魔斬

夢酔藤山

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死神奇譚

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               七


 十一月暮れ、山田浅右衛門は深川の桑名屋に腰を据えていた。同席しているのは千葉重太郎・佐那兄妹である。
 千葉重太郎は妹と山田浅右衛門の懇意が
「門弟・高槻金太郎」
の一件からと知っている。それゆえ時折は、山田浅右衛門と盃を傾ける
「酒友達」
になっていた。
 この日は、江戸市中を騒がす[死神]を警戒して、妹の護衛に同席した。
 それにしても、この千葉重太郎という男、名門千葉道場師範という肩書きからは想像もつかない、いわゆる人の好い男であった。酒が入るとすっかりそれが表に出て、たちまち山田浅右衛門と意気投合してしまう。
「兄上がそこまで人に傾倒するのは、坂本殿以来じゃありませぬか?」
 千葉佐那の言葉に、ああそうかと、千葉重太郎は頷きながら
「何をいうか。龍さんは、儂の上行く遊び人だったぜ」
と含み笑いを溢した。
 丁度そこへ、店主の徳兵衛が
「沙魚の唐揚げ」
を運んできた。
「相変わらず旨そうな匂いだ」
 ぴちゃりと、山田浅右衛門は舌舐めずりした。膳は四つ並んだ。
「おや、一人多いが?」
 怪訝そうな千葉重太郎に
「今日の本題は、喧嘩の仲裁なのですよ。山田殿は気乗りしないので、数を頼んでなんとか収めようと、私を呼んだのです。これから来る御仁とは私も顔見知りですから、兄上はくれぐれも横槍を入れないでください」
 千葉佐那は釘を刺した。
「仲裁とは大変だ。何処の喧嘩だい」
「なあに、よくある親子喧嘩さ」
 そうかいと、千葉重太郎は手酌で、するすると飲み干していった。人の喧嘩に関わると
(ろくな事がねえ)
 千葉重太郎は待人が来るまではと、存分に呑み食らうた。
「私の護衛とはよくも云えたものだねえ」
 千葉佐那はすっかり呆れた。
「仕方ねえよ、この店は廻船問屋をしていた頃から、やたらと旨いモンばかり食わせてくれたからねえ。店を構えて、いよいよ磨きを掛けやがったのよ」
 山田浅右衛門も嬉しそうに箸を伸ばした。
 と、そのときである。
 店に、新客が入ってきた。ああ、来たかと、山田浅右衛門は片手を上げて合図した。待人は、浅草弾左衛門周司である。
「どうだい、お身体の具合は?」
「何がいいものか」
 席に就くときに千葉重太郎・佐那は軽く会釈した。しかし、浅草弾左衛門は憮然と、それを一瞥しただけであった。
(おや?)
 千葉佐那は困惑した。浅草弾左衛門の目は、初対面の者を見るような警戒心に満ちていたのである。
(噂には聞いていたが、以前に会ったときとは、どうも感じが違う)
 常軌を逸しているのは、明白だった。まずは出過ぎずに、山田浅右衛門のお手並みを拝見するしかなかった。怪訝そうな兄に杓をし、耳だけ傾けた。
 山田浅右衛門はまず場を取り繕おうと
「まあ、まずは。医者から止められちゃねえのでしょ?」
と銚子を差し出した。
「どいつもこいつも、病人扱いしやがって……余計なお世話だよ」
「安心した。それじゃ、今夜はじっくりと、これからのことを話し合おうかい?」
「これからだ?」
 浅草弾左衛門は黙って杯を差し出して
「これからも何も、みんな黙って儂に従えばいいのよ。それで、すべてが丸く納まらあ」
と呟き、一息でそれを干して、次を催促しながら
「旦那も武士なら、上様に従って、都へでも行った方がいいんじゃねえかい?」
と、すかさず憎まれ口を吐いた。
 ムッとする感情を、山田浅右衛門はなんとか作り笑いで圧し殺した。そんな様が厭に意地悪く映ったものか
「誰だい、あの偉そうな爺いは?」
と、重太郎は佐那に小声で耳打ちした。その答えに、千葉重太郎は仰天した。
(あの弾左衛門?)
 事態を飲み込めない千葉重太郎は、いちいち佐那に聞いてきた。それが欝陶しいので、掻い摘んで「魔斬り」のことや「浅草一家の現状」を小声で耳打ちした。いまひとつ理解出来ないと呟く兄に
「煩いねえ、黙って納得しちまいな」
 千葉佐那は一喝した。
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