魔斬

夢酔藤山

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人形奇譚

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               十三




 闇に慣れてくると仄かにそれらの識別が出来るようになった。三人はゆっくりと歩き始めた。土葬の末だから、うっかりすると踏み抜く恐れがある。慎重に足を運ばねばならない。
「妖気も感じられない。もう、ここの仏たちは成仏したのだな」
 浅右衛門はぽつりと呟いた。
 所詮、墓などは肉体を土へ還すための通過儀式の仮家みたいなものだ。彼岸へ渡った御魂が新たな生を頂けば、自ずと消えてなくなる存在である。それは喜ばしいことだった。むしろ永遠に縛り付けられる事こそ不幸である。
 しかし、時々弱々しく妖気を感じる。
 魔斬りの途中で寄り道する余裕もないから、宰相は何事か念仏を唱えて、彼ら無縁仏が浄化されるよう祈るのである。
「お頭」
「うむ」
 ただひとりの墓石だけが、蒼白い鬼火に包まれていた。
「あれだね?」
 山田浅右衛門は念を押した。浅草小太郎は闇に耳を傾けてのち
「そうだ、あれだよ」
と答えた。
 右手で村正を抜き、山田浅右衛門はその墓石に近付いた。
 鬼火はただ揺らめくばかりで殊更威嚇も戦意もみせない。村正を翳してみても、激しく輝きを放とうとはしなかった。どうやら村正は斬るべき敵意を鬼火に向けていない様子である。
 注意深く墓石をみた。
「お頭、宰相。これを」
 ふたりはしゃがむように、苔生した墓石をみた。沢庵石のような丸い墓石と、竹で作られし献花筒がある。その面前に視点を動かして、ふたりはあっと声を上げた。
「人形が……」
 そう、半身を引摺り込まれたような状態で、右手のない日本人形が佇んでいたのである。その瞳にはもはや生気のような輝きはない。どこから見ても
「ただの」
人形である。悪意も、憎悪も、それら背筋を凍らせるすべての気配は消え失せていた。じっとそれを見ていた山田浅右衛門は、やがて大きく村正を頭上に掲げた。
 途端、村正が輝きを放った。
 墓石が静かに鳴動した。この墓石は子供のものではなく、狂い死にした母親のものだ。それを見抜いた浅右衛門は
「斬!」
 振り下ろされた村正は、真っ二つに墓石を斬った。
 すると地の底から頭を押さえながら、女の怨霊が飛び出してきた。
「あんた、二〇年も罪を重ねた報いを涅槃で償え」
 山田浅右衛門は村正を真っ直ぐに突き立てた。その刃が鋭く怨霊の眉間を貫いた。押さえる手を離し、怨霊は限りなく恨めしい眼光を湛えて浅右衛門を睨んだ。山田浅右衛門はそれを逸らすことなく睨み返し
「娘はとっくに成仏か転生してるのではないかい?もし出来ないなら、それは母親の凶行を嘆いて旅立てないのだよ。再び生まれて、今度こそ仲良き母子であるがいい」
 その言葉は怨霊の心を抉った。
 そうである筈だ。
 直後、怨霊の憎悪が消えた。その瞬間、浅右衛門は右手に力を込めた。眉間を貫いた村正は、ゆっくりと下へと滑り落ちた。そして怨霊を唐竹の如く縦に割り裂いたのである。そして太刀割られた怨霊は、轟音とともに四散して砕けた。
 辺りに静寂が戻った頃、足元を見ると、そこにある人形は無惨に朽ちた姿を三人に曝していた。それはまさに二〇年もの歳月、風雨に曝されたと思われる哀れなる様。面相の顔料は落ち、縫い取りの頑丈さだけでその原型を留め、その長き刻を感じさせるなか、右手の切り口だけが生々しく新しい。
「あまりにも呆気なく、突然に娘を亡くすと、母親ってのはああも狂っちまうのだな。オレは男だから、判らねえや」
「旦那は切ない稼業のなかにいるから、判らないくらいで丁度いいのですよ」
 そう呟きながら、宰相は朽ちた人形にそっと合掌するのであった。
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