閻魔の庁

夢酔藤山

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常嗣帖

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               二



 ある日、御所塀に落書が発見された。
「無悪善」
 果たして何と読むのか、宮中の物識たちを動員して嵯峨天皇は知ろうとした。しかし、宮中の学識者たちには、それが判らない。ところがその謎を難なく解いた者がいた。小野篁である。
 小野篁は涼しい顔で、こう読んだ。
「さが無くばよからん」
と読んだ。
 すなわち、嵯峨上皇が無ければなお善し。これは痛烈な政治批判であり、天皇批判だ。これを聞いた嵯峨上皇は烈火の如く、猛り狂った。
「誰も読めぬものを唯一人読めたのは、落書の張本人に他ならず」
とさえ息巻いた。
「物を識っているというだけで罪になるのなら、こんなに迷惑な話はない」
 小野篁は反論をした。
 その剣幕に押されて
「ならば才覚を問わん。才なくば罪を認めるべし」
と、宮中学識者を召集し試験を命じた。
 その結果、誰もが小野篁の才覚を認めて恐縮した。嵯峨上皇の私怨だけが蟠りとして残った。
 この夜、閻魔庁へ赴いた小野篁は
「戯れにも程がある」
と、それでも愉快そうに、閻魔大王から窘められた。
 やはり、犯人は小野篁であった。

 天長七年(830)四月一九日、現世における小野篁の父・参議刑部卿小野峯守が死んだ。持病を長いこと患い続けた末の呆気ない死である。享年五四歳。小野峯守の御魂は閻魔庁に赴き、生前の行いを裁かれることとなった。そのとき小野峯守は、眼前の裁判官をみて驚愕する。
「た……篁?お前こんなところで何をしている」
 驚くのも無理はない。生きている筈の息子が、死者の庁で働いているのだ。しかもその正体を閻魔庁にきて初めて知ったのだから、二度びっくりである。
「私利私欲なく篁を養育したことは第一の公徳。天界にて暫しゆるりとなさるがよい」
 閻魔大王は小野峯守を極楽へ裁定した。厳格にして温厚な人格を貫いてきた小野峯守ならではの賜である。
「ならばそこまで父を送って差し上げましょう」
 小野篁は極楽の門前まで父・小野峯守の手を引いて案内した。辛く酷い現世を忍んできた苦労人にとって、息子から最後の孝行を受けるとは
「なんとも果報者よ」
 小野峯守は感涙に咽びながら、天国へと旅立っていった。異母妹・乙子も小野峯守に免じ賽の河原から恩赦された。間もなく、乙子も天国へ旅立っていった。

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