魔斬

孕女奇譚

　　　　　　　　　　　　　　　五



　浅草界隈を徘徊する戸田家用人たちが、駒形町の酒屋で口論となり、たちまち斬り殺された。下手人は店の馴染みで日頃より温厚な人柄で知られる浪人・横田八郎である。
「酒のうえの為か、何で斬り合いになってしまったのか……」
と、人を殺めてしまったという罪を認めたうえで、彼はそのときの状況を全く覚えていないのだと訴えた。
　目撃者の証言によると、戸田家用人たちは例によって
「女の口封じ」
を嘆く事柄を語り合っていたらしい。
　隣の席で呑んでいた横田八郎は、義侠心からか
「大の男が二人懸かりで女を殺めようとは何事ぞ」
と口論になり、それで事件になったというのだ。
　横田八郎に非があるとは思えぬが、人を殺めたことは否めない。彼は北町奉行・石谷穆清の格別の計らいで、向こう十年間江戸四方所払いに処された。
　とまれこの事件により、戸田家の名前は、世間に明るみとなった。
　戸田家用人頭が北町奉行所に呼び出され、今回の仕儀を問い糾されたのは云うまでもない。
　しかし
「奉行職は町方。我ら旗本を裁くのは筋違いなり」
と居直り、遂に事の真相は判明するに至らなかった。
「小癪な」
と、石谷穆清はこのことを老中・太田備後守資始に訴え、評定所の沙汰とした。これにはさすがの戸田家も観念し、事の仔細を白状するに至ったという。
　戸田家は勘当したとは申せ
「御血筋が事件を起こし、しかもその原因がたかが女郎の為に……」
という点が堪え難く、いっそその女の口を封じて御家の汚名を永遠に拭い去ろうとしたらしい。
　この一件は主に関係なく
「某の一存で」
と用人頭が訴え出たため、彼ひとり腹を斬らせることで沙汰止みになった。