魔斬

夢酔藤山

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死神奇譚

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               十



 師走になり、江戸の巷も忙しなく、何やら活気めいたものが漂い始めた。
 桑名屋に浅草小太郎を呼び出した山田浅右衛門は、仲裁に失敗した旨を深く詫びた。
「もういいのです。穢多の大半は、養父を見限っております。これからはこの小太郎が、魔斬りも仕切ることにします」
「すると?」
「山田殿にはこれからも、小太郎のよき相談相手でいて欲しい。養父のことは、もう、捨て置いてくだされ」
「……」
 徳兵衛が、大根と剥き身を煮染めたものを丼飯に盛った一品を運んできた。
「へえ……これが深川飯ですね。話には聞いていたが、成程、こいつぁ旨そうだ」
「浅草のお頭はこいつが好きだった。この桑名屋が廻船問屋をしていた頃から、折あるごとに贔屓にしてきた味だよ」
「……こいつの味も忘れちまうなんて」
 気の毒なお人だなと、浅草小太郎は低く呟いた。この人の善さそうな
「表穢多社会の弾左衛門」
を、これから支えてやろうと、山田浅右衛門は本気で考えるのであった。
 二人が桑名屋を出ると、表は夕刻少し前で、往来は忙しない。
「小太郎殿は大事な御人だよ。くれぐれも[死神]に気をつけて、お帰りくだされや」
「山田殿こそ。太刀ひとつで命拾いしたと割り切ってくだされよ」
 浅草小太郎は駕篭に乗って山谷堀へ帰っていった。
 山田浅右衛門は駕篭を断り、自らの足で深川を後にした。
 あの夜以後、浅右衛門は大太刀を傍らに帯びている。元来、大太刀は先祖代々斬首に用いた厚拵えの大振りな業物である。長年罪人の血を吸い続けた大太刀は、それ自体が妖刀と化し、先代浅右衛門吉昌のときに魔斬り刀に用いられるようになった。以来、魔斬り稼業に身を置く山田浅右衛門にとっては、重要な相伝品となったのである。
 夜はまだしも、白昼も堂々とそれを帯びているのだから、否が応でも人目につく。
 往来を行く人々は、ただでさえ大柄で目立つ山田浅右衛門を
「首斬り浅が、首斬り包丁を持ち歩いていやがる」
などと畏れ侮蔑した。
 それにしても、備前長光を失ったことは、山田浅右衛門にとっては痛恨事であった。刀剣の目利きに長けた山田浅右衛門ではあったが、大太刀以外に小回りの利く
「魔斬り刀」
は、備前長光をおいて他にはなかった。
 恐らく[死神]は依然として江戸の闇を徘徊し、今後もあちらこちらで辻斬りを繰り返すのだろう。
(次に逢ったら、生き延びることが出来るものか……)
 いずれにせよ、人にも魔にも対処し得る獲物は、この大太刀しか残されていなかった。
(いや、まだ一振りあったな……)
 故あって封印している魔剣。
 山田浅右衛門には〈それ〉を使いこなす自信がなかった。出来るものなら、使いたくはない。寒風は山田浅右衛門の憂欝を一層掻き乱すが如く、大路に路地に吹き荒れて駆け抜けていった。
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