小町のひとりごと

夏

……焦がれし日々（７）

　ひとつだけ解ったこと。
　宮様の御心に、わたしの姿は刻まれていないのです。そのことに気づき、人目を忍んで、ただただ泣き伏す限りでございました。
　葵の季節。小野郷水無瀬の御所が完成すると、宮様は出家の旅に御出になりました。二度と都へは足を踏み入れぬおつもりの下向です。
　このとき多くの者が宮様を慕って随行したということです。
「さあ、姉さまも」
　妹の無垢な誘いには、他意も悪意も優越感もありません。それなのに、嫉妬に呵むわたしは、この誘いに頷くことは出来ませんでした。
「わたしは都の華やかな賑わいが好きなの。あんな山深くところは、もううんざり。還りたいとも思わないわ」
　わたしの口から出た言葉は、わたし自身が驚かされる、なんとも底意地の悪いものでした。ちらと一瞥する宮様の流し目の、ああ、なんと哀れみに満ちたことか……。

　年が改まり貞観一四年（八七二）、宮様は小野郷への出家を俄に宣言なさいました。
　このことは多くの者が覚悟していたようですが、このときのわたしにとっては、突然の出来事だったのです。ましてや宮様の隣に、いつの間にやら八百が寄り添っていたのですから、二度の驚きです。
　この事態をわたしが理解出来るまで、かなりの時間が要しました。
　違う……違う。
　宮様、わたしは誰よりもあなたさまをお慕い申しております。あなたさまを乞い慕い、いつかはその臥所へ望まれることだけを夢見て、わたしは美貌を磨き歌に励んで参りました。あなたさまの胸に抱かれることだけを夢にまで思い、そのためだけに生きて参ったのに……。
　なぜ……なぜ。
　本当は口が裂けるほどに、血を吐くほどに、あなたさまへこう叫びたいのです。
「幾千の世も永劫までも、宮様だけを御慕い申します」
と。