魔斬

夢酔藤山

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人形奇譚

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               十



 薄灯りに彩られし闇に目を凝らすと……人形が立っていた。
 その足下には八つ裂きにされた下引きたちの骸が散らばっていた。その血の海のなかで、確かに人形は笑っていた。
 本堂の奥が一瞬騒めいた。それもすぐに静かになり、白川公徳は
「どうしたのだろう」
と近付こうとした。
「待ちなさい」
 浅草小太郎が制した。
 白川公徳は戸惑った。そしてすぐに、血の臭いに気が付いた。
 事件だと思った白川公徳は、浅草小太郎の制止を振り切り、十手を握り走り出した。浅草小太郎は慌てて指笛を鳴らした。すると闇の中から異形の者たちが現れた。
「あの役人を止めろ。急げ」
 浅草小太郎の命令に彼らは即応した。本堂へ踏み込む寸前、白川公徳は何かに足を取られて転倒し、あっという間に縛り上げられていた。いつの間に捕縛されたのか、本人には自覚もない。
「白川さんとか云ったね。この世界にはそれなりの領域があるのだよ。ここはあんたの領分ではない。だから黙って見てるんだ。いいね」
「しかし……人殺しは」
「そうでないと今度はあんたの首を縛らなきゃならねえ。厭だろう?」
 浅草小太郎の凄味に白川公徳は絶句した。引き下がるしかない。本能的な恐怖が、白川公徳をそうさせた。
 異形の者たちは既に闇の中へ消えている。彼らこそ付かず離れず闇公方たる浅草弾左衛門を守護仕る精鋭たちである。その顔も名も人数さえ、当の小太郎は知らない。ただ先代隠居により闇の領域を相続したときから、小太郎の身辺には常に彼らがいる。
 その闇の護衛者たちへ、浅草小太郎は問い掛けた。
「妖気が満ちている気がする。どうか?」
 それに答える声は、小太郎にしか聞こえない囁きであった。
〈人形の宿りし怨霊、それが妖気を脹らませているのです〉
 山田浅右衛門のことだ。特に心配する必要はないだろう。それに宰相も付いている。
(問題はない……ないだろう)
 しかし、未だかつて体験したことのない執拗な怨霊。これほどまでに執念強い怨霊はない。
 それだけが小太郎の懸念だった。
 と、そのときだ。
〈お頭、伏せて〉
 その声に浅草小太郎は咄嗟に身を屈めた。そして縛られている白川公徳に飛びつき転がった。その頭上を、矢のような気が飛んでいった。
 はっと見上げると、転がり燃える提灯の照る炎の中に、恨めしそうな女の顔が浮かんだ。再び襲い掛かろうとする女に、四方の闇から護符が放たれた。それが触れた途端、女は悲鳴を上げて本堂へと逃げ帰っていった。
「ば……化け物」
 白川公徳は気絶した。
 浅草小太郎は女が消えていった本堂の闇の奥を凝視しながら、山田浅右衛門の苦戦を想像していた。
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