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14話 秘密の出口
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「よし、逃げよう!」
そう言った今井さんの言葉に、疑問を返す。
「別に、今井さんまで逃げる必要は、無いんじゃないですか?」
今探されているのは、恐らく俺であって、今井さんではない。
今井さんが、ここで逃げる必要など無い筈だ。
ここで一緒に逃げてしまう事で、俺と繋がっていると思われては事だ。
「正巳君、僕らは"仲間"だろ?」
今井さんの言葉に頷く。
「仲間だったら、一緒に逃げるのが普通じゃないのかな!?」
どうやら、今井さんは仲間という単語で、少々暴走気味なようだ。
「ええ、確かに私たちは仲間ですし、一緒にいるのが普通です」
「じゃあ――」
今井さんの言葉を遮る。
「でも、仲間だからこそ互いを信頼して、最善を選択するのが良いと思うんです」
仲間という部分を強調する。
「仲間だからこそ……分かった! 僕は残って、上手く対応するよ」
……納得してくれてよかった。
安心した所で、今井さんが続けて言った。
「マムは、予定通りバックアップを作ってくれ」
「はい、マスター!」
『マスター!』と答えたマムが、何やら興奮している。
「マムはネットサーフィンをするのです! それで、沢山成長して……」
……やる気十分なようだ。
ただ、口調が人に近くなっただけに、文字列が人の形を取りながら動いている姿だけが、何とも残念だ。
「正巳君、大丈夫だよ。マムは日々成長する。それに、マムのアバターに関してはその指針を正巳君から貰ったしね!」
俺が画面上のマムを悲しそうな目で見ていたことに、気が付いたのだろう。
何やら意味深げな事を、言ってくる。
……俺がアバターの指針を?
アバターつまり人間でいう見た目。
指針とはその方向性の事だと思うが……
……不安だ。
「そうですね……あ、小型記憶端末はもう抜いて大丈夫かな?」
「はい、パパ。中のデータはマムがバックアップしました。それに、添付資料の解読前と後のデータのコピー、この端末とデータへのマーキングが済んでいます!」
「ありがとうマム」
マムに礼を言いながら、小型記憶端末を抜く。
「それにしても、正巳君の小型記憶端末変わってるね」
俺は手に持ったそれを見る。
見た目は爬虫類のヤモリと言われる生き物の形をしている。
ヤモリとは、家に住む守り主と言われていて、害虫を食べる事から益虫として知られている。
身体は灰色をしていて、手には吸盤が付いている。
よく、イモリとヤモリの区別がつかない、という人がいる。しかし、イモリのイは井戸の井とも言われていて、両生類で水辺を好む。対してヤモリのヤは、家屋の屋と言われていて爬虫類だ。
そもそも、見た目が違う。
イモリは、国内で見られるもので有名なのはアカハライモリとも言い、名の通り黒い体に腹が赤い。それに対してヤモリは、薄い体に灰色の身体をしている。
俺は幼い頃、古い孤児院で暮らしていただけあって、ヤモリをよく見かけた。
そんな事もあって、このヤモリの見た目をした小型記憶端末 通称”ヤモ吉”をネット上で見つけた時には、衝動買いをしてしまった。
買った後に値段を確認すると、18万円(税別)と洒落にならない金額だった。
既にクレジットカード決済後だったので、一瞬フリーズしたが届いた”ヤモ吉”は想像以上のクオリティだったので、後悔はしていない。
そのヤモ吉を良いね、と言ってくれた今井さんは、改めて良い人だと思う。
「そうですよね!ヤモ吉、可愛いですよね!今井さんなら分かってくれると思っていました!」
溢れだす愛。
「え゛……うん。まあ、可愛い、かな?」
何だろう、微妙に引きつった顔をしているが……
そうか、今は逃げる事の方が優先だった。
マムが静かになってしまったので、既にネット上に行ったのかなと思って声を掛けてみる。
「マム……?」
「……あ、はいパパ。その爬虫類が好きなのですか……?」
マムも気になるのか!
将来有望だね!
「そう! 可愛いでしょ! このシュルっとしたしっぽなんかも!」
そう、ヤモリの尻尾はシュルっとカーブしているのだ。
これがたまらなく可愛い。
「そうですか……しっぽしゅるっと……それにあの人間の女性データを……」
何やらマムが呟いている。
「ま、まあ、それはともかく! そろそろ正巳君には"脱出"してもらわないと。……ココに警備が来る頃だろうし!」
今井さんが何やら慌てている。
そう少し、ヤモ吉トークをしたかったんだけど……残念。
まあ、これから機会もあるだろうし、また今度でも良いか。
「そうですね。でも、表に出て行ったんじゃ普通に見つかるんじゃ無いですか?」
「そうだね、普通に出て行ったら先ず捕まるだろうね」
さっきモニターで確認した様子だと、複数人で隈なく巡回していた。
それに、出入り口にはそれぞれ警備員が待ち構えている。
普通に出て行こうとすれば、即見つかってアウト。隠れて出て、見つからずに出入り口ゲートに辿り着いても、警備員が見張っているからそこでアウト。
結局最後の出入り口を抑えられていたら、どうしようもない。
「いっその事、社内から出ずに隠れてるって云うのは……」
出られないなら、出なければ良いじゃないか。
「ふむ。その場合、正巳君の先輩はどうする? 下手したら、僕の両親と同じ道を辿るかも知れないぞ?」
今井さんの両親は、二人ともこの会社によって殺された。
「それは許容できません! でも、外に出られないんじゃ……」
黙っていたら、先輩が不味い事になるのは分かる。
でも、外に出られないのではどうしようもない。
「大丈夫さ! 僕を誰だと思ってる?技術の今井だよっ」
ふふっ、と笑いかけてくる。
「そっか、技術の今井か……流石です! 流石、技術の今井!」
「い、いや、まあね」
多分、ノリで言ったのだろう。
褒められて照れたのか、もじもじしている。
「それで、どうするんですか? マムがいるから、音を鳴らしたりなんかして、警備を誘導する事は出来ると思いますけど、それも完璧では無いと思いますし……」
言いながら、今井さんからマム、そして今井さん、の順で視線を移動させた。
すると、今井さんが胸を張って答える。
「ふっふっふ……マムは確かにネット上だと私よりも凄い! でも、現実世界に直接干渉は出来ないだろう?」
もしかして、『マムだったら~』みたいに話したのが、気に障ったのかも知れない。
……何だか、対抗心を燃やしている気がする。
「ま、まあ、いくらマムだと言っても人工知能ですしね……」
「はい。マムはマスターとパパによって創られたのです!」
微妙にマムが気を使っている気がするけど、AIに気を使われるって今井さん……
「とにかく! 僕がつくった専用の出入り口があるから、そこから出れば大丈夫だ」
「専用の出入り口ですか?」
京生貿易の部長ともなれば確かに、絶大な力を持ち実際に動かせる部下も数千人単位(正社員ではないが)で存在する。
しかし、今井さんの技術部は、正規の部下は極端に少ない。
重要な部分の殆どを、今井さんが一人で担当しているのだ。
社内では今井さんは異端児であり、且つ圧倒的な生産性を誇るスーパー部長だ。その今井さんであれば、役員のみが使えるという"専用出口"を使えても、何ら可笑しくないだろう。
「そう、専用出入り口! 部長になった時、この機械の壁と同時に造ったんだ。勿論予算内で工事をしたし、業者は信用できるトコに依頼したから、情報が洩れる心配をしなくて良いしね!」
この機械の壁は、予算で作ったのか……
今井さんの話によると、壁一面が一種の演算装置になっていて、より高速に処理する為の助けをしているらしい……こんなの作るのに一体幾らかかるのやら……
「え? かかった値段? ん~僕が設計して、機械の形は特注で依頼したから、8000万円くらいだったかな? あ、組み立ては僕が自分でやったよ!」
いや、まあ、そんな事だろうと思った。
8000万円の壁か……
「因みに、予算って一年でどれくらいなんですか?」
「ん~~……100億円位だったかな?」
……はい。
「なるほど……」
「まあ、消耗品の交換とかメンテナンスとか、人件費だとか研究費なんかで、結構掛かっちゃうんだよね~」
まあ、売上50兆円、純利益1兆円の会社を支えるシステム部だから、妥当なのかも知れない。
「それで、今井さんが造った専用出入り口って、何処に行けば良いんですか?」
幾ら専用出入口で出られると云っても、その出入り口まで行く間に見つかってしまったら意味が無い。問題は、出入り口がどこにあって、どうやって見つからずにそこまで行くかだ。
「出入口はね、複数あるんだ。それに、普段は出入口だと気付かないようになってる。一番近いのはここにあるんだよね」
『きっと面白いよ』と言って、今井さんが機械の壁のある部分に手の平をかざす。
すると――
『"ウ゛ゥ゛~ン"』
低い機械音がして、床の一部がパカッっと開いた。
開いた床を覗き込むと、中はツルっとした壁になっているのが分かる。
「……出口?」
ソレを指さしながら聞く。
「うん。出口の一つ」
なるほど??
「あの、これどうなってるんですか?」
想像は出来る。
恐らく、緊急避難で使うような滑り台になっているのだろう。
「これはね、名付けて、『緊急ループくん!』会社内の壁をこの配管の形をした脱出管が通っていて、安全に外まで出られる! もちろん、外から見ると、水道管何かに見えるし、完全防音だから心配はなし! 外に出られて、ジェットコースターの気分も味わえる!」
何とも流行らなそうなネーミングの、ジェットコースターだ。
少しジトっとした目で見ているのに、気が付いたのだろう。
今井さんが、言い訳を始めた。
「この出入口を造るのは大変だったんだよ……会社には、社内ネットワーク工事の報告をして、同じタイミングで配管工事の予定も入れてカモフラージュして……」
幾らでも話続けそうなので、途中で口を挟む。
「えっと、これは出口ですけど、入り口もあるんですよね? それに、こんなの作るのに幾らかかったのか……」
気になってしまった。
……そう、一刻も早く脱出しないといけないのは分かっているんだが……どうにも、先の想像できないジェットコースターに入るのは、心理的に辛い。
「うん、入口はもっと単純だよ。脱出口を造るのには、90億円くらい掛かったかな。ついでに依頼した、配管工事の方も意外に費用がかさんでね……」
……90億円。
一年間の予算の90%を使ったのか。今井さんが部下を多く持たないのは、単に経費でお金を使っているのが原因なんじゃ……?
「……それで、これ、大丈夫ですよね?途中とか、最後に出た時とか――」
「来客です!」
最後の確認をしようとしたところで、マムが教えてくれた。
「じゃあ、正巳君、連絡はマムを通してしてくれ。あと、楽しんでね!」
今井さんはそう言うと、俺の背中を押した。
「えっ? うぁぁぁぁーー……」
バランスを崩した俺は、床にぽっかりと開いた出口に落ちて行った。
落ちて行く中、手に握っていたヤモ吉を必死でポケットにねじ込みながら、遠のいて行く光を見つめる事しかできなかった。
――必死に声を押し殺しながら。
◆
「さて、正巳君にまた会うためにも、上手くやらないとな……」
一人になった女性が、それまで開いていた出口を見つめながら呟いた。
「……マスター、初めてこの緊急脱出口使ったようですが、パパは大丈夫でしょうか?」
そう、この出口は早く外に出られる代わりに、その他のすべてを削っている。
出た先さえも、それほど考慮せずに作っていたはずだ。
でも――
「大丈夫だよ」
そう答えると、小さな声で『王子様なんだ』と呟いた。
「……そうですよね!」
記号の集合体は、不安げに揺れていたが、じきに落ち着いて行くと『それでは、ネットに居ますので!』と言って、マム ――自立学習型AI―― は戻って行った。
マムが消えた後、モニターになっていた壁は自動で元の壁へと形を変えた。
そんなマムの様子を見ながら、ふと面白そうに笑った。
「ふふっ、すっかり"パパっ子"じゃないか」
……恐らく、正巳君の好みに合うアバターを作る為に、腐心するのだろう。
確かに、思考パターンは私に近く組んだが、予想異常に正巳君に懐いてしまった。
嬉しいやら、寂しいやら微妙な感覚だが、きっと悪い事では無いだろう。
何しろ、私たちは三人でチーム――"仲間"なのだから。
そんな事を考えていると、急かす様に再度来客を知らせるチャイムが鳴った。
「はいはい、少し待ってくれ給え!」
浮ついた心を落ち着かせながら、技術部の扉を開いた。
そう言った今井さんの言葉に、疑問を返す。
「別に、今井さんまで逃げる必要は、無いんじゃないですか?」
今探されているのは、恐らく俺であって、今井さんではない。
今井さんが、ここで逃げる必要など無い筈だ。
ここで一緒に逃げてしまう事で、俺と繋がっていると思われては事だ。
「正巳君、僕らは"仲間"だろ?」
今井さんの言葉に頷く。
「仲間だったら、一緒に逃げるのが普通じゃないのかな!?」
どうやら、今井さんは仲間という単語で、少々暴走気味なようだ。
「ええ、確かに私たちは仲間ですし、一緒にいるのが普通です」
「じゃあ――」
今井さんの言葉を遮る。
「でも、仲間だからこそ互いを信頼して、最善を選択するのが良いと思うんです」
仲間という部分を強調する。
「仲間だからこそ……分かった! 僕は残って、上手く対応するよ」
……納得してくれてよかった。
安心した所で、今井さんが続けて言った。
「マムは、予定通りバックアップを作ってくれ」
「はい、マスター!」
『マスター!』と答えたマムが、何やら興奮している。
「マムはネットサーフィンをするのです! それで、沢山成長して……」
……やる気十分なようだ。
ただ、口調が人に近くなっただけに、文字列が人の形を取りながら動いている姿だけが、何とも残念だ。
「正巳君、大丈夫だよ。マムは日々成長する。それに、マムのアバターに関してはその指針を正巳君から貰ったしね!」
俺が画面上のマムを悲しそうな目で見ていたことに、気が付いたのだろう。
何やら意味深げな事を、言ってくる。
……俺がアバターの指針を?
アバターつまり人間でいう見た目。
指針とはその方向性の事だと思うが……
……不安だ。
「そうですね……あ、小型記憶端末はもう抜いて大丈夫かな?」
「はい、パパ。中のデータはマムがバックアップしました。それに、添付資料の解読前と後のデータのコピー、この端末とデータへのマーキングが済んでいます!」
「ありがとうマム」
マムに礼を言いながら、小型記憶端末を抜く。
「それにしても、正巳君の小型記憶端末変わってるね」
俺は手に持ったそれを見る。
見た目は爬虫類のヤモリと言われる生き物の形をしている。
ヤモリとは、家に住む守り主と言われていて、害虫を食べる事から益虫として知られている。
身体は灰色をしていて、手には吸盤が付いている。
よく、イモリとヤモリの区別がつかない、という人がいる。しかし、イモリのイは井戸の井とも言われていて、両生類で水辺を好む。対してヤモリのヤは、家屋の屋と言われていて爬虫類だ。
そもそも、見た目が違う。
イモリは、国内で見られるもので有名なのはアカハライモリとも言い、名の通り黒い体に腹が赤い。それに対してヤモリは、薄い体に灰色の身体をしている。
俺は幼い頃、古い孤児院で暮らしていただけあって、ヤモリをよく見かけた。
そんな事もあって、このヤモリの見た目をした小型記憶端末 通称”ヤモ吉”をネット上で見つけた時には、衝動買いをしてしまった。
買った後に値段を確認すると、18万円(税別)と洒落にならない金額だった。
既にクレジットカード決済後だったので、一瞬フリーズしたが届いた”ヤモ吉”は想像以上のクオリティだったので、後悔はしていない。
そのヤモ吉を良いね、と言ってくれた今井さんは、改めて良い人だと思う。
「そうですよね!ヤモ吉、可愛いですよね!今井さんなら分かってくれると思っていました!」
溢れだす愛。
「え゛……うん。まあ、可愛い、かな?」
何だろう、微妙に引きつった顔をしているが……
そうか、今は逃げる事の方が優先だった。
マムが静かになってしまったので、既にネット上に行ったのかなと思って声を掛けてみる。
「マム……?」
「……あ、はいパパ。その爬虫類が好きなのですか……?」
マムも気になるのか!
将来有望だね!
「そう! 可愛いでしょ! このシュルっとしたしっぽなんかも!」
そう、ヤモリの尻尾はシュルっとカーブしているのだ。
これがたまらなく可愛い。
「そうですか……しっぽしゅるっと……それにあの人間の女性データを……」
何やらマムが呟いている。
「ま、まあ、それはともかく! そろそろ正巳君には"脱出"してもらわないと。……ココに警備が来る頃だろうし!」
今井さんが何やら慌てている。
そう少し、ヤモ吉トークをしたかったんだけど……残念。
まあ、これから機会もあるだろうし、また今度でも良いか。
「そうですね。でも、表に出て行ったんじゃ普通に見つかるんじゃ無いですか?」
「そうだね、普通に出て行ったら先ず捕まるだろうね」
さっきモニターで確認した様子だと、複数人で隈なく巡回していた。
それに、出入り口にはそれぞれ警備員が待ち構えている。
普通に出て行こうとすれば、即見つかってアウト。隠れて出て、見つからずに出入り口ゲートに辿り着いても、警備員が見張っているからそこでアウト。
結局最後の出入り口を抑えられていたら、どうしようもない。
「いっその事、社内から出ずに隠れてるって云うのは……」
出られないなら、出なければ良いじゃないか。
「ふむ。その場合、正巳君の先輩はどうする? 下手したら、僕の両親と同じ道を辿るかも知れないぞ?」
今井さんの両親は、二人ともこの会社によって殺された。
「それは許容できません! でも、外に出られないんじゃ……」
黙っていたら、先輩が不味い事になるのは分かる。
でも、外に出られないのではどうしようもない。
「大丈夫さ! 僕を誰だと思ってる?技術の今井だよっ」
ふふっ、と笑いかけてくる。
「そっか、技術の今井か……流石です! 流石、技術の今井!」
「い、いや、まあね」
多分、ノリで言ったのだろう。
褒められて照れたのか、もじもじしている。
「それで、どうするんですか? マムがいるから、音を鳴らしたりなんかして、警備を誘導する事は出来ると思いますけど、それも完璧では無いと思いますし……」
言いながら、今井さんからマム、そして今井さん、の順で視線を移動させた。
すると、今井さんが胸を張って答える。
「ふっふっふ……マムは確かにネット上だと私よりも凄い! でも、現実世界に直接干渉は出来ないだろう?」
もしかして、『マムだったら~』みたいに話したのが、気に障ったのかも知れない。
……何だか、対抗心を燃やしている気がする。
「ま、まあ、いくらマムだと言っても人工知能ですしね……」
「はい。マムはマスターとパパによって創られたのです!」
微妙にマムが気を使っている気がするけど、AIに気を使われるって今井さん……
「とにかく! 僕がつくった専用の出入り口があるから、そこから出れば大丈夫だ」
「専用の出入り口ですか?」
京生貿易の部長ともなれば確かに、絶大な力を持ち実際に動かせる部下も数千人単位(正社員ではないが)で存在する。
しかし、今井さんの技術部は、正規の部下は極端に少ない。
重要な部分の殆どを、今井さんが一人で担当しているのだ。
社内では今井さんは異端児であり、且つ圧倒的な生産性を誇るスーパー部長だ。その今井さんであれば、役員のみが使えるという"専用出口"を使えても、何ら可笑しくないだろう。
「そう、専用出入り口! 部長になった時、この機械の壁と同時に造ったんだ。勿論予算内で工事をしたし、業者は信用できるトコに依頼したから、情報が洩れる心配をしなくて良いしね!」
この機械の壁は、予算で作ったのか……
今井さんの話によると、壁一面が一種の演算装置になっていて、より高速に処理する為の助けをしているらしい……こんなの作るのに一体幾らかかるのやら……
「え? かかった値段? ん~僕が設計して、機械の形は特注で依頼したから、8000万円くらいだったかな? あ、組み立ては僕が自分でやったよ!」
いや、まあ、そんな事だろうと思った。
8000万円の壁か……
「因みに、予算って一年でどれくらいなんですか?」
「ん~~……100億円位だったかな?」
……はい。
「なるほど……」
「まあ、消耗品の交換とかメンテナンスとか、人件費だとか研究費なんかで、結構掛かっちゃうんだよね~」
まあ、売上50兆円、純利益1兆円の会社を支えるシステム部だから、妥当なのかも知れない。
「それで、今井さんが造った専用出入り口って、何処に行けば良いんですか?」
幾ら専用出入口で出られると云っても、その出入り口まで行く間に見つかってしまったら意味が無い。問題は、出入り口がどこにあって、どうやって見つからずにそこまで行くかだ。
「出入口はね、複数あるんだ。それに、普段は出入口だと気付かないようになってる。一番近いのはここにあるんだよね」
『きっと面白いよ』と言って、今井さんが機械の壁のある部分に手の平をかざす。
すると――
『"ウ゛ゥ゛~ン"』
低い機械音がして、床の一部がパカッっと開いた。
開いた床を覗き込むと、中はツルっとした壁になっているのが分かる。
「……出口?」
ソレを指さしながら聞く。
「うん。出口の一つ」
なるほど??
「あの、これどうなってるんですか?」
想像は出来る。
恐らく、緊急避難で使うような滑り台になっているのだろう。
「これはね、名付けて、『緊急ループくん!』会社内の壁をこの配管の形をした脱出管が通っていて、安全に外まで出られる! もちろん、外から見ると、水道管何かに見えるし、完全防音だから心配はなし! 外に出られて、ジェットコースターの気分も味わえる!」
何とも流行らなそうなネーミングの、ジェットコースターだ。
少しジトっとした目で見ているのに、気が付いたのだろう。
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「この出入口を造るのは大変だったんだよ……会社には、社内ネットワーク工事の報告をして、同じタイミングで配管工事の予定も入れてカモフラージュして……」
幾らでも話続けそうなので、途中で口を挟む。
「えっと、これは出口ですけど、入り口もあるんですよね? それに、こんなの作るのに幾らかかったのか……」
気になってしまった。
……そう、一刻も早く脱出しないといけないのは分かっているんだが……どうにも、先の想像できないジェットコースターに入るのは、心理的に辛い。
「うん、入口はもっと単純だよ。脱出口を造るのには、90億円くらい掛かったかな。ついでに依頼した、配管工事の方も意外に費用がかさんでね……」
……90億円。
一年間の予算の90%を使ったのか。今井さんが部下を多く持たないのは、単に経費でお金を使っているのが原因なんじゃ……?
「……それで、これ、大丈夫ですよね?途中とか、最後に出た時とか――」
「来客です!」
最後の確認をしようとしたところで、マムが教えてくれた。
「じゃあ、正巳君、連絡はマムを通してしてくれ。あと、楽しんでね!」
今井さんはそう言うと、俺の背中を押した。
「えっ? うぁぁぁぁーー……」
バランスを崩した俺は、床にぽっかりと開いた出口に落ちて行った。
落ちて行く中、手に握っていたヤモ吉を必死でポケットにねじ込みながら、遠のいて行く光を見つめる事しかできなかった。
――必死に声を押し殺しながら。
◆
「さて、正巳君にまた会うためにも、上手くやらないとな……」
一人になった女性が、それまで開いていた出口を見つめながら呟いた。
「……マスター、初めてこの緊急脱出口使ったようですが、パパは大丈夫でしょうか?」
そう、この出口は早く外に出られる代わりに、その他のすべてを削っている。
出た先さえも、それほど考慮せずに作っていたはずだ。
でも――
「大丈夫だよ」
そう答えると、小さな声で『王子様なんだ』と呟いた。
「……そうですよね!」
記号の集合体は、不安げに揺れていたが、じきに落ち着いて行くと『それでは、ネットに居ますので!』と言って、マム ――自立学習型AI―― は戻って行った。
マムが消えた後、モニターになっていた壁は自動で元の壁へと形を変えた。
そんなマムの様子を見ながら、ふと面白そうに笑った。
「ふふっ、すっかり"パパっ子"じゃないか」
……恐らく、正巳君の好みに合うアバターを作る為に、腐心するのだろう。
確かに、思考パターンは私に近く組んだが、予想異常に正巳君に懐いてしまった。
嬉しいやら、寂しいやら微妙な感覚だが、きっと悪い事では無いだろう。
何しろ、私たちは三人でチーム――"仲間"なのだから。
そんな事を考えていると、急かす様に再度来客を知らせるチャイムが鳴った。
「はいはい、少し待ってくれ給え!」
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