魔斬

夢酔藤山

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舶来奇譚

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               五



 八月二十九日早朝。
「旦那、メリケンへ行った咸臨丸、確かにアンブレラとかいうのを土産にしていやすぜ」
 浅草弾左衛門配下で魔斬の手下・助六は、山田浅右衛門の依頼で、このことを探り出してきた。大至急という依頼なので、急いで屋敷まで報せに駆付けたのである。
「確かだな?」
「何でも木村摂津守とかいう御大名が、蝙蝠によう似ておるゆえ蝙蝠傘じゃと、座興で購入したとか。しかし帰国後すぐに紛失したそうで」
「……」
「一体何を調べておるんで?」
「まあ、な。助六、もう帰っていいぜ」
「え?」
「そうそう、下谷御数寄屋町に去年出来た蓮玉庵とかいう蕎麦屋。なかなか旨えって評判だ。少ねえがな、こいつは駄賃だ。この時期の蕎麦は、なかなかいけるぜ」
 半ば追い返される格好で、助六は怪訝そうに不服を洩らしながらも
(……蕎麦か)
 食道楽の虫はやはり隠せなかった。
 さて、山田浅右衛門は屋敷に戻ると、メリケン狐の床が敷いてある部屋へ入り
「お前ぇさんの言ったとおりだ」
と、メリケン狐に応えた。
 ようやく床から出られるようになったメリケン狐は、名を
「ジョンソン」
と名乗った。そのジョンソン曰く
「ドラキュラは日中表に現れませぬ。奴らは陽の光を嫌い、月下で婦女子の血を求め、ときには蝙蝠に姿を変えて徘徊する、不老不死の魔物です」
 木村摂津守が購入したアンブレラは、間違いなく吸血鬼の化けていたものだろう。恐らくは夜遊びのついでに、知らず知らず買ったものに相違ない。
 昨夜から広尾ヶ原の御隠居も、若狸数匹を供に、山田浅右衛門邸にいる。
「じょんそんとやら、そいつの退治の術は?」
 広尾ヶ原の御隠居の問いに、ジョンソンは
「幾つかの制約」
があると答えた。
「まずドラキュラは陽に弱い。朝陽を浴びるよう仕向ければよいと思う。それと、悪魔の下僕たるドラキュラは十字架に弱い」
「十字架って、切支丹が持ってるアレか?」
「はい」
「はいって……お前ぇ」
 キリスト教が禁じられた日本で、十字架を入手することは不可能である。第一、そんなものが、何処にあるというのだ。
「横濱に異国人が居留しとりもんそ。そこなら、或いは」
 一蔵は江戸へ来る途中、長崎よりも外国に気触れた横濱の景色を見知っている。確か教会とかいう建物も、見掛けたような気がした。
「判った、そいつは広尾の若衆に盗ませるとしよう」
 広尾ヶ原の御隠居は、傍らの若狸等にそれを厳命した。
「十字架とかの入手まで恐らく間がある。ドラクラとかいう吸血鬼が、日中何処に隠れているのか、まずそれを探らにゃなるめえ」
「それも広尾の狸に任せてくれ。旦那に依頼した以上、いい仕事をして貰いてぇからな」
「御隠居、あとで値切るなよ」
 この日から広尾ヶ原の狸たちは、総動員で江戸市中を隈無く捜索した。それこそ裏通りや禁忌の隅々まで調べたのだが、しかし、三日経っても発見には至らなかった。
「女が魘われたのは品河界隈。ここに網を張ったらどうか」
 山田浅右衛門の言葉に、狸たちは品河界隈を中心に探りを入れた。と同時に、広尾ヶ原の御隠居は若い女狸たちに
「人間の女に化けて、囮になれ」
と命じ、そして更に三日後。
 遂に女狸が、件の吸血鬼と遭遇した。辛くも化けを解いて事無きを得、更に仲間の狸が尾行をした甲斐あって、遂に吸血鬼の隠れ潜む場所を突き止めた。
 海蔵寺の無縁塚の傍らに、無意味な穴が空いている。
 吸血鬼はそこで日中過ごしていたのだ。
「鈴ヶ森の葬送地で、よくも太々しく」
 丁度この日の深夜、横濱居留地の教会から大量の十字架を盗み出した狸たちが戻ってきた。吸血鬼の退治法をジョンソンと検討し、翌深夜、山田浅右衛門は広尾ヶ原の狸たちと一蔵を引き連れ品河へ赴いた。
 ジョンソンは同行を願ったが
「異国の者は、信用出来もはん」
と一蔵は冷たく言い放った。
 一蔵が余りにも反対するので、山田浅右衛門も苦り切った。
「ならば、旦那。せめて銀の小粒を貰えませんか」
 怪訝そうに、山田浅右衛門は財布から小粒を取出しジョンソンに放った。
「何に使うのだい?」
「ええ、もしものときのお守りで」
 それが何を意味するのか、このときの山田浅右衛門には、よく理解出来ないでいた。
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