魔斬

夢酔藤山

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谷中奇譚

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               十二


 一刻後、駕籠に揺られて車善七が戻った。同じ頃に、花吉も高槻金太郎を連れてきた。
「助けて下さるので?」
 高槻金太郎は泪を流しながら、山田浅右衛門に擦り寄ってきた。
「勘違いするな!おれはここにいる八咫聖の仇討ちとして、於露という怨霊を魔斬するのだ」
「ありがとうございます」
「ただ、手前ぇにも片棒を担いで貰う。すべての元凶は、手前ぇだからな」
「……」
「手前ぇも来い。厭なら魔斬は降りる」
 高槻金太郎は恐怖に蒼褪めたまま、既に闇に包まれた谷中墓地へと向かうことにした。
 谷中墓地無縁塚の前に、山田浅右衛門・高槻金太郎・浅草弾左衛門・車善七そして花吉の五人が揃った。足元には生々しく血痕が広がっている。間違いなくふたりの八咫聖のものだろう。
「おい、金の字。手前ぇの火遊びが元で、八咫聖がふたりも死んだぜ」
「……」
「どんな気分だい、え?」
 魔斬を請け負われた安心感からか、高槻金太郎は少々気持ちが大きくなっていた。おまけに山田浅右衛門の絡むような口調が癇に触ったらしく
「連中から仕事を買って出たんだ、儂は悪くない」
と居直った。
「ふざけるな!」
 途端、頬を張ったのは、花吉だった。
「坊主……この野郎!」
 高槻金太郎は頭に血が昇り、刀に手を掛けた。しかし、花吉は怯まなかった。
「確かに八咫聖は仕事を請け負った。必死で戦って、それで殺された。ただ、死ななくてもいい人間が、あんたの火遊びを発端にして、ふたりも殺されたんだ。それを……悪くはないだと?ふざけるな!」
「それが坊主の仕事だ。何人死のうと、こちらには関係ない」
「馬鹿野郎、関係ねえだと!」
 途端、山田浅右衛門は高槻金太郎の胸ぐらを掴んで大きく揺すった。
「妾にする気がねえのなら、手前ぇの口からはっきり引導を渡してやれ。そろそろ出てくる於露とやらにな」
「……相手は、幽霊だ」
「元々は人間だ!相手は、たかが身体を持たない人間じゃねえか!馬鹿にすんな!」
 カッとなった山田浅右衛門は、高槻金太郎を張り飛ばした。
 高槻金太郎も逆上して、とうとう刀を抜いた。
「首斬り風情が、許せぬ……!」
 高槻金太郎は山田浅右衛門に切り込んだ。
 その切っ先を躱し、山田浅右衛門は鞘ごと大太刀を突き立てた。その先端が眉間に当たった。
 高槻金太郎は呆気なく昏倒した。
「それじゃ、行こうか」
 山田浅右衛門の言葉に、花吉は仰天した。
「魔斬をしないのか?」
「いいんだよ」
と、浅草弾左衛門が口を挟んだ。
「結局はどんな手段を使おうが、女を彼岸へ送ってやればいいんだ。斬らずに済むのなら、それに越したことはない。そうだね、旦那」
「ああ、そうさ。遠回りしたけどな、本来こうするべきなんだよ。別れ話は相対でなけりゃあ、野暮ってもんだ。そうだろう、お頭?」
「ああ、旦那の云うとおりだ」
 こうして高槻金太郎をそのままに、山田浅右衛門たちは谷中墓地を後にした。
「しかし」
 途中、花吉はぽつりと
「あのままにしたら、一体……」
「なあに、納まるべきところに納まるよ」
 山田浅右衛門は冷ややかに笑った。
 彼らの背後に悲鳴が響いたが、もう振り返る者はひとりもいなかった。

 高槻金太郎が何処へ行ったのか、その行方を知る者は誰もいなかった。
 無縁塚に高槻金太郎の持ち物らしい印篭が半ば埋まっていたくらいで、その痕跡そのものが、一夜にして、忽然と、この世から消え去ってしまったのである。
 それと同時に、於露という女幽霊も、以後、姿をみせることはなかった。
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