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安政奇譚
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十二
伝法院に戻った浅右衛門は
「すべて、済んだよ」
と、不安げな人形番に飄々とした口調で告げた。その言葉に、人形番たちは狂喜し、歓声を挙げた。
「さて、そなたたちに、最後の仕上げを手伝って貰わねばならぬ」
「仕上げですと?」
「生人形に引導を渡す。そなたら、立会え」
嫌がる人形番たちを同伴させ、本堂の中にずけずけと、浅右衛門は入っていった。お初人形は相変わらず妖艶で、鬼婆と腹裂き女は鬼気迫る迫力であった。それはいつもと変わらぬ事なのだが
「声が、しない」
人形番のひとりが不思議そうに呟いた。
「そうじゃ、婆の魂はすっかり解き放たれて成仏しておる。ここにあるのは、ただの人形じゃからな」
呟きながら、浅右衛門は常に携帯する備前長光を抜刀した。
「あ……浅の旦那。何をしますので?」
「魂はなくとも、その者の器は残しておく事はならん。何もかもを涅槃に送って差し上げねば、本当の供養にはならぬ」
そして、人形番が呆気に取られている前で、鬼婆と腹裂き女の生人形は、たちまち斬り捨てられた。生人形はばらばらになりながら、本堂の床へと砕け落ちた。
名残惜しそうに浅右衛門はそれを拾い、大雑把に纏めてから
「これを集めて荼毘に伏してやれ。そして大川へ流して差し上げよ」
浅右衛門の言葉に人形番は頷いた。
「面倒くせえ」
小声がした。適当にやりゃあいいだろという声も聞こえた。
「手ぇ抜くなよ」
浅右衛門は大きな声で制した。
「たかが人形と馬鹿にするな。人間の弔いと同じ手順で、きちんと野辺に送って差し上げるのじゃ。手を抜いて、いいことなんかないぞ」
「そんな、大袈裟な」
「それを為さねば婆は成仏出来ず、またすぐにでも、お前らのところへくる」
冗談だったが、人形番たちはすっかり震え上がった。ふたつ返事で、それを承諾した。翌朝、生人形は大川の流れとなって、彼岸へと消えていった。
その日の午後。水戸藩の使いが浅草弾左衛門のもとへ駆け込んできた。
伝法院に戻った浅右衛門は
「すべて、済んだよ」
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「仕上げですと?」
「生人形に引導を渡す。そなたら、立会え」
嫌がる人形番たちを同伴させ、本堂の中にずけずけと、浅右衛門は入っていった。お初人形は相変わらず妖艶で、鬼婆と腹裂き女は鬼気迫る迫力であった。それはいつもと変わらぬ事なのだが
「声が、しない」
人形番のひとりが不思議そうに呟いた。
「そうじゃ、婆の魂はすっかり解き放たれて成仏しておる。ここにあるのは、ただの人形じゃからな」
呟きながら、浅右衛門は常に携帯する備前長光を抜刀した。
「あ……浅の旦那。何をしますので?」
「魂はなくとも、その者の器は残しておく事はならん。何もかもを涅槃に送って差し上げねば、本当の供養にはならぬ」
そして、人形番が呆気に取られている前で、鬼婆と腹裂き女の生人形は、たちまち斬り捨てられた。生人形はばらばらになりながら、本堂の床へと砕け落ちた。
名残惜しそうに浅右衛門はそれを拾い、大雑把に纏めてから
「これを集めて荼毘に伏してやれ。そして大川へ流して差し上げよ」
浅右衛門の言葉に人形番は頷いた。
「面倒くせえ」
小声がした。適当にやりゃあいいだろという声も聞こえた。
「手ぇ抜くなよ」
浅右衛門は大きな声で制した。
「たかが人形と馬鹿にするな。人間の弔いと同じ手順で、きちんと野辺に送って差し上げるのじゃ。手を抜いて、いいことなんかないぞ」
「そんな、大袈裟な」
「それを為さねば婆は成仏出来ず、またすぐにでも、お前らのところへくる」
冗談だったが、人形番たちはすっかり震え上がった。ふたつ返事で、それを承諾した。翌朝、生人形は大川の流れとなって、彼岸へと消えていった。
その日の午後。水戸藩の使いが浅草弾左衛門のもとへ駆け込んできた。
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