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舶来奇譚
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六
海蔵寺無縁塚。
その傍らの穴には、案の定、吸血鬼の姿がない。何処かを徘徊しているのだろう。
(好都合じゃ)
山田浅右衛門は狸たちに調達させた十字架を穴の入口に掲げ
「お前ぇらも十字架ってのを、ぶら下げな」
と、狸たちや一蔵に指示し、茂みに潜んで吸血鬼が戻るのを待った。ジョンソンの話では、明け方近くに吸血鬼はアジトに戻る。そのとき長期戦に臨めば、昇る朝陽に救われる筈だった。
(西洋の化物と戦うのは、これが初めてだ……。俺も生命は惜しい。くれぐれも往生際悪く、長期戦と洒落込もうかい)
山田浅右衛門は舌舐めずりし、じっと機会を伺った。
七つにはまだ少し早い頃。
大きな蝙蝠が穴へと戻ってきた。
「旦那、あれじゃねえか?」
広尾ヶ原の御隠居が指した大蝙蝠は、穴の周りをぐるぐる回ると、地面に下りて、みるみる異人の姿に変化していった。黒ずくめの洋装と口元から覗く牙は、とても尋常な様ではない。
(夜明けには程遠いが、ここで逃げられても厄介じゃ……!)
山田浅右衛門は大太刀をゆっくりと抜き、立ち上がって吸血鬼を睨んだ。吸血鬼もすぐに山田浅右衛門の存在に気付いた。
「ドラクラってのは、お前ぇかい」
「……」
「悪ぃが、これ以上血は吸わせねぇぜ」
吸血鬼は無言で笑みを浮かべている。
「手前ぇ、何とかいえ!」
瞬間。
「シャアア!」
吸血鬼は眼にも止まらぬ素早さで、山田浅右衛門に向かって飛び掛かってきた。
「斬!」
大太刀が一閃し、たちまち吸血鬼の右手が切り落とされた。ごろりと転がり落ちた右手を、吸血鬼は動揺もみせず、涼しい顔で拾い上げた。
そして、信じられない事が起きた。吸血鬼は拾った右手を肩口に近付けた。すると、切断された腕が、まるで何事もなかったかのように、たちまちぴたりと貼りついてしまったのだ。
吸血鬼は再び跳躍し、山田浅右衛門の頭上から襲いかかった。鋭い爪と牙を剥いて、吸血鬼は大きく手を広げた。
「斬!」
大太刀は吸血鬼の首を切り落とした。しかし胴体は構わず山田浅右衛門に組みついて、大太刀を峰ごと取り押さえてきた。
「野郎!」
咄嗟に、備前長光を左手で抜き、大太刀を掴む吸血鬼の手を斬った。そして胴を蹴飛ばして、素早く間合いを取った。
首は宙を舞い、何やら訳の判らぬ異国語を語りながら笑っていた。
(……化物め)
山田浅右衛門は舌舐めずりして、大太刀を構えた。
背筋に冷たいものを実感したのは、随分久しい。そして、未だに大太刀の刃を離そうとしない吸血鬼の腕を払おうと、大きく振った。
「旦那、これを」
と、一蔵が飛び出し、十字架を腕に絡めた。
途端、吸血鬼の腕はボロボロに崩れて果てた。どうやらジョンソンのいう弱点は、正しかったようだ。
気をよくした一蔵は、
「よし、十字架をドラクラにぶら下げてやろうぜ」
と威勢を上げ、狸たちも一斉に吸血鬼の胴体目掛けて飛び掛かっていった。
吸血鬼の首は胴に合体することなく、宙に漂いながら、事のなりゆきをただただ静観するのみである。それが却って不気味であったが、狸たちはおかまいなしで、果敢に胴へ襲い掛かった。抗い逃げる胴は、四方から追い縋る狸を避けきれずに、やがてボロボロに崩れて、土くれに還っていった。
残りは首だけだった。
首は高笑いのうちに、狸たちへ襲いかかってきた。狸たちは十字架を幾重にも首に掛けたが、首は一向に崩れる様子がなかった。
「胴体は飾りもんだ。首には十字架が効かねぇ!お前ぇら、茂みに隠れろ!」
山田浅右衛門は大太刀を構えながらも、不老不死の化物をどう斬り伏せるか、戸惑いを隠せずにいた。
東の空は赤みを帯びている。
夜明けは近い。
もはや一刻も早く、朝陽が昇るのを祈るしかなかった。吸血鬼もまた、夜明け前に邪魔者を喰い殺すつもりで、休みない果敢な攻撃に転じた。
牙を大太刀で躱すのが精一杯で、山田浅右衛門には攻撃の好機が見出せなかった。しかも熾烈な攻めと極度の緊張は、間違いなく山田浅右衛門を消耗させていった。
「あ」
汗ばんだ手は、うっかり大太刀を滑り落としてしまった。
慌てて備前長光を構えたが、吸血鬼の牙は、一瞬早く、山田浅右衛門の首筋へ噛み付こうとしていた。
(しまった!)
観念した山田浅右衛門の耳に、鉄砲の轟音が響いた。
「誰だ」
射ったのは、ジョンソンだった。
吸血鬼の額は射ち抜かれ、譫言のように何かを呟きながら藻掻いていた。
「旦那、今のうちに眉間を突刺し、高く掲げて!朝陽が昇ります!」
ジョンソンの言葉に従い、山田浅右衛門は吸血鬼の銃創へ大太刀を突刺し、天高く掲げた。
直後、朝陽が射した。
「ギャアアア……!」
断末魔のなか、吸血鬼の首は、ボロボロに崩れて果てていった。
海蔵寺無縁塚。
その傍らの穴には、案の定、吸血鬼の姿がない。何処かを徘徊しているのだろう。
(好都合じゃ)
山田浅右衛門は狸たちに調達させた十字架を穴の入口に掲げ
「お前ぇらも十字架ってのを、ぶら下げな」
と、狸たちや一蔵に指示し、茂みに潜んで吸血鬼が戻るのを待った。ジョンソンの話では、明け方近くに吸血鬼はアジトに戻る。そのとき長期戦に臨めば、昇る朝陽に救われる筈だった。
(西洋の化物と戦うのは、これが初めてだ……。俺も生命は惜しい。くれぐれも往生際悪く、長期戦と洒落込もうかい)
山田浅右衛門は舌舐めずりし、じっと機会を伺った。
七つにはまだ少し早い頃。
大きな蝙蝠が穴へと戻ってきた。
「旦那、あれじゃねえか?」
広尾ヶ原の御隠居が指した大蝙蝠は、穴の周りをぐるぐる回ると、地面に下りて、みるみる異人の姿に変化していった。黒ずくめの洋装と口元から覗く牙は、とても尋常な様ではない。
(夜明けには程遠いが、ここで逃げられても厄介じゃ……!)
山田浅右衛門は大太刀をゆっくりと抜き、立ち上がって吸血鬼を睨んだ。吸血鬼もすぐに山田浅右衛門の存在に気付いた。
「ドラクラってのは、お前ぇかい」
「……」
「悪ぃが、これ以上血は吸わせねぇぜ」
吸血鬼は無言で笑みを浮かべている。
「手前ぇ、何とかいえ!」
瞬間。
「シャアア!」
吸血鬼は眼にも止まらぬ素早さで、山田浅右衛門に向かって飛び掛かってきた。
「斬!」
大太刀が一閃し、たちまち吸血鬼の右手が切り落とされた。ごろりと転がり落ちた右手を、吸血鬼は動揺もみせず、涼しい顔で拾い上げた。
そして、信じられない事が起きた。吸血鬼は拾った右手を肩口に近付けた。すると、切断された腕が、まるで何事もなかったかのように、たちまちぴたりと貼りついてしまったのだ。
吸血鬼は再び跳躍し、山田浅右衛門の頭上から襲いかかった。鋭い爪と牙を剥いて、吸血鬼は大きく手を広げた。
「斬!」
大太刀は吸血鬼の首を切り落とした。しかし胴体は構わず山田浅右衛門に組みついて、大太刀を峰ごと取り押さえてきた。
「野郎!」
咄嗟に、備前長光を左手で抜き、大太刀を掴む吸血鬼の手を斬った。そして胴を蹴飛ばして、素早く間合いを取った。
首は宙を舞い、何やら訳の判らぬ異国語を語りながら笑っていた。
(……化物め)
山田浅右衛門は舌舐めずりして、大太刀を構えた。
背筋に冷たいものを実感したのは、随分久しい。そして、未だに大太刀の刃を離そうとしない吸血鬼の腕を払おうと、大きく振った。
「旦那、これを」
と、一蔵が飛び出し、十字架を腕に絡めた。
途端、吸血鬼の腕はボロボロに崩れて果てた。どうやらジョンソンのいう弱点は、正しかったようだ。
気をよくした一蔵は、
「よし、十字架をドラクラにぶら下げてやろうぜ」
と威勢を上げ、狸たちも一斉に吸血鬼の胴体目掛けて飛び掛かっていった。
吸血鬼の首は胴に合体することなく、宙に漂いながら、事のなりゆきをただただ静観するのみである。それが却って不気味であったが、狸たちはおかまいなしで、果敢に胴へ襲い掛かった。抗い逃げる胴は、四方から追い縋る狸を避けきれずに、やがてボロボロに崩れて、土くれに還っていった。
残りは首だけだった。
首は高笑いのうちに、狸たちへ襲いかかってきた。狸たちは十字架を幾重にも首に掛けたが、首は一向に崩れる様子がなかった。
「胴体は飾りもんだ。首には十字架が効かねぇ!お前ぇら、茂みに隠れろ!」
山田浅右衛門は大太刀を構えながらも、不老不死の化物をどう斬り伏せるか、戸惑いを隠せずにいた。
東の空は赤みを帯びている。
夜明けは近い。
もはや一刻も早く、朝陽が昇るのを祈るしかなかった。吸血鬼もまた、夜明け前に邪魔者を喰い殺すつもりで、休みない果敢な攻撃に転じた。
牙を大太刀で躱すのが精一杯で、山田浅右衛門には攻撃の好機が見出せなかった。しかも熾烈な攻めと極度の緊張は、間違いなく山田浅右衛門を消耗させていった。
「あ」
汗ばんだ手は、うっかり大太刀を滑り落としてしまった。
慌てて備前長光を構えたが、吸血鬼の牙は、一瞬早く、山田浅右衛門の首筋へ噛み付こうとしていた。
(しまった!)
観念した山田浅右衛門の耳に、鉄砲の轟音が響いた。
「誰だ」
射ったのは、ジョンソンだった。
吸血鬼の額は射ち抜かれ、譫言のように何かを呟きながら藻掻いていた。
「旦那、今のうちに眉間を突刺し、高く掲げて!朝陽が昇ります!」
ジョンソンの言葉に従い、山田浅右衛門は吸血鬼の銃創へ大太刀を突刺し、天高く掲げた。
直後、朝陽が射した。
「ギャアアア……!」
断末魔のなか、吸血鬼の首は、ボロボロに崩れて果てていった。
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