魔斬

谷中奇譚

　　　　　　　　　　　　　　　十


　花吉は直ちにこのことを、今回の江戸退魔頭である権修羅に報告した。
　松平豊後守江戸屋敷の一間には、大勢の八咫聖が詰めていて、花吉の言葉に皆々驚嘆していた。
「ほう、あのふたりがのう」
　権修羅は暫らく考えていたが
「そろそろ江戸から離れる潮時じゃな」
と呟いた。
「明日、御山へ発つ。この入府で江戸に足跡を残した」
　この権修羅の言葉に、花吉が反発した。
「せめて、仇討ちを！あの怨霊を捨て置いては、八咫聖の名折れ」
「そちは勘違いしておるようじゃな」
「は？」
「タダ働きで命を懸けられるものか。我らは御山の宣伝さえすればよい。タダで救われた者たちが、いつか当方へ改宗し、多大な喜捨を修める。そのきっかけになるのが、退魔である。そちはそんなことも学ばなかったのか？」
　傍らの僧侶がそっと権修羅に耳打ちした。
「ああ、お前が……」
　一瞬、権修羅の目に、蔑みが過った。
　その瞬間、花吉はすべてを理解した。
　結局、八咫聖も氏素性に拘る差別集団なのだ。修業と思っていたのは花吉の勘違いで、実はまともな学識も与えられず、丁稚のように奉仕をさせられていただけなのだ。
　居たたまれなくなり、花吉はその場を出ていった。
「仇討ちでも何でもしてくるか？」
「……」
「別にお前が殺されても、誰も困らぬからなあ」
　心ない権修羅の言葉が、追打ちを掛けるように花吉の心を刳った。