閻魔の庁

夢酔藤山

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桓武帖

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               二


 今、桓武天皇の意識は無明の闇のなかにいる。
 その闇のなかに漂っていても、早良親王の気配や体臭は、その身の周りから離れようとはしない。足掻くことすら放棄していた。どうすれば赦されるものかと、ただただ開き直るしかなかった。
 と。
 闇が深くなった。
(早良が消えた?)
 ふと桓武天皇が思った、そのときである。
「山部……山部よ」
 知らぬ声が呼ぶ。
「そなたは罪を認めるのか?」
 少年の声が、桓武帝の昔の名で呼んだ。肉声ではない、声は、頭の中に飛び込むような感じだった。初めてではない。これまでも、この声は聞こえていた。その言葉は常に
「罪を覚えておるのか。認めているのか」
といった類のものばかりである。これまでに会ったことのない、少年の声。
 桓武天皇は深い闇のなかで、その少年が立ち睨む姿をはっきりと見た。
「童よ、そちは誰か」
 桓武天皇の問いに、少年はくっくっと含み笑いをし、みるみる間に六尺(約一八〇㎝)もの大男に変じた。桓武天皇は仰天し声を失った。
 桓武天皇の頭上から、童の変じた大男は
「罪を償い悔いるべし……もう、一〇年も以前から夢枕で勧告してきたぞ」
「……」
「そなたは償いの道を選ぶことなく業を引摺り、とうとう、ここまで来てしもうた。山部よ、そなたが冥府で行く先は御定まりということを強く心せよ」
 そうして、大男は再び少年の姿に戻った。
 おまえは誰かと問う声をすり抜けるように、少年は笑いながら、闇の彼方へと消え去っていった。
 意識を取り戻した桓武天皇は
「なんと奇妙な童なり」
と肉声を発した。
 しかしそれは、近侍へ向けたものなのか、早良親王の幻影に向けたものなのか……。とまれこの肉声が、この世に残した桓武天皇の最後の言葉となった。

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