魔斬

夢酔藤山

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深川奇譚

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               三


 あの一夜から十日が経った。
 山田浅右衛門は相も変わらず、日々の首斬り稼業に精を出していた。
 この日、刑場の野次馬のなかには、一際殺気立った浪人姿の武士がいた。富坂小五郎である。その殺気をひしひしと感じながら
(何処が安全か)
と、山田浅右衛門はじっと考えていた。このままでは殺気に圧し潰されそうで、どうにも息苦しかった。油断をすれば、いつ斬り付けられるか、判ったものではない。
 そして
(やはり、あそこしか……)
という結論に至った。
 刑場で従事する穢多のひとりを手招きして呼び寄せると、その耳元で囁くように
「おれは当分、山谷堀に寄宿する。悪いけどな、一走り於貞に言伝してきてくれ」
「はい?」
「おれは暫く浅草のお頭に匿って貰う。お前は当分は表に出るなとな」
「どういうことで?」
「そういうことだ」
 確かに浅草弾左衛門の囲内が、いちばん安全に違いなかった。
 この日、終始刑場の外に富坂小五郎はいた。
 最後の一人を仕置すると、山田浅右衛門はちらと野次馬に目を走らせた。富坂小五郎は口元を歪めて引きつるような表情を浮かべた。冷笑を溢したつもりなのかも知れないが、山田浅右衛門の目には
(どこへ隠れても無駄。お前を確実に殺してやる)
という余裕が映った。
 怯まず山田浅右衛門も眼光鋭く睨み返した。
 やがて富坂小五郎はくるりと踵を返し、雑踏のなかへ消えていった。このときになって初めて、脇の下に冷汗が伝っていることを山田浅右衛門に認めた。それは久しぶりに覚えた、恐怖であり緊張であった。
 夕刻、山谷堀へふらりと訪れた山田浅右衛門をみて
「ああ、旦那。無事でよかった。あんた、暫らくここに留まりなせえ」
と、浅草弾左衛門は出迎えた。

 十一月十五日、浅草弾左衛門は北町奉行・石谷穆清を訪れた。数少ない山田浅右衛門の理解者である石谷穆清に、一連の心中屋の絡繰を話し、せめて乙津屋清八を縛につけるよう嘆願に来たのだ
「山谷堀のお頭よ。儂とて乙津屋を野放しにしたい訳ではないのじゃ。しかし、この事件に関しては、奉行所管轄から外されてしもうたのだわ」
「どういうことで?」
「首席老中安藤対馬守の御意向でな。江戸の治安を維持するために奉行所や火盗改めとは別に、旗本見廻組なる組織を設けようと考えているらしい。今度の事件の取締も、どうやらそちらの管轄に組み込むつもりなのじゃ」
「しかし、乙津屋清八は商人。奉行所が手出しできないなんて、そんな馬鹿なことが!」
「判っている」
 石谷穆清の悲痛な表情から、浅草弾左衛門には、ようやく物事の全貌が朧気に察した。
 乙津屋清八の背後にいるのは、富坂小五郎の主人・外国奉行鳥居越前守忠善である。そして鳥居忠善を操る影の親玉こそ、恐らくは首席老中安藤対馬守信正なのだ。その安藤信正肝煎りの旗本見廻組こそ
(自らの派閥を守るための武装集団に違いない)
 乙津屋清八を探索する管轄がそちらになったということは、なんてことはない、乙津屋は首席老中に保護されたことになる。
 ここまで幕府権力が蔓延ってしまうと、山田浅右衛門など、無力に等しい。
「例の柳橋での相対死が発端で、脇坂中務大輔は本日付を以て罷免されたそうな。たかが相対死といえども、それを口実に取り潰しを断行する輩が、千代田の御城には大勢犇めいているのだろうよ」
「……」
「いまは闇公方であるお頭の力で、浅を護ってやって欲しい。いまの儂には、もうそのくらいのことしか。当分、浅には仕置の依頼を出さぬ。南町にもそう伝えておく。決して、浅を山谷堀から出してはならぬぞえ」
 絶望に沈みながら、浅草弾左衛門は大きく頷いた。


 十二月三十日、木刀の素振りを終えて朝餉を相伴する山田浅右衛門は
「お頭、相談がある」
 浅草弾左衛門はそれが何か、すぐに察しがついた。
 だから、即座に
「ならん!」
と一喝した。
「一年の恒例行事なんだけどねえ」
 苦笑いする山田浅右衛門に
「死んだら元も子もないぜ」
と浅草弾左衛門は難色を示した。
「そしたらそれが、俺の運命さ」
「旦那……!」
「魔斬していたって、飯喰っていたって、人間って奴ぁ、何時くたばっても不思議はねぇんだよ。だったら、後悔はさせねえでくれねえか?」
 たぶん、山田浅右衛門は、決して考えを変えようとはしないだろう。
「……護衛は付ける。旦那が考えているほど状況は甘くないんだよ」
「……」
「二十日も前に、な。メリケンとかいう国の役人が、麻布中の橋で殺された。いまは人斬りとかいう連中が、大挙してこのお江戸に入り込んでいるんだ」
 このとき暗殺されたのは、アメリカ公使館通訳官ヘンリー・ヒュースケン。
 ヒュースケンは安政三年に下田へ来日したアメリカ駐日総領事タウンゼット・ハリスの副総領事を務めた人物である。世に有名な〈唐人お吉〉の物語にも、当然ヒュースケンの名は登場してくる。
 このときヒュースケンを斬ったのは薩摩藩士で、伊牟田尚平と樋渡八兵衛である。
「こいつを口実にして、安藤対馬守は旗本見廻組を旗揚げするつもりさ」
「そうなりゃあ、心中屋は安泰だ」
「そんなことよりも、旦那のことだよ。人斬りがこのお江戸に入り込んでいるんだ。あの富坂小五郎が動きやすい条件が整っている」
「分かったよ。目立たない護衛を付けておくれ」
 翌日、山田浅右衛門は角樽と線香を用意して、刑場巡りの駕篭に揺られた。恒例行事である。今年一年間、たっぷりと罪人の血を吸った土壇場に酒を注ぎ、慇懃に線香を手向けるのだ。まず小塚原へ赴き、一頻り読経を唱えて、土壇場の露と消えた者たちの冥福を心より祈った。それが済むと、駕篭は鈴ヶ森へと向かった。
 この間、山田浅右衛門の周囲には、影のように相当数の影の護衛が姿を見せることなくぴたりと付き従っていた。いずれも浅草弾左衛門一家で凄腕の影の者である。鈴ヶ森での読経を終えれば、もうあとは帰るだけだった。ただ、道楽癖のある山田浅右衛門が、このまま真直ぐ帰るわけがない。
「深川の桑名屋へ」
 護衛たちは突然の方向転換に、戸惑いを覚えた。訳が判らないまま、彼らはその駕篭を追うしかなかった。
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