閻魔の庁

夢酔藤山

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地蔵帖

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               四




 この年の暮れ、小野篁にとって現世の異母妹・乙子が死んだ。
 未婚の一五歳という死は少なからず小野篁に、哀れを覚えた。閻魔庁で顔を合わせたとき、乙子は兄の意外な正体に戸惑いこそしたが別して驚きはしなかった。
 親より早死にした子供は親不孝者として、賽の河原へ送られることになっていた。
 例え成人していても、その身を幼少の様に変化し、石を積み上げることを強いられる。
「乙子も親が閻魔庁へ来るまでは賽の河原に行かねばならぬ。不憫であるが、閻魔の役人は私利私欲を持ってはならない」
 小野篁は感情を圧し殺して、妹を裁いた。
 ところが、年も改まり間もなき頃のこと、逢魔ヶ刻になると小野篁の屋敷に客人が現われるようになった。賽の河原にいるはずの乙子である。
「冥府より勝手に戻ってはならぬ。すぐに還るがよい」
 小野篁は強く諭した。
 しかし、乙子は還ろうとしない。
「母が異なる兄さまを御慕いして、諦められませぬ」
 異母とは申せ、妹の求愛は、どんなに繕っても近親相姦である。珍しく狼狽えた小野篁は、一緒に閻魔庁へ行こうと諭した。現世には居場所がないのだと説得した。
 しかし女とは魔性である。
 処女であっても女の性には逆らえない。
 死人であっても業を貫こうとする。相手が兄であろうが誰であろうが、己のなかでは全く不問に伏してしまう。
「乙子、いい加減になさい!」
 小野篁は衣のなかに乙子の死霊を覆い包み、閻魔庁に赴くと
「浅ましき失態」
を閻魔大王に報告した。
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