小町のひとりごと

夏

……焦がれし日々（３）

　応天門炎上から五ヶ月余、突如密告者が現れました。
　名も正体も定かでないその密告者は、はっきりと断言したのです。
「伴大納言が息子の右衛門佐（うひょうえのすけ）卿に命じて放火したのです」
　密告者の言葉に伴善男殿が毅然と否定したのは、当然のことです。現職の大納言がそうしたところで、何の得があるというのでしょう。しかし良房の息が掛かる者たちが、次々と現れました。下手人という形で登場した彼らは、一様に同音同句を唱えます。
「伴大納言に命令された」
　どんなに憤慨しても、どんなに周囲が冤罪と知っていても、無罪の証が立てられなければ、伴善男さまの罪は免れるものではありません。
　かくして九月二二日、内裏はかくの如く沙汰を下しました。

　大納言伴善男、伊豆配流

　この有様は二四年前にあった橘逸勢さまの失脚騒動とよく似ておりました。このときも謀ったのは藤原良房です。今度のことも、同じ遣り口で政敵を葬り去ったのでしょう。
　もっとも本人は関わりない涼しい顔をしていますがね。
　なんとも口惜しい限りです。
　ちなみに二四年前の顛末は、意外な結末でした。冤罪で伊豆へ流された橘逸勢さまは、道中の途で急死あそばせたそうです。そして安嘉門（あんかもん）の額文字に取り憑いて、祟りを為したそうで。三年前に御霊会を催したのも、その事件がきっかけらしいのです。
　だから、このときわたしは思いました。
　伊豆へ逐われた伴善男さまも、怨霊となって、良房を祟り殺してしまえばいい、と。
　だって、今度のことで口惜しい想いをしたのは、伴一族だけではないのですよ。宮様の御母宮である、紀静子さまの御実家筋まで、その累が及んだのです。
　紀の家のことは、我が小野の一族も無視できません。
　だって、紀一族は遠縁ですから。