魔斬

夢酔藤山

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人形奇譚

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               十二




 浅草小太郎は崩れ落ちた本堂から離れて難を逃れたが
(旦那や宰相は……一体)
 白川公徳も轟音に目を醒ました。
「これは」
 余りの出来事に愕然となった。そして山田浅右衛門たちがまだ中にいることに驚愕した。
 小太郎の耳に闇の護衛者の声が響いた。
〈大丈夫、床下に逃れました〉
 やがて崩落が治まり、騒ぎを聞きつけた近くの詰番役人たちが駆けつけてきた。騒ぎになると厄介だと、事前に縄を解いておいたから
「白川さま、これは何事」
と詰番役人たちも不信感を見せなかった。むしろ慌てていたのは白川公徳だろう。この事故というか、災害というか、とにかくこれはある意味でいうなれば彼の領域なのだ。
「人が埋まっている。急いで掘り出せ」
 白川公徳は矢継早に指示を出した。中にいる者が
「とても」
生きているとは思えない崩落である。浅草小太郎は生存を知っているが、白川公徳はそれを知らない。
 だから、必死だった。
 しかし崩落の隅から、無傷の体で山田浅右衛門と宰相が這い出てきたのだ。
「山田殿……ご無事か」
 白川公徳は驚きで目を丸くした。
「存外ボロでも床下は頑丈だぜ。宰相のおかげで死なずに済んだよ」
「……よかった……よかった」
 白川公徳はへたり込んで力なく笑った。
「そうそう喜んでもいられないよ。オレの仕事はまだ済んでいないのでな」
 宰相を引っ張り上げながら、山田浅右衛門はちらと浅草小太郎をみた。
「ああ、行先は調べさせたよ。奴はこの境内から逃げられない」
 浅草小太郎が歩き出すと、二人はそれに続いた。白川公徳はこれほどの大事が起きた以上、ここを離れるわけにはいかなかった。歯噛みしながらそれを見送るしかない。
 結局、下引きのバラバラ死体は、この撤去作業により発見されるのである。
「こっちだよ」
 そう云いながら振り返った浅草小太郎は
「旦那、ちょっと」
「ん」
「手が折れてないかい?」
 山田浅右衛門は立ち止まった。確かに左手が少し曲がっている。痛みを堪えているのか、顔色も蒼い。しかし殊更これを気にする風も見せずに
「右手がありゃ、表も裏も仕事が出来るよ。大丈夫さ」
「待っとくれ」
 宰相はそこいらに転がる廃寺の木っ端を拾うと、持っている手拭いを切り裂いて紐状にし、左手に添木をした。
「痛ててて、手荒だなぁ」
「こういう風にしときゃ、腕はぶらぶらしない。あとでいい医者紹介してやるから」
「医者にいいも悪いもあるのかい?」
「あるともさ。あとで驚くんじゃないよ」
「ててて……それじゃ、楽しみに……しとくか」
 添木をして腕を首から吊るような格好にすると、宰相は浅右衛門から離れた。
 再び彼らは歩き出した。崩落した本堂の裏手には、もう檀家も絶えたであろう古い墓石が並んでいる。いや、この闇の中である、よく見なければ墓石とも判別のつかない石ころたち。それでも石のある墓はいい。卒塔婆の朽ちた土まんじゅうも点在している。
「ここが、あの人形の持ち主が眠る処だよ」
 浅草小太郎が呟いた。
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