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谷中奇譚
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三
秋の陽は釣瓶落というが、まさにその通りで、山田浅右衛門が八つ半に仕置を済まして帰途に就き、平河町の家に辿り着く頃には、いい夕焼けが、西の空を彩っていた。それを尻目に屋敷の門を潜ろうとした、そのときである。
「旦那」
一人の老婆が山田浅右衛門を引き止めた。
(はて)
と考えたが、どうにも見覚えがない。
その老婆はこちらの都合も構わずに、急き立てるように
「あんたに依頼したい。浅草のお頭に紹介されて来たんだ」
と捲くし立てた。
「……お前さん、誰だい?」
「世間では、応為婆なんて呼んでるよ」
「依頼は、婆さんが?」
「あたしゃ仲介だ。本当の頼み人は、別の処にいる。一緒に来てくんないかい」
なんとも図々しいではないか。
が、浅草弾左衛門の紹介ともなれば断る訳にもいかない。渋々、山田浅右衛門は老婆について行った。
(何者だろう)
浅草弾左衛門とも旧知の様子だし、なんとも人を食った飄々とした立ち振舞いは、妙に小気味よい。そんなことを考えながら、果たしてどのくらい歩いたのだろうか。
「旦那、ここだよ」
老婆が指したのは、なんと、北辰一刀流千葉道場であった。
山田浅右衛門は絶句した。
「旦那を御連れしたでよう」
老婆が門に向って威勢のよい声を張り上げると、通用門が開いて
「ささ、こちらへ」
と道着姿の女性が顔を覗かせた。
呆気にとられる山田浅右衛門の尻を叩くように、老婆は早く入れと急いた。山田浅右衛門を連れてきた礼だろうか、御捻りを貰うと
「旦那、いい仕事しとくれよ」
と、老婆は引き上げていった。
女性は千葉佐那、道場主・千葉定吉の娘である。
挨拶もそこそこに
「依頼主は道場におります。本人から説明をさせますゆえ、どうぞ、こちらへ」
と、佐那はさっさと歩き始めた。
困惑しながら山田浅右衛門は後に続いた。
秋の陽は釣瓶落というが、まさにその通りで、山田浅右衛門が八つ半に仕置を済まして帰途に就き、平河町の家に辿り着く頃には、いい夕焼けが、西の空を彩っていた。それを尻目に屋敷の門を潜ろうとした、そのときである。
「旦那」
一人の老婆が山田浅右衛門を引き止めた。
(はて)
と考えたが、どうにも見覚えがない。
その老婆はこちらの都合も構わずに、急き立てるように
「あんたに依頼したい。浅草のお頭に紹介されて来たんだ」
と捲くし立てた。
「……お前さん、誰だい?」
「世間では、応為婆なんて呼んでるよ」
「依頼は、婆さんが?」
「あたしゃ仲介だ。本当の頼み人は、別の処にいる。一緒に来てくんないかい」
なんとも図々しいではないか。
が、浅草弾左衛門の紹介ともなれば断る訳にもいかない。渋々、山田浅右衛門は老婆について行った。
(何者だろう)
浅草弾左衛門とも旧知の様子だし、なんとも人を食った飄々とした立ち振舞いは、妙に小気味よい。そんなことを考えながら、果たしてどのくらい歩いたのだろうか。
「旦那、ここだよ」
老婆が指したのは、なんと、北辰一刀流千葉道場であった。
山田浅右衛門は絶句した。
「旦那を御連れしたでよう」
老婆が門に向って威勢のよい声を張り上げると、通用門が開いて
「ささ、こちらへ」
と道着姿の女性が顔を覗かせた。
呆気にとられる山田浅右衛門の尻を叩くように、老婆は早く入れと急いた。山田浅右衛門を連れてきた礼だろうか、御捻りを貰うと
「旦那、いい仕事しとくれよ」
と、老婆は引き上げていった。
女性は千葉佐那、道場主・千葉定吉の娘である。
挨拶もそこそこに
「依頼主は道場におります。本人から説明をさせますゆえ、どうぞ、こちらへ」
と、佐那はさっさと歩き始めた。
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