猫舌ということ。

結愛

文字の大きさ
上 下
62 / 175
動き

第62話

しおりを挟む
歩いて少しして端に寄り立ち止まり、イヤホンをスマホに挿し耳に入れ、音楽アプリで
「お気に入り」のプレイリストをシャッフル再生し、また駅へ歩き出す。
駅の近くのコンビニに寄り心の紅茶、ココティーのストレートティーとミントガムを買う。
コンビニから出てビニール袋からミントガムを取り出し
紙パッケージを端のピロッっと出ているところから剥く。
ガムを1粒出し銀色の包み紙から出し、口に放り込む。
硬い周りの部分を歯で突き破ると口の中に甘みとミントの強烈な香りが広がり
口の中にクーラーを設置したように涼しくなる。
噛んでいくと徐々にガム特有の粘着性が出てくる。
交通系電子マネーを改札にあて改札を通る。駅構内のトイレに入る。鏡で髪を整える。
ワックスをつけていないので、ただ手櫛で髪をとかす程度。
ホームで電車を待つ。鼓動が高鳴り始めた。
意味がわかると怖い話を読み考えながら電車を待ち
電車内でも引き続き、意味がわかると怖い話を読み考えていた。
駅が1つ1つ近づき、1つ1つ止まる。
妃馬さんとの待ち合わせの駅に近づく毎に乗客は増え、鼓動がどんどん高鳴っていった。
終点の1つ前の駅に止まり、扉が閉まる。
意味がわかると怖い話もまともに考えられなくなるくらい鼓動が高鳴っていた。
ドアの窓からホームが見え、電車の速度が遅くなり止まる。
慣性の法則で僕を含め乗客が
ねこじゃらしでシンクロする猫のように一斉に同じ方向へ蹌踉めく。
扉が開き乗客が次々と降りる。
開いたのは僕が立っていたのとは反対の扉だったため、降りるまでに多少の時間を要した。
ホームに降り立ち人混みの中改札に辿り着く。
人々が交通系電子マネーを改札にあてるピピッっという電子音が
途切れることなく聞こえ、近づいてくる。
僕が改札に交通系電子マネーをあてホームから出るまでに
1回だけピンポーンと残高不足で弾かれている人がどこかにいた。
改札を出てエスカレーターを降りず、まずは柱の裏のベンチに座っているかどうかを確認する。
数人座っていたが妃馬さんの姿はなかった。
スマホをポケットから取り出し、電源をつけ時刻を確認する。9時41分だった。
待ち合わせより約20分早く着いてしまった。
まぁ妃馬さんを待たせるよりかはいいかと思い、エスカレーターを降り柱の辺りで待とうと
スマホをポケットにしまい、振り向くと正面に妃馬さんが立っていた。単純にビックリした。
「おぉっ!」
驚きで声が漏れた。
「あ、やっぱり」
と妃馬さんの声がイヤホンから聞こえる音楽の向こうで微かに聞こえた。
右耳のイヤホンを外す。
「妃馬さん早かったですね」
そう言うと
「いやいや怜夢さんこそ早かったですね。待ちました?」
と驚きと心配が混じった顔で聞く。
「いやマジで全然待ってないというか、ちょうどその電車で来たところなんですよ」
とまだホームに止まっている電車を指指す。妃馬さんは振り返り
「えっ」
と驚いたような声を漏らす。僕はどうしたんだろうと思いながらも
妃馬さんの次の言葉を左耳のイヤホンを外しながら静かに待っていた。
「私もその電車で来ました」
予想だにしない回答が飛んできた。
幼稚園生の子とキャッチボールの練習を気軽にしようと思ったら
その子が思いの外遠く離れていってしまい
「そんな遠くちゃ届かないよ」
なんて笑って言ってたら急にキレッキレのシンカーが飛んできたような予想の出来なさだった。
その飛んできた球に微塵も動けず
「えっ」
とその一文字だけをそっと溢す。
妃馬さんが僕のほうに向き直り、妃馬さんと僕の間に少し無言の時間が訪れる。
人々のざわめき、足音、改札の開く音
交通系電子マネーをタッチする電子音などがくっきり鮮明に聞こえる。
その無言の時間、妃馬さんと僕の間の空間に
僕の発した「えっ」の一文字が漂い次第に薄れて消えていった。
「すごいですね」
沈黙を破ったのは僕のほうからだった。
その僕の言葉に妃馬さんもハッっとなったようで
「そ、そうですね!こんな偶然あるんだ」
「もしかしたら同じ車両だったかもしれないですね」
「さすがに自分の乗った車両までは覚えてないなぁ~」
「良かったぁ~」
「なにがですか?」
「いや自分で言っといてなんですけど
僕も自分の乗った車両覚えてないので妃馬さんが覚えてなくて良かったなぁ~って」
「あぁ~覚えとけば良かったなぁ~」
「意地悪されるところでした」
「惜しいことしたなぁ~」
「最初はどこ行きますか?」
「そうですねぇ~何軒か服屋回ってもいいですか?」
「もちろん。妃馬さんの行きたいとこ、やりたいことに付き合います」
と執事のように胸に手を当て軽く頭を下げる。
「あ、執事モードだ」
顔を見ていないが妃馬さんが笑っているのが妃馬さんの発した言葉でわかる。顔を上げて
「じゃあとりあえず駅から出ましょうか」
「そうですね」
そして2人でエスカレーターに乗り、駅近くの服屋さんに入る。妃馬さんが店内を練り歩く。
僕はその後を2、3歩引いてついていく。
ハンガーラックにかかっている服を1着1着見る妃馬さん。僕はそんな妃馬さんを見る。
楽しそうにも悩んでいるようにも見えた。
「どっちがいいだろう」
妃馬さんが呟く。直接僕には聞いていないが
この手の質問は男が苦手とする質問の1つだとこの間テレビで言っていた。
右手には胸元にリボンのようなものがあしらってある袖が膨らんでいるブラウス。
左手には肩周りにフレア状の装飾があしらってあるブラウスを持っていた。
悩んでいる妃馬さん背中を見る。辺りを見渡す。
レディースの服屋さんだけあって店員さんもお客さんも女性だらけで男は僕1人だった。
その事実を知り、少し肩身が狭く感じ始めたところで妃馬さんがクルッっとこちらを向き
「どっちがいいですかね?」
とついに男の苦手な質問の1つを僕に投げてきた。
「うぅ~ん」
本気で悩んだ。どちらの服が似合うかも悩んだが回答の仕方についても悩んだ。
妃馬さんの右手からハンガーにかかった服のハンガーのフック部分を持ち
妃馬さんの上半身に合わせるようにし
「こっちは今日の服に合いそうですね」
そして妃馬さんの右手に服を返し、今度は左手に持っている服のハンガーのフック部分を持ち
また妃馬さんの上半身に合わせるようにして
「こっちも似合うと思いますけど…。うぅ~ん。僕個人的にはこっちのほうが好きですかね」
と妃馬さんの右手の服を指指す。
「あ、えっと…」
と言ったあとクスクス笑い出し、アハハハと声を出し笑い出す。
僕はファッションのことを知ってる風なこと言ったからそれがおかしくて笑ったのか
妃馬さんの笑っている理由がわからず困惑していた。
「すいませんすいません」
と言った後息を整えて
「すいません。私が悪かったですね。
実は今日姫冬の誕生日プレゼントを選ぼうと思って」
少し頭で整理して理解ができた。
「あ、それで」
「それで」
「でもそれなら妃馬さんのほうが好みわかってるでしょ。お姉ちゃんなんだし」
「まぁそれはそうかもしれないですけど
ほらあの子ももう大学生だし、男の人の視点からの意見も必要かなぁ~って」
「なるほどですね」
「怜夢さんはこっちが好みっと」
「忘れてください」
2人で笑った。
「姫冬ちゃんならぁ~…」
妃馬さんの持った服を今一度見て、頭の中で姫冬ちゃんに合わせてみる。
「イメージだとこっちですかね?」
と左手に持った服を指指す。
「でも、男が好きな服ってなるとこっちかなぁ?」
と右手に持った服を指指す。
「そっかぁ~…男の人に好かれるのも困るなぁ~…」
と妃馬さんが悩む。
「あら過保護なお姉さん出てきた」
「いや…うぅ~ん…過保護かぁ~、まぁそうかもしれないですけど
あの子ぽーってしてるから心配なんですよね」
「あぁ言ってましたね」
「あ、そうですか?」
「はい。まぁ一番近くにいるお姉さんがそう言うんだからそうなんでしょうね」
「はい。…んん~。とりあえずここはこの2着を案の1つとして、他も行っていいですか?」
「もちろんです。いろいろ回りましょう」
そして妃馬さんは2着を元の位置に戻し、2人でお店を出た。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

待庵(たいあん)

歴史・時代 / 連載中 24h.ポイント:242pt お気に入り:0

徒然子育て日誌〜兼業風味を添えて〜

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:256pt お気に入り:1

一行日記 2024年6月☂️

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:448pt お気に入り:2

富嶽を駆けよ

歴史・時代 / 連載中 24h.ポイント:647pt お気に入り:6

つつ(憑憑)

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:0

氷雨と猫と君

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:647pt お気に入り:7

スルドの声(共鳴) terceira esperança

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:398pt お気に入り:0

処理中です...