魔斬

夢酔藤山

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人形奇譚

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               十一



 山田浅右衛門は提灯の仄かな灯りのなかで、四方から襲い掛かる怨霊の気から逃れながら
(反撃の機会)
を伺っていた。宰相が怨霊の気の流れを読み、指示してくれるおかげで、なんとか逃げることは出来た。しかしいつまでも続けている訳にはいかない。
 人形は高笑いと共に闇の中を走り回り、時折バラバラにされた下引きたちの死体を投げつけてくる。その戯れにも似た様は、まるで子供のようである。
(ふざけやがって)
 村正を抜刀した。
 蒼白い光が本堂のなかを照らした。怨霊の気も、人形も、怯んだように止まった。その一瞬を突いて、山田浅右衛門は人形に斬りつけた。人形は瞬時に身を捩ったが、右手を切り落とされた。
〈ギャッ!〉
 悲鳴を上げて人形は泣き叫び出した。
〈娘……わたしの娘に……何をする!〉
 女の怨霊は凄まじい形相で浅右衛門に襲い掛かった。巨大化したその妖気に、浅右衛門は吹き飛ばされそうになった。それを振り払うように、村正を立てて風除けのようにした。迫る妖気に向かって、強く踏み込んだ。
「斬!」
 切っ先は空を斬った。確かに怨霊は斬られた。その筈なのに、村正の刃を擦り抜けたのだ。その巨大に膨れ上がった妖気が、具体化し、山田浅右衛門の首を握り締めた。へし折られそうなその力に、一瞬、浅右衛門は気を失った。すぐに覚醒したのは、宰相が背後から針を刺して知覚を呼び覚ましたからである。
「く……」
 しかし息も出来ない浅右衛門は、藻掻き苦しむしかなかった。
 怨霊はいよいよ実体化しながら
〈死ね……死ね……!〉
と高笑いした。
「旦那!」
 悲鳴にも似た宰相の言葉も、山田浅右衛門の耳に遠い。
 そのとき、四方の闇のから護符が飛んできた。その護符が実体化した怨霊の腕に巻き付いた。その護符は一気に燃え上がり、実体化された怨霊の腕を焼き砕いた。
〈ギャアアア〉
 吊り上げられた格好の山田浅右衛門は尻餅突くように落ちた。意識が混濁するなか、右手に握る村正に力を込めた。まさに本能である。本能のままにその右手を横に薙ぎ払った。
 その切っ先が実体化した怨霊の胴を斬った。
 怨霊は悲鳴を上げながら、右手を失い泣き叫ぶ人形のもとへ飛び、そのまま天井を破って天へと飛んだ。
 凄まじい轟音とともに、屋根が崩れ落ちた。
「危ない、旦那」
 宰相は床の抜けた穴へと浅右衛門を引摺り落とした。その頭上に屋根が崩れ落ちてきた。
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