魔斬

夢酔藤山

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舶来奇譚

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               二


 こうして、狐の侵略は阻止された。
 しかし、このとき狐以外の魔物が日本に紛れていたのである。
 八月二十日。
 残暑の最中、女の遺体が大森海岸に上がった。品河宿役人はそれを番屋に運び、身元を探った。
 女が高輪の飯盛女と判明するまで差程の時間は要しなかった。ただ、奇妙だったのは、体内に血液が残っていないということである。
「こいつぁ、横濱の港にやってきた毛唐の仕業に違ぇねえ!そうだろう?奴ら、真っ赤な血の酒を呑むっていうじゃねえか」
 宿役人たちは根拠のない悪態を吐きながら周囲の野次馬たちを追い払った。
 そう吹聴すれば周りは信じてくれるし、勝手に広めてくれる。外国人が相手では宿役人の出る幕ではない。丁のいい責任転換だ。
 しかし、首筋の噛疵は誰の目にも気掛かりなものであった。
 このときの野次馬のなかに、人に化けて帰国しようとしていた薩摩の狐・一蔵がいた。
(よもや、メリケン狐の生き残りが?)
 そう思うのも無理はない。
 品河台場で激突したメリケン狐たちは、日本の狐の圧倒的力量の前に倒れていった。このなかに一蔵もいたのだが、その牙を逃れて海に落ちた、若年狐が一匹いた。溺れ死んだと思っていたが
(まさか、な)
 大森海岸と品河台場は、決して遠い距離ではない。それに人の血を殺すまで吸い尽くす物怪はこの日本にはいない。ここまで血を吸うのなら、肉や骨まで喰らう筈である。
(こんな贅沢な殺生は、異国のそれに違いない……!)
 一蔵は王子の狐たちに助言を求めようと、元来た道を引返し、高輪木戸を潜り、再び江戸市中に入った。
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