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人形奇譚 第二期セレクト
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序
その日本人形は、とりたてて見映えの変わった点もない、どの童女にも可愛がられる容姿を留めた、実にありふれたものだった。白い小面、艶やかな黒髪、両の手で包み込むように抱ける大きさは、年頃の娘にも愛玩として喜ばれるべきものであった。
その、曰くさえなければ……。
最初は、富沢町の呉服問屋・生駒屋籐兵衛のひとり娘・おみよであった。質屋の店先に陳列されたその人形に魅せられて購入、三日後に原因不明の高熱を発し
「母さま……母さま」
と譫言を繰り返しながら、七日目に死んだ。享年十四歳。
二度目は、駿河台の旗本・神保伊織の三女・竹子。同じく質屋で人形を求め、三日後に熱に冒され七日目に死亡。享年八歳。
と、かれこれこのような繰り返しを、もう二十年も続けている。
なぜ、このようなことが起こるのか。
ひとつは寺の住職があまりにも悪徳に過ぎたのが理由である。奇遇なことにこの被害宅はすべて
「その寺の檀家」
であった。供養のために収められたその人形を、住職は、秘かに質屋へと売っていたのである。もともとこの住職は、仏の遺品を売りさばいて、私欲を満たしていたのである。そんなことを、もう二十年も続けていた。
そんな強欲住職が原因不明の病でこの世を去ると、次の住職は人形の逸話を寺小僧から聞き、恐ろしく思った。案の定、新しい童女の骸とともに、件の人形が寺へと還ってきた。
「忌まわしき禍根は断つべし」
寺を挙げて人形供養をすべしと、住職は唱えた。人並みの読経で引導を渡し、最後は焼いて、その灰を回向した。間違いなく、焼いて供養したのだ。
が。
程なくして、娘を亡くした商家から
「娘の愛用していたもの」
として人形を差し出され戦慄した。それは、確かに焼いた筈の人形だ。白い小面、艶やかな黒髪が、そこで薄笑いを浮かべていた。
住職は怖くなり、その寺を逃げ出し、行方不明となった。
とまれその日本人形は、いまも江戸の何処かにあって、罪なき少女を死へと誘っているのであった。
その日本人形は、とりたてて見映えの変わった点もない、どの童女にも可愛がられる容姿を留めた、実にありふれたものだった。白い小面、艶やかな黒髪、両の手で包み込むように抱ける大きさは、年頃の娘にも愛玩として喜ばれるべきものであった。
その、曰くさえなければ……。
最初は、富沢町の呉服問屋・生駒屋籐兵衛のひとり娘・おみよであった。質屋の店先に陳列されたその人形に魅せられて購入、三日後に原因不明の高熱を発し
「母さま……母さま」
と譫言を繰り返しながら、七日目に死んだ。享年十四歳。
二度目は、駿河台の旗本・神保伊織の三女・竹子。同じく質屋で人形を求め、三日後に熱に冒され七日目に死亡。享年八歳。
と、かれこれこのような繰り返しを、もう二十年も続けている。
なぜ、このようなことが起こるのか。
ひとつは寺の住職があまりにも悪徳に過ぎたのが理由である。奇遇なことにこの被害宅はすべて
「その寺の檀家」
であった。供養のために収められたその人形を、住職は、秘かに質屋へと売っていたのである。もともとこの住職は、仏の遺品を売りさばいて、私欲を満たしていたのである。そんなことを、もう二十年も続けていた。
そんな強欲住職が原因不明の病でこの世を去ると、次の住職は人形の逸話を寺小僧から聞き、恐ろしく思った。案の定、新しい童女の骸とともに、件の人形が寺へと還ってきた。
「忌まわしき禍根は断つべし」
寺を挙げて人形供養をすべしと、住職は唱えた。人並みの読経で引導を渡し、最後は焼いて、その灰を回向した。間違いなく、焼いて供養したのだ。
が。
程なくして、娘を亡くした商家から
「娘の愛用していたもの」
として人形を差し出され戦慄した。それは、確かに焼いた筈の人形だ。白い小面、艶やかな黒髪が、そこで薄笑いを浮かべていた。
住職は怖くなり、その寺を逃げ出し、行方不明となった。
とまれその日本人形は、いまも江戸の何処かにあって、罪なき少女を死へと誘っているのであった。
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