魔斬

夢酔藤山

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死神奇譚

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               二十四


 次の瞬間、目にも留まらぬ早さで、[死神]は山田浅右衛門に向けて跳躍するように斬り込んできた。清河八郎も佐々木只三郎も、山田浅右衛門が斬られると確信した。
 が。
「斬……!」
 山田浅右衛門は、村正を一閃した。
 その光跡が、流星のように宙を切り裂き、[死神]の手にする刀の先端を粉砕した。その切っ先は、真直ぐの突きとなって、[死神]を押し出した。
 三歩うしろへ飛び退いた[死神]の動きが、一瞬止まった。
 浅右衛門が前へ踏み出した。
 立ち止まった[死神]に、村正は弧を描くような軌跡で、左から、袈裟掛けに振り降ろされた。振り抜いた切っ先には、手応えがあった。
 刃先をくるりと返し、即座に村正を振り上げた。
 手応えは、たしかにあった。辺りに断末魔の悲鳴が轟いた。地鳴りのような轟音と、震動、積もった雪がドサリと落ち、粉雪を舞い上がらせた。振動は、長く大地を揺さ振った。
「あああああああああああ」
 頭を抱えて、佐々木只三郎が蹲った。果てしない振動と鳴動は、剣客の肝を凍らせた。清河八郎とて、この一瞬をどこまで覚えていたものか。

 やがて。

 静寂が、戻った。
 山田浅右衛門は静かに佇んでいた。そして、じっと、右手に握る村正の刀身をみた。青白い輝きはすでになく、そこには何の変哲もない抜身があった。
(俺は……[死神]に勝てたのか……)
 周囲を伺うと、錆びて朽ちた太刀が落ちていた。その先端は、砕けたばかりの跡があり、真ん中は、ボッキリと断ち割られていた。
(たしか[死神]は附喪神……ならば、これは……!)
 古い朽ちた太刀の柄には、うっすらと
「千子村正」
と刻まれた文字が伺えた。
(助六の仇は討てた……そういうことだ)
 ようやく肩で大きく息を吐くと、山田浅右衛門は村正を鞘に納めて、そのまま、どっかと座り込んだ。
 何度も、何度も、深く息を吸っては吐いて、落ち着いた頃合に懐紙を取り出して[死神]の骸を拾い包んだ。
(無縁の哀れかな。せめて供養を致さん)
 この朽ちた太刀は、何処ぞの寺で永代供養をしてやろう。山田浅右衛門はそう思った。そうすることが助六への供養にもなるのだと、強く信じ込もうとしていた。
 やがて、重々しく立ち上がり、山田浅右衛門は天を仰いだ。そして、思附かぬ足取りで、風花の舞うなかを去っていった。
 清河八郎も佐々木只三郎も声がなく、その場に立ち竦んでいた。

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