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死神奇譚
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十八
待乳山は山谷堀を挟んで浅草新町に対峙する、小高い丘のような小山である。聖天社が建立され、江戸の下町庶民には浅草寺子院として信仰を寄せられていた。その縁起によれば、推古朝の頃に突如隆起し、金龍が下りて宿ったとされる。中世の頃には武蔵千葉氏が石浜城という縄張りを築いていたともいう。だから、今でこそただの社山でしかないが、よくよく見れば、堅固な要塞の痕跡が残されていた。
浅草弾左衛門周司は待乳山聖天社境内で日夜篝火を灯しながら、山谷堀向うの新町を見下ろしていた。
伴う穢多の若者たちは、江戸市中を賑わす新徴浪士隊の噂に嬉々となり
「我らも早く上洛し、士族となって、お頭を見限った奴らを見返してやりてえ」
と日々語り合っていた。
聖天山には三日と空けずに、清河八郎から酒や食物や薪が届けられ、彼らは一応に何不自由ない状態を保っていた。ここで威勢よく振舞えば、新町に対しての無言の抵抗となるし、我の弱い若者たちへは丁の好い勧誘にも繋がる。事実、転んでくる若者も多い。
「ほうか、小太郎よりも、儂がいいか」
すっかり頬を緩めて、浅草弾左衛門は彼らを迎え入れた。大盤振舞いに酒糧を宛行えば若者らもすっかり気をよくし
「お頭はただひとり。ふたりも弾左衛門は要り申さず。本家は待乳にあり」
などと囃子立て、そんなこんなで彼らは竜宮城に集うが如く我を忘れて戯れた。
このような様は外聞も悪い。
ただでさえ
(忌み嫌われる埒外の存在)
である己れを忘れるとは
(なんとも不様ではないか)
と、浅草小太郎は幾度となく使者を遣わしては
「馬鹿騒ぎを謹むべし」
と訓告し続けた。
しかし、浅草弾左衛門はこれを黙殺した。
年越しの支度を求める庶民の
「社よりの退去申入れ」
さえも退ける浅草弾左衛門である。小太郎からの言を聞き入れよう筈などなかった。浅草寺がこれに乗り出してきても、浅草弾左衛門は何処吹く風である。それはまさに
「お上の御意向」
を嵩にした、傲慢不遜な振舞いであった。
さすがにこれは宜しくないと、穢多の取込みに余り好意的でない松平上総介は
「なんとかせい」
と、清河八郎に調停を進言した。
しかし、清河八郎は
「庶民に突き上げられるような柔な幕府ではありますまい。ぐだぐだ云ってる野郎は、しょっ引くに限る!」
と嘲笑混じりに強行論をぶち上げる始末。結局は山岡鉄太郎の屋敷内の一郭に留場を設けて、なんとか事を穏便に済ましたものの
「このような役目は、武士のすることに非ずんや」
さすがの松平上総介も匙を投げ、新徴浪士隊から手を引いてしまった。こうなると、いよいよ清河八郎の天下である。物事を好きなように段取り、万事抜かりなく
「あとは、上洛あるのみ」
と、参画者たちに大風呂敷を広げて、叱咤激励するのであった。
師走二十七日。
浅草弾左衛門は突如清河八郎の訪問を受けた。
「年明け早々に、第一陣として発って貰いたい。中仙道の道々にある穢多村に誘い、人数を増やして欲しいのだ。上洛したら三条河原の乞食共も戦力に組み込んで、京の根底を揺すってやろう」
その言葉に大きく頷き、浅草弾左衛門は従う者どもと酔い痴れるのであった。
待乳山は山谷堀を挟んで浅草新町に対峙する、小高い丘のような小山である。聖天社が建立され、江戸の下町庶民には浅草寺子院として信仰を寄せられていた。その縁起によれば、推古朝の頃に突如隆起し、金龍が下りて宿ったとされる。中世の頃には武蔵千葉氏が石浜城という縄張りを築いていたともいう。だから、今でこそただの社山でしかないが、よくよく見れば、堅固な要塞の痕跡が残されていた。
浅草弾左衛門周司は待乳山聖天社境内で日夜篝火を灯しながら、山谷堀向うの新町を見下ろしていた。
伴う穢多の若者たちは、江戸市中を賑わす新徴浪士隊の噂に嬉々となり
「我らも早く上洛し、士族となって、お頭を見限った奴らを見返してやりてえ」
と日々語り合っていた。
聖天山には三日と空けずに、清河八郎から酒や食物や薪が届けられ、彼らは一応に何不自由ない状態を保っていた。ここで威勢よく振舞えば、新町に対しての無言の抵抗となるし、我の弱い若者たちへは丁の好い勧誘にも繋がる。事実、転んでくる若者も多い。
「ほうか、小太郎よりも、儂がいいか」
すっかり頬を緩めて、浅草弾左衛門は彼らを迎え入れた。大盤振舞いに酒糧を宛行えば若者らもすっかり気をよくし
「お頭はただひとり。ふたりも弾左衛門は要り申さず。本家は待乳にあり」
などと囃子立て、そんなこんなで彼らは竜宮城に集うが如く我を忘れて戯れた。
このような様は外聞も悪い。
ただでさえ
(忌み嫌われる埒外の存在)
である己れを忘れるとは
(なんとも不様ではないか)
と、浅草小太郎は幾度となく使者を遣わしては
「馬鹿騒ぎを謹むべし」
と訓告し続けた。
しかし、浅草弾左衛門はこれを黙殺した。
年越しの支度を求める庶民の
「社よりの退去申入れ」
さえも退ける浅草弾左衛門である。小太郎からの言を聞き入れよう筈などなかった。浅草寺がこれに乗り出してきても、浅草弾左衛門は何処吹く風である。それはまさに
「お上の御意向」
を嵩にした、傲慢不遜な振舞いであった。
さすがにこれは宜しくないと、穢多の取込みに余り好意的でない松平上総介は
「なんとかせい」
と、清河八郎に調停を進言した。
しかし、清河八郎は
「庶民に突き上げられるような柔な幕府ではありますまい。ぐだぐだ云ってる野郎は、しょっ引くに限る!」
と嘲笑混じりに強行論をぶち上げる始末。結局は山岡鉄太郎の屋敷内の一郭に留場を設けて、なんとか事を穏便に済ましたものの
「このような役目は、武士のすることに非ずんや」
さすがの松平上総介も匙を投げ、新徴浪士隊から手を引いてしまった。こうなると、いよいよ清河八郎の天下である。物事を好きなように段取り、万事抜かりなく
「あとは、上洛あるのみ」
と、参画者たちに大風呂敷を広げて、叱咤激励するのであった。
師走二十七日。
浅草弾左衛門は突如清河八郎の訪問を受けた。
「年明け早々に、第一陣として発って貰いたい。中仙道の道々にある穢多村に誘い、人数を増やして欲しいのだ。上洛したら三条河原の乞食共も戦力に組み込んで、京の根底を揺すってやろう」
その言葉に大きく頷き、浅草弾左衛門は従う者どもと酔い痴れるのであった。
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