魔斬

夢酔藤山

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人形奇譚

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               四



 語り終えた質屋の顔面は蒼白だ。
 山田浅右衛門は舌打ちした。麹町の誰が人形を買ったのだ。
「お前ぇの流した質屋は何処だ」
「え」
「誰に流した。そいつから手繰れば、人形に行当る」
「ダメだ」
「べらんめえ、人の命が掛かっているんだ。さっさと吐きやがれ」
「云えば殺される。口止めされてんだよ」
 質屋は半狂乱になって抗った。
 その騒動に何事かと、ひとりの同心が店内に入ってきた。
「おい、ここで何をしている?」
 同心は十手をちらつかせて、山田浅右衛門を睨んだ。
 北町奉行所の管轄にはいくつもの詰め番所がある。そこには夫婦者の番役がいて、市中見廻りの同心与力が腰を下ろしたり、時には掏摸や置引きといった小悪党をしょっ引いたときの留め処として用いる。だから簡単な取り調べの土間もあったし牢屋もある。
 その牢屋に、窮屈そうに身を屈めるのは、山田浅右衛門である。
「怪しい奴」
と決めつけられて、有無も云わさず押込められたのだ。
「おい、どういうつもりだ」
 悪態つく浅右衛門に、同心は知らぬ顔で茶を啜っている。没収した太刀を弄りながら、やがて同心は顔色を変えた。
「お前、御禁制の村正を所持帯刀とは、けしからん奴だ」
「オレは特別なんだよ」
「何が特別だ。さては貴様、徳川の御家に弓引く輩であるな。そうだろう。なっなっなっ」
「何がなっなっだ。オレの名は山田浅右衛門。いい加減にここから出しやがれ」
「まだだ。お前の身元を確認するまでは、出せぬ」
 くそったれと、浅右衛門は吐き捨てた。
 今どきこんなクソ堅っ苦しい役人がいるとは信じられなかった。融通もなく四角四面のガッチガチ、溜ったものではないと、ただただ呆れるのであった。
 程なく報せを受けて千葉佐那が駆けつけた。
「山田殿、何をしたのです?」
と、ただただ目を丸くする佐那に
「なんだ貴様。女風情が武芸者形をしおって」
と、同心が凄んだ。そこへ千葉重太郎も駆けつけて
「よう」
と気の抜けた声を掛けてきた。
「その方等は?」
「わたしは北辰一刀流師範定吉の長女・佐那、こちらは兄で師範代の重太郎。山田浅右衛門殿とは知己の縁ゆえ引き取りに伺いました」
「これは失礼仕った!拙者は……」
「名など結構。知りたくもありません。さっさと山田殿を牢から出しなさい」
 そそくさと同心は鍵を開け、山田浅右衛門を睨みながら
「千葉道場の顔を立てるだけだ。拙者はそちを疑っておる。質屋で何をしていたか、必ず聞き出してやる」
と吐き捨てた。
「べらんめえ」
 山田浅右衛門も捨て台詞を残して、牢を出た。
 苦々しく背中に刺さる視線を受け流すように、壁に立てかけられている村正を落差しにぶち込み、山田浅右衛門は大きく身を捩りながら詰め番所を出て行った。
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