閻魔の庁

夢酔藤山

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常嗣帖

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               五



 さて閻魔庁では、藤原常嗣が閻魔大王より責められていた。三年間も大王の補佐役を島流しにしたのだから、単純に地獄へ落としただけでは
「どうにも腹が据えかねる」
 閻魔大王は鬼どもに散々打擲させたうえで、暫らく逆さ吊りにしたのであった。
 小野篁が帰京したのは常嗣死後二ヵ月経ってである。つまり藤原常嗣は二ヵ月もの間、閻魔庁で逆さ吊りのリンチを被っていたことになる。
「大王、ようやく倭にが、虫の息でぶら下っていた。小野篁の姿を認めた常嗣は
「おお……麿が悪かった……助けてくりゃれ」
と号泣し哀願した。
「お止めなされよ。遣唐大使ともあろう御方が、みっともない」
 小野篁の物云いは冷たかった。
「なんだ、意外だな。てっきり助けてやるのかと思うたぞ」
 閻魔大王はぽつりと呟いた。
「なにが意外なものですか。私利私欲のない閻魔庁の仕事が、私利私欲ある輩の為に三年も混乱したのです」
 このことは何物にも代え難い大罪であった。
「わたしの現世寿命が終わるまで、このまま吊っておきましょうか?」
 吐き捨てるような口調の小野篁に
「もう辛い……苦しい、助けてくだされ。吊られるくらいなら、地獄がいい!」
 その言葉に、小野篁はにやりと笑った。
「大王、この者は地獄の方が宜しいとか申しておる。どうでしょう、七地獄すべてを回らせてあげましょう」
「……厳しいな」
「地獄よりも辛い逆さ吊りから助けてあげたいだけです。一箇所百年として、七つを廻りきれば七百年、まあ、妥当な裁決と思いますが?」
「篁がそういうなら、宜しかろう」
 藤原常嗣は地獄へ落されてから思い知るだろう。逆さ吊りの方がどんなに甘美であったか……もはや悲鳴は、誰にも届くことはなかった。

 承和九年(842)九月一五日、嵯峨上皇崩御。享年七〇歳。生前は何かと小野篁を疎んじてきた嵯峨上皇も、死者となった以上はすっかり豹変し
「刑部大輔よう、閻魔王に宜しく取り計らっておくれ」
 閻魔大王の前で猫なで声を出す始末。今までしてきたことを棚に上げて、なりふり構わず小野篁に縋る態度は実に見苦しい。
 閻魔庁では、如何なる嘘も通じない。
 地獄へ堕ちるのを恐れる余りに綺麗事を並べ立てても、すぐに閻魔帳が真実を曝け出す。嵯峨上皇は万民のために尽くしたと綺麗事を並べ立てた。過去のことも忘れて、閻魔大王に媚を売り続けた。その身勝手な言い草に閻魔大王は一喝した。
「お前は兄を死に追いやった。その罪を忘れて政治関与をし、勝手気ままに振舞った。忘れたとは言わさぬ」
 嵯峨上皇は小野篁に救いを求めたが、相手にして貰えない。
 その間にも、閻魔大王は怒鳴り声を浴びせ続ける。
「お前は遣唐使問題に託けて篁を殺そうとした。しかし結果として二年間の島流しにした。その二年間、閻魔庁は多忙であったぞ。先にここへきた藤原常嗣とかいう輩も散々逆さ吊りにして打擲した挙句に地獄へ落した。お前も後を追え」
「どうか……どうか、ご勘弁を」
 今度は大泣きしながら嘆願した。
(情けない話だねえ)
 小野篁の目は冷ややかである。
 嵯峨上皇は父や兄や藤原常嗣の待つ地獄行きが裁定された。最後まで泣き騒ぎ、往生際の悪い結果で、幕を引いたのである。
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