアバターだ。
これだけのアバターをこの短時間に用意するのに、どれだけの処理を回したのだろう。
きっと半端じゃない。
会社のサーバー落ちて無いと良いけど……まぁ、マムの為なら良いか。
「外まで案内しますね!向かう先は自宅で良いですか?」
当然、マムは俺の家の住所も知っているようだ。
「うん、自宅に一回帰ろうと思ってる。ただ、会社に自宅の住所が知られてると、不味いんだけど……どうにか出来る?」
「はい! 会社のデータベースからパパのお家の情報を消去します!」
スマフォの中のマムが”むん!”と力こぶをつくる仕草をする。
全く力こぶは出来ていないが、それがまた可愛らしい。
マムに任せておけば問題ないだろう、こんな可愛い姿をしていても、マムは優秀なのだ。
「頼んだよ、マム。それと、家に戻るにはどうしたら良いかな」
一先ず、家の場所が知られる心配は無くなったが、それもこの地下下水から出られないと意味が無い。
「はい! こっちに、上に行くための装置があります!」
そう言って、スマフォの画面でマムが指差している。
……スマフォの向きを変えてみる。
スマフォの向きを変えると、それに合わせてマムの指の向きも変わる。
どうやら、位置情報と同時に方向の情報を何らかの方法で取得しているようだ。
恐らくこれらの”案内システム”も、マムが自己学習で習得したのだろう。
……優秀!
「ふふっ……」
スマフォの向きを左右に振る。
もう一度振る…… ……
マムの、”指差す方向を変える仕草”が可愛くて、つい何度もやってしまう。
「パパ……?」
画面の中でマムが”?”と不思議そうな顔をする。
「ああ、いや、ごめん。そっちに行けばいいんだね?」
「はい! こっちに上がるための装置があります!」
……上がるための装置?
若干不安だが、出口を落ちても大丈夫だったのだ、問題ないだろう。
そのまま、マムの指す方に歩いて行く。
少し歩くと、マムの指す向きが変わり、壁を指すようになった。
「マム? ここは壁だけど……」
「はい、パパ! ここに立っていてください!」
そうマムが言うので、壁際に寄る。
すると、”ガコッ”と音がして、立っている場所を中心として、下から周囲を囲むように丸い鉄の棒が突き出て来た。
「……?」
「パパ、これから上昇しますので、座るか周りの鉄棒に掴まってください!」
……取り敢えず、下から突き出て来た丸い鉄棒に掴まる。
「うおっ!」
掴まった直後に、上昇し始めた。
エレベーターだったのか……
そう思いながら、鉄棒を掴んだ手にぎゅっと力を込めるのだった。
出口の始まりは落下だった。
落下、と言っても流石に真下への自由落下ではない。
緩やかにカーブしているので、一応背中は壁に触れている。
しかし、落下は落下だ。
俺は特別ジェットコースターが苦手なわけでは無い。
どちらかと言うと、好きな方だ。
しかし……これは違うと思う。
落下は、違う。
ジェットコースター云々じゃない。
死の恐怖は無いが、このざわざわする感覚は良くない。
少なくとも、普通の人がこの浮遊感に慣れるには、多少の時間が要るだろう。
……本来あり得ない事なのだが、何となく懐かしい感覚があった。
昔、何処かで体験した様な……?
一瞬"ズキン"とした痛みが頭に走ったが、それも直ぐに収まった。
そして――
風を切って落ちて行く中、地に足が付いていない"浮遊感"で思い出した。
最初は不安、次第に快感……
空を飛んだことがある!
――いや、"落ちた"が正確か。
それを思い出した瞬間、他の記憶も数珠に繋がって引っ張られたかの様に思い出した。
物心ついた頃の記憶。
忘れていた記憶。
孤児院で行ったキャンプ。
自然と触れ合う事が目的という事で、食料は現地調達。
期間はひと月。
一番下が俺で、上が孤児院で八歳上のお兄ちゃん。
他にも二人いた。
確か、お兄ちゃんとお姉ちゃん……。
4人一組でのキャンプ。
外にも幾つかのグループが、別の場所でキャンプをしていると言っていた。
キャンプ自体は、徹底して自然にあるモノを活用する事に特化していた。
……当時、”自然と触れ合う事で有事の際に対応できる人間力を付ける”とか言ってた気がする。
……自然のモノを活用して、森の中で生活するキャンプをした。
最初の年は森でのキャンプだった。
次の年は海の孤島。
正直、海に遊びに来る余裕があるなら、孤児院の修繕の方をして欲しいとも思った記憶がある。
……毎年違う場所にキャンプに行った。
森、海、廃村、洞窟、砂漠、そしてまた森。
結局11歳まで六年間、毎年キャンプに行ったっけ……
11歳になった時、今年は海かなと思っていたら、11歳からキャンプは無かった。それまで毎年行っていたキャンプだったので、何となく物足りなく感じたのを覚えている。でも、行けないのなら仕方が無いとあきらめたっけ……
15歳になると、年上のお兄ちゃんやお姉ちゃんは、養子に出ていた。面倒を見てくれていたお兄ちゃんは既に居なかったのは、少し寂しかった。
ただ、3歳年上のお姉ちゃんは14歳で、養子に行く前だったので一緒にいたので、よく遊んでもらった気がする。
何にせよ、そのキャンプで色々な事を学んだ。
当時は、特に気にもしなかったけど、今思うと何をしていたかはっきり分かる。
海上では、素潜りを行う方法。
廃村では、実弾での射撃訓練。
洞窟では、餓えをしのぐ方法。
砂漠では、水分管理の方法。
大体の内容では、『まだ小さいから』と言われて一人の男に、参加させて貰えなかった。その為、こっそりと見たり話を聞いたりしていた。
ただ、廃村でのキャンプでやった落下傘訓練は、参加した覚えがある。
落下傘訓練とは、いわゆるパラシュート降下の事で、高度までヘリコプターで上昇しパラシュートを開く事から始め、最後は飛行機からの高高度落下傘の訓練の事だ。これは、旅行中等の非常時に無事に地上に帰る為の訓練と言っていたな……。
今思い出すと、中々に濃い思い出が多い気がする。
何故、今までこんなに濃い記憶を忘れていたのか、不思議になるほどだ。ただ、現状に於いてそれは余計な事だろう。
再度集中すると、落下傘基パラシュート訓練の記憶を思い出した。
先ずは落ち着く事……
短く、そして深く深呼吸する。
次に、落下中なので、足を閉じて両手を胸部でクロスさせる。
……よし、安定して来た。
出口から落ちて暫く配管の中のような、筒の中を落ちて来た。
それにしても、大分落ちているが……一体どこに出るのだろう。
……すごく不安だ。
「……?」
落ちて行く先に、光が見える。
急に光が見えたから、閉じていた蓋でも開いたのだろう。
それが出口だとすると、相当地下まで落ちた事になるのだが……
出た先に多少の不安を感じていると、管の傾斜が緩やかになってくる。それと同時にスピードも落ち……
「着いた、か……」
管を抜け切る前にスピードが落ちた為、管の中で立ち上がって出口へと歩いて行く。まぁ、立ち上がると云っても、管自体に立てるほどの高さが無い為、中腰の状態だが。
「これは……」
管を出ると、そこは地下の下水道だった。
「……少し匂うな」
下水道というだけあって、水の流れる道がある。
その下水の流れる真横にあるのが、俺が降りて来た――いや、落ちて来た配管だ。
もし、スピードが落ちずに出口を飛び出していたら、下水に飛びこんでいた事だろう。
途中でスピードが落ちてよかった……本当に良かった。
俺が出て来た配管には蓋?扉?がある様で、出た後少しすると閉じていた。
恐らく、下手に興味を引いて誰かが侵入するのを防ぐのと、ネズミや虫などが入り込むのを極力防ぐための蓋だろう。
「にしても、よくこんな所に出口を繋げたな……」
流石に、90億使っただけの事はある。
今井さんの言っていた、他にもあると云う"出口"も気になる。が……今は取り敢えず外に出る事を考えた方が、良いかも知れない。
周囲を見渡す。
「ほんと、下水道だな……」
薄っすらと光が付いている為、周囲を確認する事が出来る。
先ず、最初に確認した通り下水が流れる水道がある。
水道の両側には、人が歩けるだけの幅の歩道がある。
歩道は、俺が出て来た配管から左右に続いている。
「さて、どっちに進めば良いのやら……」
左右何方に進んだら良いのか考えていると、スマフォが震え始めた。
普段仕事中はマナーモードにしている為、基本的に振動で通知してくれる。
その振動するパターンで、メールが届いたのか、電話が来たのかを知る事が出来る。
一時期流行ったのだが、『パターンを覚えるのがめんどくさい』とかで、直ぐに廃れてしまったが……兎も角、この振動パターンは電話だろう。
……と言うか、地下なのに電波来てるのか。
まあ、今井さんが造ったと云うなら電波が来ているのも当然か。
「はい、もしもし?」
着信コールには、”マム”と表示されていたので躊躇なく出た。
「あ、パパ!」
耳にスマフォを当てると、"元気いっぱい!"という様子で声が聞こえる。
「マム、そっちは大丈夫か?」
「はい、警備の人達は一応中を確認していたようですが、マスターが色々と技術的な話を始めたところ、話を早々に切り上げて退出していきました!」
……今井さん、一度スイッチ入ると話止まらなくなるからな。
「そっか、よかった」
何にしても、無事切り抜けたと云う事なら一安心だ。
「それで、実は出口は抜けたんだ」
「はい! 抜けた頃だと思いました!」
……まあ、電話をして来る位だからな。
「抜けたんだが……何方に行けば、外に出られるのか分からないんだ」
「なるほど、パパが迷子は困りますね!」
……他人事だな。
「……マムは何か知らないか?」
そう言って、マムからの返事を待った。
このままでは、地下下水を彷徨う事になってしまう。
まあ、例え下水道であっても生き残れはする。
こんな時には、確かに幼少期のサバイバルの経験が役に立ちそうだ。
……この環境だと、洞窟内でのキャンプの経験が役に立つ。
そんな、少し自棄になって考えていると、マムから回答があった。
「はい! 実は、マスターからその件で派遣されました!」
……今井さん、出た後の事忘れてたな。
まあ、マムがいるから後からでも問題ないと言えば、そうなのだろう。
それにしても、マムはどうやって俺のスマフォの番号を知ったのだろう。
……そう言えば、マムは会社のデータベースを解析したとか言ってたっけ?
……となると、社員の個人情報で提出しているものは、全てマムが把握していると云う事で、電話番号以外にも、色々な情報を持っていると考えるのが普通だろう。
当然、俺の家の住所も……あれっ?
俺の住所、会社に報告してる――よな?
……不味いかも知れない。
……非常に、不味いかも知れない。
閲覧の権限さえあれば、簡単に確認する事が出来る情報だ。
それこそ、岡本財務部長であれば、必要な権限を十分にクリアする。
岡本部長が俺の住所を確認して家まで来るのに、それ程時間はかからないだろう。
そうなってしまえば、折角会社の外に脱出しても意味が無い。
何より、最低限の物は家から持ち出したい。
どうしたら良いか……
「パパ?」
考え込んでいると、マムがスピーカーから話しかけて来た。
考えるときに腕を組む癖があるので、腕を組むのと同時に、耳からスマフォを離していた。その為、マムがスピーカーをオンにして、話しかけたのだろう。
……マム?
スマフォの画面には、女の子がはにかんだ様な顔をして、そこに居た。
先程まで、耳にスマフォを当てる形で話していた為、気が付かなかったのだ。
「……マム、なのか?」
「はい!マスターが、ネットでダウンロードverの”3Dモデリングソフト”を買ってくれたので、ネットの”3Dモデリングのやり方講座”というHPで学んで、作ってみました!」
画面の中の女の子がパアっと、笑顔になり、その場で一回転する。
……可愛い、可愛いのだが…………
「マム、服を着てくれ……あと、しっぽ?」
そう、マムは裸の状態だった。
いや、人工知能に裸とかそういった概念が有るのか無いのかは別として、見ているこちらがそう感じるのだから、アウトだろう。
それに、随分と可愛い……
まさに、俺好みだ……
ああ、可愛いな……??
「……そういう事か」
マムの事を見つめていて、ある事に気が付いた。
今井さんが言っていた、『マムのアバターの指針』と云うのは、俺のお宝データの事だったのだろう。
お宝データを発掘したマムが、それをベースにしてアバターをつくる。
それで、俺が好きだと言ったヤモリの尻尾も生えているのか……
しっぽの生えた、色白でクリっとした目の女の子……
これはこれでアリかも!
「あ、えっと、服はですね、パパに選んでもらいたくて……ここに用意しました!」
そう言うと、マムが何かを引っ張り出すような仕草をする。
「おお~クローゼットみたいだね」
マムが引き出すと同時に、服の上下セットが表示される。
「パパはどの服をマムに着て欲しいですか?」
……ワイルド、いや、王道の可愛い系、ギャルのような服も捨てがたい。
フリルなんかは、ストレートに一番似合いそうだ。
「……マムの好きな服を着ればいいよ。何着ても可愛いし、何よりマムの選んだ服を見たい」
余り俺の趣味を暴露しても、情操教育に良くないだろう。
AIに情操教育があるかは置いておいて……
「分かりました!」
そう元気に言うと、マムが画面上でクルリと一回転する。
「おお~!可愛い!」
クルっと回った後のマムは白いフリルを着て、満面の笑みを浮かべている。
もしかして、俺が『フリルがマムに似合いそうだ』と思っていたのを気づかれてた?
「ありがとうございます、パパ!」
……やばい可愛い。
……可愛いは正義!
……マム可愛い……
っと、それどころでは無かったような?
「あ。そう言えば、外に出るにはどうしたら良いんだっけ?」
本題を忘れていた。
それもこれも、マムが可愛いせいだ。
……何より、しゅるっとした尻尾が可愛い。
……見れば見るほど完成度が高いアバターだ。
それこそ、ポリゴン感が全くない。
フル8Kいや、16Kと言っても過言ではない。
……そんな感じに完成度が高いアバターだ。
これだけのアバターをこの短時間に用意するのに、どれだけの処理を回したのだろう。
きっと半端じゃない。
会社のサーバー落ちて無いと良いけど……まぁ、マムの為なら良いか。
「外まで案内しますね!向かう先は自宅で良いですか?」
当然、マムは俺の家の住所も知っているようだ。
「うん、自宅に一回帰ろうと思ってる。ただ、会社に自宅の住所が知られてると、不味いんだけど……どうにか出来る?」
「はい! 会社のデータベースからパパのお家の情報を消去します!」
スマフォの中のマムが”むん!”と力こぶをつくる仕草をする。
全く力こぶは出来ていないが、それがまた可愛らしい。
マムに任せておけば問題ないだろう、こんな可愛い姿をしていても、マムは優秀なのだ。
「頼んだよ、マム。それと、家に戻るにはどうしたら良いかな」
一先ず、家の場所が知られる心配は無くなったが、それもこの地下下水から出られないと意味が無い。
「はい! こっちに、上に行くための装置があります!」
そう言って、スマフォの画面でマムが指差している。
……スマフォの向きを変えてみる。
スマフォの向きを変えると、それに合わせてマムの指の向きも変わる。
どうやら、位置情報と同時に方向の情報を何らかの方法で取得しているようだ。
恐らくこれらの”案内システム”も、マムが自己学習で習得したのだろう。
……優秀!
「ふふっ……」
スマフォの向きを左右に振る。
もう一度振る…… ……
マムの、”指差す方向を変える仕草”が可愛くて、つい何度もやってしまう。
「パパ……?」
画面の中でマムが”?”と不思議そうな顔をする。
「ああ、いや、ごめん。そっちに行けばいいんだね?」
「はい! こっちに上がるための装置があります!」
……上がるための装置?
若干不安だが、出口を落ちても大丈夫だったのだ、問題ないだろう。
そのまま、マムの指す方に歩いて行く。
少し歩くと、マムの指す向きが変わり、壁を指すようになった。
「マム? ここは壁だけど……」
「はい、パパ! ここに立っていてください!」
そうマムが言うので、壁際に寄る。
すると、”ガコッ”と音がして、立っている場所を中心として、下から周囲を囲むように丸い鉄の棒が突き出て来た。
「……?」
「パパ、これから上昇しますので、座るか周りの鉄棒に掴まってください!」
……取り敢えず、下から突き出て来た丸い鉄棒に掴まる。
「うおっ!」
掴まった直後に、上昇し始めた。
エレベーターだったのか……
そう思いながら、鉄棒を掴んだ手にぎゅっと力を込めるのだった。
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新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
【本格ハードSF】人類は孤独ではなかった――タイタン探査が明らかにした新たな知性との邂逅
シャーロット
SF
土星の謎めいた衛星タイタン。その氷と液体メタンに覆われた湖の底で、独自の知性体「エリディアン」が進化を遂げていた。透き通った体を持つ彼らは、精緻な振動を通じてコミュニケーションを取り、環境を形作ることで「共鳴」という文化を育んできた。しかし、その平穏な世界に、人類の探査機が到着したことで大きな転機が訪れる。
探査機が発するリズミカルな振動はエリディアンたちの関心を引き、慎重なやり取りが始まる。これが、異なる文明同士の架け橋となる最初の一歩だった。「エンデュランスII号」の探査チームはエリディアンの振動信号を解読し、応答を送り返すことで対話を試みる。エリディアンたちは興味を抱きつつも警戒を続けながら、人類との画期的な知識交換を進める。
その後、人類は振動を光のパターンに変換できる「光の道具」をエリディアンに提供する。この装置は、彼らのコミュニケーション方法を再定義し、文化の可能性を飛躍的に拡大させるものだった。エリディアンたちはこの道具を受け入れ、新たな形でネットワークを調和させながら、光と振動の新しい次元を発見していく。
エリディアンがこうした革新を適応し、統合していく中で、人類はその変化を見守り、知識の共有がもたらす可能性の大きさに驚嘆する。同時に、彼らが自然現象を調和させる能力、たとえばタイタン地震を振動によって抑える力は、人類の理解を超えた生物学的・文化的な深みを示している。
この「ファーストコンタクト」の物語は、共存や進化、そして異なる知性体がもたらす無限の可能性を探るものだ。光と振動の共鳴が、2つの文明が未知へ挑む新たな時代の幕開けを象徴し、互いの好奇心と尊敬、希望に満ちた未来を切り開いていく。
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プロモーション用の動画を作成しました。
オリジナルの画像をオリジナルの音楽で紹介しています。
https://www.youtube.com/watch?v=G_FW_nUXZiQ
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
「メジャー・インフラトン」序章1/ 7(太陽の季節 DIVE!DIVE!DIVE!ダイブ!ダイブ!ダイブ!)
あおっち
SF
脈々と続く宇宙の無数の文明。その中でより高度に発展した高高度文明があった。その文明の流通、移動を支え光速を超えて遥か彼方の銀河や銀河内を瞬時に移動できるジャンプ技術。それを可能にしたジャンプ血清。
その血清は生体(人間)へのダメージをコントロールする血清、ワクチンなのだ。そのジャンプ血清をめぐり遥か大昔、大銀河戦争が起こり多くの高高度文明が滅びた。
その生き残りの文明が新たに見つけた地、ネイジェア星域。私達、天の川銀河の反対の宙域だった。そこで再び高高度文明が栄えたが、再びジャンプ血清供給に陰りが。天の川銀河レベルで再び紛争が勃発しかけていた。
そして紛争の火種は地球へ。
その地球では強大な軍事組織、中華帝国連邦、通称「AXIS」とそれに対抗する為、日本を中心とした加盟国軍組織「シーラス」が対峙していたのだ。
近未来の地球と太古から続くネイジェア星域皇国との交流、天然ジャンプ血清保持者の椎葉清らが居る日本と、高高度文明異星人(シーラス皇国)の末裔、マズル家のポーランド家族を描いたSF大河小説「メジャー・インフラトン」の前章譚、7部作。
第1部「太陽の季節 DIVE!DIVE!DIVE!ダイブ!ダイブ!ダイブ!」。
ジャンプ血清は保持者の傷ついた体を異例のスピードで回復させた。また血清のオリジナル保持者(ゼロ・スターター)は、独自の能力を飛躍的に引き上げる事が出来たのだ。
第2次大戦時、無敵兵士と言われた舩坂弘氏をモデルに御舩大(ミフネヒロシ)の無敵ふりと、近代世界のジャンプ血清保持者、椎葉きよし(通称:お子ちゃまきよし)の現在と過去。
ジャンプ血清の力、そして人類の未来をかけた壮大な戦いが、いま、始まる――。
彼らに関連する人々の生き様を、笑いと涙で送る物語。疲れたあなたに贈る微妙なSF物語です。
本格的な戦闘シーンもあり、面白い場面も増えます。
是非、ご覧あれ。
※加筆や修正が予告なしにあります。
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