『インパルス』~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲仁

文字の大きさ
上 下
2 / 20

2話 出勤

しおりを挟む
 目が覚めると、カーテンから洩れる日差しが部屋の中へと差し込んでいた。

「朝か……」

 横を見ると、食べかけのおつまみが袋の空いた状態で転がっている。
 どうやら、途中で寝てしまったらしい。

「おっ、そろそろ着替えないと」

 時刻は朝6時50分。
 朝ご飯を食べて、出勤準備をする時間だ。

 これまで、宝くじが当たったら直ぐに仕事を辞めようと思っていた。しかし、実際に当たってみると仕事を辞める事はしなかった。

 理由はいくつかある。
 その中でも、大きい理由を挙げると3つ。

  1.急に仕事を辞めて怪しまれたくない
  2.辞めたからと言ってやることが無い
  3.今でなくても良い気がする

 取り敢えず、仕事は続ける事にしたのだ。

 朝食のバナナとヨーグルトを食べると、スーツに着替えた。

 最近は、スーツじゃなくても良い会社が増えてきている。

 時代の流れだろう。

 スーツ以外のサラリーマンを、容認する社会になって来たのだ。

 流れに合わせて、ウチの会社も服装を"自由"としている。

 もちろん、『時と場合を考えろ』とのお達し付きではある。

 社内でも、私服姿の人をチラホラ見かける。

 特に、夏場などは涼し気な服装でいる人を見ると、私服で働くのも悪くなさそうだと思う。

 ――とは言っても、俺の場合スーツ一択だが。

 理由は色々あるが……強いて言うならば、社外の人との打合せが多い事と、毎回服を選ぶのが面倒なのが大きな理由だ。

 理由として後者が大きいのは秘密だ。

 そんな事で、いつも通りに袖をまくり、顔を洗う。

「髪は……大丈夫か」

 寝癖が目立たない事を確認し、袖を直した。

 まとめてアイロンしておいた、最後のワイシャツなので、皴が殆どない。

 袖を綺麗に伸ばすと、袖に付いている二つのボタンを留め、背広を羽織った。
 
 そして、ちゃんと忘れず・・・に眼鏡をかけてから、家を出る。

「おお……良い天気だなぁ」

 朝特有な"澄みきった空気"を吸い込む。

 ……体の隅々まで、リフレッシュされた気分になる。

 数秒朝日を浴びると、そのままエレベーターへと向かった。

 ドアは、オートロックの指紋開閉型だ。

 エレベーターを降りると、舗装された道を歩き始めた。

 ……職場は、自宅から徒歩20分の場所にある。

 始めの頃は自転車を使っていた。
 しかし、カギを掛けずに会社に置いていたら、いつの間にか盗まれていた。

 盗まれて以降は、徒歩で通勤している。

 そもそも、自転車で通勤する"理由"が無くなっていた事もあり、買い直しはしなかった。別に『面倒だったから』とかではない……。

 俺の勤め先は、世界屈指の総合商社だ。
 ありとあらゆる物を世界中で、輸出入している。

 "世界屈指"と言っても、元は国内に数社存在した内の、一つの大手貿易会社にすぎなかったらしい。それが、ある時点から、国内に存在した上位数社の商社を買収及び統合し始めた。

 結果的に、買収が莫大な利益を生み出す結果となり、間を置かぬ内に国内では不動の地位を築いた。その後、世界中に支店を進出させ、世界中で買収及び提携を実施して行った。

 その後、10数年たった今では『世界中の物流に影響を及ぼしている』と言っても過言ではない程の、"超"企業に成長した。

 ――全て、新入社員研修の時に学んだ内容だが、中々アグレッシブだと思う。

 その後も、順調に収益を伸ばしたウチの会社は、昨年度の売上は数十兆円超、純利益では1兆円を突破している。全世界でも10本の指に入る規模だ。

 何だかんだ言っても、会社の一ヶ月分の利益が、俺の当てた"900億円"と同じくらいだと考えると、組織の力はとんでもないと思う。

 まあ、『世界屈指の大企業の一ヶ月分の利益を一人で得た』と考えると、それこそとんでもないのかもしれないが……そんな事を考えながら、下水施設の横を通り過ぎる。

 この下水施設はつい二、三年前に工事を行ったばかりだ。

 工事前は、通り過ぎるたび酷く匂っていた。

 実は、自転車を購入した大きな理由が、この場所を早く通り過ぎる為だった。

 しかし、工事のお陰で匂わなくなり、わざわざ自転車通勤する必要もなくなったのだ。

 本当に、匂わないと言うのは素晴らしい事だ。

 朝は穏やかな内に仕事に入りたい。

 その後も、美味しい空気を味わいながら歩いていたが、幾らもしない内に会社に着いた。

「おはようございます」

 社員入り口であるゲートの横に立つ警備員が、声をかけてくる。

「おはよう! お疲れ様~」

 挨拶をして、ゲートをくぐる。
 他に、出勤している社員の姿は余りいない。

 俺と同じ時間帯に出勤してくる人は少ないのだ。

 ……"少ない"というか、基本的に出勤時間は自由なので、多いも少ないもあまり関係ないのだが。

 うちの会社は、どれだけ働こうが結果が全て。

 仮に毎日1時間しか仕事をしないでも、結果さえ出していれば文句は言われない。

 まあ、そうは言いつつも少しでも長い時間働くように、色々な工夫をしているみたいだが……

「おっす!」

 エレベーターのエントランスに進むと、同僚の男が声をかけてくる。

「うっす! ……随分と早いですね」

 返事をしながら、男の様子をみる。

「でしょ?」
「……徹夜ですかぁ」

 目の下に薄っすらとしたクマがあり、着ている服もどこかくたびれている。

 チノパンにポロシャツ。外部との打ち合わせが、ほぼ無い部署に所属している特徴だ。

「そうなんだよ、先月あったイベントの処理でね」
「ああ、チャリティ?」

 話しながら、エレベーターに乗り込む。

「そうそう。正巳まさみが担当だったよな」

 先月あったチャリティイベントとは、国内でも最大級のイベントで、ここでの収益の大半が多くの孤児院に寄付されている。

 俺自身孤児であった事もあり、思う所もあったので、社内で担当者の募集の際に立候補したのだ。

「ですね。準備は大変だったけど、やり切ったんで、後は先輩の仕事ですね!」

「ははは、もう少しで終わるから……まあしっかり仕事はするさ」

 なんだか元気が無いが、恐らく徹夜の疲れが来ているのだろう。

「程々に、ですよ?」
「分かっているさ。正巳も無理するなよ」

 俺の部署のある階に着いたので、降りる。

「それじゃ、また!」
「ああ……」

 どことなく疲れた様子の先輩を見送り、自分のデスクに向かう。

「後で差し入れでも持っていくか」

 差し入れるカロリーバーを思い浮かべながら、最初の仕事の洗い出しを始めるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶
SF
数多の星大名が覇権を目指し、群雄割拠する混迷のシグシーマ銀河系。 その中で、宙域国家オ・ワーリに生まれたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、何を思い、何を掴み取る事が出来るのか。 日本の戦国時代をベースにした、架空の銀河が舞台の、宇宙艦隊やら、人型機動兵器やらの宇宙戦記SF、いわゆるスペースオペラです。 主人公は織田信長をモデルにし、その生涯を独自設定でアレンジして、オリジナルストーリーを加えてみました。 史実では男性だったキャラが女性になってたり、世代も改変してたり、そのうえ理系知識が苦手な筆者の書いた適当な作品ですので、歴史的・科学的に真面目なご指摘は勘弁いただいて(笑)、軽い気持ちで読んでやって下さい。 大事なのは勢いとノリ!あと読者さんの脳内補完!(笑) ※本作品は他サイト様にても公開させて頂いております。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

【本格ハードSF】人類は孤独ではなかった――タイタン探査が明らかにした新たな知性との邂逅

シャーロット
SF
土星の謎めいた衛星タイタン。その氷と液体メタンに覆われた湖の底で、独自の知性体「エリディアン」が進化を遂げていた。透き通った体を持つ彼らは、精緻な振動を通じてコミュニケーションを取り、環境を形作ることで「共鳴」という文化を育んできた。しかし、その平穏な世界に、人類の探査機が到着したことで大きな転機が訪れる。 探査機が発するリズミカルな振動はエリディアンたちの関心を引き、慎重なやり取りが始まる。これが、異なる文明同士の架け橋となる最初の一歩だった。「エンデュランスII号」の探査チームはエリディアンの振動信号を解読し、応答を送り返すことで対話を試みる。エリディアンたちは興味を抱きつつも警戒を続けながら、人類との画期的な知識交換を進める。 その後、人類は振動を光のパターンに変換できる「光の道具」をエリディアンに提供する。この装置は、彼らのコミュニケーション方法を再定義し、文化の可能性を飛躍的に拡大させるものだった。エリディアンたちはこの道具を受け入れ、新たな形でネットワークを調和させながら、光と振動の新しい次元を発見していく。 エリディアンがこうした革新を適応し、統合していく中で、人類はその変化を見守り、知識の共有がもたらす可能性の大きさに驚嘆する。同時に、彼らが自然現象を調和させる能力、たとえばタイタン地震を振動によって抑える力は、人類の理解を超えた生物学的・文化的な深みを示している。 この「ファーストコンタクト」の物語は、共存や進化、そして異なる知性体がもたらす無限の可能性を探るものだ。光と振動の共鳴が、2つの文明が未知へ挑む新たな時代の幕開けを象徴し、互いの好奇心と尊敬、希望に満ちた未来を切り開いていく。 -- プロモーション用の動画を作成しました。 オリジナルの画像をオリジナルの音楽で紹介しています。 https://www.youtube.com/watch?v=G_FW_nUXZiQ

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

「メジャー・インフラトン」序章1/ 7(太陽の季節 DIVE!DIVE!DIVE!ダイブ!ダイブ!ダイブ!)

あおっち
SF
  脈々と続く宇宙の無数の文明。その中でより高度に発展した高高度文明があった。その文明の流通、移動を支え光速を超えて遥か彼方の銀河や銀河内を瞬時に移動できるジャンプ技術。それを可能にしたジャンプ血清。  その血清は生体(人間)へのダメージをコントロールする血清、ワクチンなのだ。そのジャンプ血清をめぐり遥か大昔、大銀河戦争が起こり多くの高高度文明が滅びた。  その生き残りの文明が新たに見つけた地、ネイジェア星域。私達、天の川銀河の反対の宙域だった。そこで再び高高度文明が栄えたが、再びジャンプ血清供給に陰りが。天の川銀河レベルで再び紛争が勃発しかけていた。  そして紛争の火種は地球へ。  その地球では強大な軍事組織、中華帝国連邦、通称「AXIS」とそれに対抗する為、日本を中心とした加盟国軍組織「シーラス」が対峙していたのだ。  近未来の地球と太古から続くネイジェア星域皇国との交流、天然ジャンプ血清保持者の椎葉清らが居る日本と、高高度文明異星人(シーラス皇国)の末裔、マズル家のポーランド家族を描いたSF大河小説「メジャー・インフラトン」の前章譚、7部作。  第1部「太陽の季節 DIVE!DIVE!DIVE!ダイブ!ダイブ!ダイブ!」。  ジャンプ血清は保持者の傷ついた体を異例のスピードで回復させた。また血清のオリジナル保持者(ゼロ・スターター)は、独自の能力を飛躍的に引き上げる事が出来たのだ。  第2次大戦時、無敵兵士と言われた舩坂弘氏をモデルに御舩大(ミフネヒロシ)の無敵ふりと、近代世界のジャンプ血清保持者、椎葉きよし(通称:お子ちゃまきよし)の現在と過去。  ジャンプ血清の力、そして人類の未来をかけた壮大な戦いが、いま、始まる――。  彼らに関連する人々の生き様を、笑いと涙で送る物語。疲れたあなたに贈る微妙なSF物語です。  本格的な戦闘シーンもあり、面白い場面も増えます。  是非、ご覧あれ。 ※加筆や修正が予告なしにあります。

処理中です...