魔斬

夢酔藤山

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安政奇譚

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                    八


「水戸藩としては、醜聞は払拭したいと」
「醜聞?」
「伝法院に納められている生人形、夜になると、生きているように呻くのだそうですよ。お初人形目当てにこっそり伝法院に忍び込んだ、水戸藩のさる御方が、それ以来おかしくなっちまってね。上野寛永寺の坊主に祈祷させたところ、生人形を供養すれば、元に戻るだろうとか」
「ところが気味悪がって誰も手を出さない。昼でもおっかなくて、それでお頭のところへ依頼が来た。そういう筋書きかい?」
「そのとおり!」
「ならば、お頭のところの若い者を使えばいい。儂の出張る必要なんて」
「あるのだよ」
 えっと、浅右衛門は顔を上げた。
「泣くんだ。鬼婆の生人形が、呻きながら血の涙を流すんでさ」
「そんな事くらいで……」
「どうも鬼婆の妖気が、尋常ではねえんだ。試しにうちの若いので様子見させたんだが、妖気にあてられて気が触れちまった。近付くことさえ出来ねえんだ」
 帰ってもいいか、浅右衛門は云いたかった。
「こいつは旦那に頼むしかない。こういうときこそ、旦那の出番でさあ。まあ、そんなわけでさあ」
 やれやれと、浅右衛門は溜息を吐いた。
「まあ、論より証拠。伝法院へ行ってみなせえ。おい、助六。旦那を御案内して差し上げろや」
「あ……あっしが?」
「馬鹿野郎、手前ぇ以外に誰がいる」
「酷ぇや、お頭。近づくことも出来ねえって、いま云ったばかりじゃねぇですか」
「安心しろい、手前ぇが死んでも、盛大に線香くらいは手向けてやるぜ」
「へえ……」
 助六は泣きそうな顔で、俯いた。
「それと……旦那」
「あ?」
「これは真面目な話ですがね」
「これ以上、真面目な話があるのか」
「へえ」
 浅草弾左衛門は真顔だ。
「うちの生抜な奴、魔斬を強行したんですがね」
「どうなった?」
「失敗っておりやす。返り討ちに遭って、遺骸は浄閑寺の脇に転がっていたんですが、そりゃあもう、惨たらしい死に様でさあ」
「あい判った」
 山田浅右衛門も真顔になっていた。
 そして
「一旦戻って、大太刀を取ってくる」
と、席を立った。
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