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第1話 近江の風
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第1話 近江の風①
近江国は、美濃と都をつなぐ橋のような国である。
新しい文化、芳しい雅。古今東西、京の都にはそれがある。そして、東国から流れ込む物流は美濃で集約されて、近江という橋をわたり都へ至る。
近江とはそういう役割の国なのだと、鶴千代丸はどこかで聞いたような気がしていた。
「ほれ、風邪ひく。家さ入れ」
祖父が促した。
ここ、近江日野は季節風に土が混じり、目に入ると痛い。しかし、人の往来は多く、活気に溢れていた。南の山脈を越えると伊勢湾、北には〈うみ〉と呼ぶ琵琶湖があり、その周囲の湿地帯は水郷として荷駄が行き交う。日野は商人にとっても居心地がいいのだろうか、長く逗留する者もいて、とても戦国の世にあるとは思えぬ穏やかさだった。
「じいじ」
「ん?」
「六角の殿様のおかげ、だよな」
「ああ、そうだ」
祖父・蒲生定秀は邪気のない笑みを浮かべた。
佐々木六角定頼に見出され重臣に引き上げられた定秀は、世の中の流れを大河のようだと呟いた。いまは戦国と、人はいう。流れが早くて、気を抜けばすぐに足をとられて逆転びとなる。そうならないための備えは、多くて困ることはない。
「鶴千代丸は、もっと学ぶがよいぞ」
「はい」
利発と評判の孫は、定秀の自慢だった。ゆたかな日野が栄えることこそ、定秀の望みであった。
麒麟児。
世が囃す鶴千代丸の称号である。麒麟児とは、才覚のある将来有望なる少年をいい、ひとくくりには〈神童〉ともいう。神童も長じて凡徒となることは多々あるが、人を見る目に長ける蒲生定秀には、愛孫にきらめく才気の片鱗が、神による一時的な気まぐれで与えられたものではないことを洞察していた。
なくてはならぬ人になれと、祖父の言葉は、少年の心に染みている。
近江国は、美濃と都をつなぐ橋のような国である。
新しい文化、芳しい雅。古今東西、京の都にはそれがある。そして、東国から流れ込む物流は美濃で集約されて、近江という橋をわたり都へ至る。
近江とはそういう役割の国なのだと、鶴千代丸はどこかで聞いたような気がしていた。
「ほれ、風邪ひく。家さ入れ」
祖父が促した。
ここ、近江日野は季節風に土が混じり、目に入ると痛い。しかし、人の往来は多く、活気に溢れていた。南の山脈を越えると伊勢湾、北には〈うみ〉と呼ぶ琵琶湖があり、その周囲の湿地帯は水郷として荷駄が行き交う。日野は商人にとっても居心地がいいのだろうか、長く逗留する者もいて、とても戦国の世にあるとは思えぬ穏やかさだった。
「じいじ」
「ん?」
「六角の殿様のおかげ、だよな」
「ああ、そうだ」
祖父・蒲生定秀は邪気のない笑みを浮かべた。
佐々木六角定頼に見出され重臣に引き上げられた定秀は、世の中の流れを大河のようだと呟いた。いまは戦国と、人はいう。流れが早くて、気を抜けばすぐに足をとられて逆転びとなる。そうならないための備えは、多くて困ることはない。
「鶴千代丸は、もっと学ぶがよいぞ」
「はい」
利発と評判の孫は、定秀の自慢だった。ゆたかな日野が栄えることこそ、定秀の望みであった。
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世が囃す鶴千代丸の称号である。麒麟児とは、才覚のある将来有望なる少年をいい、ひとくくりには〈神童〉ともいう。神童も長じて凡徒となることは多々あるが、人を見る目に長ける蒲生定秀には、愛孫にきらめく才気の片鱗が、神による一時的な気まぐれで与えられたものではないことを洞察していた。
なくてはならぬ人になれと、祖父の言葉は、少年の心に染みている。
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