魔斬

夢酔藤山

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孕女奇譚

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               一


 安政六年(1859)六月末、鈴ヶ森にてひとつの珍騒動が起きた。
 土壇場の露となるべき罪人は、駿河台小川町の直参旗本・戸田某とやらの妾腹で、既に勘当を申し付けられている七男・戸田又太郎という無頼の浪人である。
「唯一の妾腹だから又太郎なのよ」
 そう嘯き、日頃から高輪界隈の悪どもを引き連れて、悪事を重ね、豪語していた。
 さて、この戸田又太郎。三日前に手下を率いて、さる商家へ押し込んだ。そこの主人を斬殺し、金子を強奪した科で捕縛された。その悪逆非道な罪状から、即死罪と沙汰されたのである。手下どもは武士ではないので、即日のうちに磔刑に処された。戸田又太郎のみ、吟味のうえで、斬首の仕儀となったのである。
「まがい形にも、旗本の倅であるから」
 南町奉行・池田播磨守頼方の格別の御慈悲を以て、然るべき手続きを踏んだうえで
「旗本戸田家より将軍家へ献上の御刀これあり。御試斬りの程、よしなに」
と、山田浅右衛門のもとへ戸田又太郎の仕置の依頼がなされた。
 建前は戸田家献上刀御試斬りであるが、真意は別にある。
(妾腹とは申せ、己の倅をこいつで斬れというのかい。御旗本って、薄情だねえ……)
 山田浅右衛門は重い気分でこの仕事を引き受けた。
 ところが、である。
 事件は、土壇場の間際で起きた。
「おう、首斬り浅よう。おれの首に彫ってある文字が読めねえか」
 この期に及んで強気な笑いを撒き散らしながら、戸田又太郎は悪怯れもせずに、山田浅右衛門を挑発した。取り調べからずっと髪を結うのを拒み続けた戸田又太郎が、後ろの首筋をよく見てみろと捲し立てたのだ。
打役同心が駆け寄りそれをみて仰天した。
 戸田又太郎の首筋には
「東照大権現」
と彫られてあったのである。
「どうでい、浅よう。権現様の御名を斬っちまえば、お前ぇも御奉行も切腹もんだぜ」
 戸田又太郎の云い分は正しい。
 確かにこのままでは、刑は執行出来ない。が、山田浅右衛門は牢屋見廻役・石出帯刀に何やら耳打ちすると、太刀を納めることなく再び土壇場まで歩み寄ってきた。
 戸田又太郎は動揺した。
 山田浅右衛門の眼は本気である。
「おい、おれを斬ればどうなるか……おい、止めろよ!」
 さっきまでの威勢の良さは何処へいったものやら、戸田又太郎は急に往生際悪く狼狽え始めた。暴れる戸田又太郎を非人たちが抑え込む。そのうえで、山田浅右衛門の太刀が一閃した。
「ぎゃ……!」
 戸田又太郎は悲鳴を挙げた。
 山田浅右衛門は東照大権現の入墨の箇所だけを、生皮ごと斬り削いだのである。この激痛は例えようもなく、戸田又太郎は泣きながら命乞いをした。
「今度は真人間に生まれ直せ」
 山田浅右衛門は低く呻いた。
 それが戸田又太郎の聞いた、この世で最後の言葉となった。
 勘当という理由で戸田又太郎の亡骸は戸田家に引き取られることなく、首は海蔵寺無縁首塚に、胴は山田浅右衛門の蔵に放り込まれた。
 この事件は江戸市中に広まり、好奇心旺盛な江戸っ子たちが囁き合った。そして牢内の者たちも
「生皮は御勘弁」
と恐れをなし、さすがにこれを模倣しようとは考えなかったのである。
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