魔斬

夢酔藤山

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安政奇譚

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               十一


 浄閑寺は新吉原の遊女たちが投げ込まれる〈無縁寺〉である。吉原大門を左に折れて土手通りを真っすぐ進めば、この浄閑寺に行き当たる。
 稀だが、吉原では遊女が己の身を憂い、自ら生命を断つ。客と心中をする者もいる。その死体処理を任されたのが、車善七である。車善七は江戸の非人社会を束ねる〈四人の非人頭〉のひとりとして、裏社会でもその名が知られていた。そんな彼も、浅草弾左衛門の前では子供同然なのだ。
「あっ旦那、先程はどうも」
 車善七が大門から出てきた。また、遊女が死んだ。年期明けまで二十年、その歳月の長さに失望し、首を吊ったのだという。
「旦那は、何方へ」
「ああ、ちと浄閑寺へな」
「同じだ、御一緒しますぜ。道に慣れてるあっし等でも、どうにも夜道は、怖くていけねえや」
「投げ込みは、昼間でもいいんだろ」
「死体に一間を使うより、生きた女で稼ぎたいんだとさ」
「人間って、惨いな」
 車善七の子分が三人係りで、遊女の棺桶を担いでいる。大八車を用ないのは、小回りが利くからである。それほど手早く片付けることを、善七の仕事は要求されていた。
 さて。
 吉原大門を左に折れて土手通りを真っすぐ進めば、すぐに浄閑寺に行き当たる。豕塚は、浄閑寺の一郭にあった。天保八年の吉原大火ののち、新吉原では防火のまじないとして、大門の脇に豚を飼うようになった。豚は十二支の末尾・亥を表し、五行思想では北に配置される。北の亥は水のシンボルで、すなわち防火のまじないなのである。この寺の豕塚は、吉原大火ののちに
(遊女の墓所も火災から守ろう)
という主旨から、死した豚の骸を埋めて建立されたものである。
 ただし、こういう畜生塚は、いわゆる獣の浮遊霊を呼び寄せ、そこへ宿らせるとも云われる。そういう意味では、かなり厄介な塚だ。畜生と人の骸を同じくするのは、かなりの問題がある。低級な動物霊が成仏できぬ人間霊に憑依融合すれば、それは怨霊ではなく妖怪になるからだ。
(急がねば、いかんな……)
 賑やかな大門は不夜城の如く闇のなかに煌々と輝き、その灯の下では、様々な人生が交差していた。この大門を、遊女は出ることは許されない。任期を終えて半病人として出ていくのか、骸と化して出ていくのか。そして、大半の遊女はこの大門を生きて出ることがない。
「さて、行こうか」
 浅右衛門は車善七を促した。
 大門から浄閑寺までは四半刻、彼らは提灯ひとつで夜道を急いだ。死体投込みのため、車善七は浄閑寺門前の手前で浅右衛門と別れた。山田浅右衛門はそのまま境内へと進んだ。
 そのときである。
「ギャアア!」
 悲鳴が、響いた。聞き覚えのある声……助六の声だ。
(まさか……!)
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