魔斬

夢酔藤山

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死神奇譚

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               二十三




 と。
 凄まじい殺気が周囲に満ちた。
 この殺気の主に、山田浅右衛門は覚えがあった。
 清河八郎は凍り付くような激しい殺気に戸惑い、思わず太刀を握り締めて、身構えながら周囲を伺った。佐々木只三郎などは怯えたように棒立ちになっていた。
(来やがったな……!)
 山田浅右衛門は落とし差しにしていた村正の鍔に一指し指を添えて、いつでも抜刀できるよう身構えた。
 途端、腰に差す村正が、ズシリと重くなった。たぶん村正は、何十年ぶりに身を抜くこの男が、持ち主に相応しいものか、意思を以て探っているのだろう。もしも村正が山田浅右衛門を認めなかったら、たちまちこの場で祟られる。
 しかし、土壇場にあって、山田浅右衛門の躊躇いは消え失せていた。
 二度の遺恨を晴らすか、三度目に果てるか、それだけ切望した[死神]の襲来に、心は何故か湧き立っていた。
 ふと、風花が背の方より舞ってきた。
 しかし伴う冷気は尋常なものではない。頬を撫ぜる風は、まるで筋のように細く、凍り付くような気が混じっていた。
「[死神]だな!」
 山田浅右衛門は振返った。
 左の親指を、くんと立て、鯉口を切った。
 乾いた音が響く。
 そして、右手の人差し指を鍔に当てながら、遂に、村正を抜刀した。
 刀身からは青白い輝きが放たれ、湯気のように揺らめいている。その輝きに照らされたのは、黒衣の浪人の笑みだった。
 清河八郎の表情は険が張り詰めたように、眉間に青筋立てている。
 これがこの男の本性である。気安い装いの裏には、このような顔が隠されていた。しかし、凍り付くような剣気と妖気に、それ以上のことは出来ず、小刻みに震えるのであった。
 ただひとり、山田浅右衛門だけは、青白い輝きを放つ村正の切っ先を、ゆっくりとした足取りで黒衣の浪人へ向けた。
 切っ先は、相手の左目。
 村正からゆらめく輝きは、まるで湯気のようにも映る。
 途端、[死神]の表情から笑みが消えた。
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