魔斬

夢酔藤山

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安政奇譚

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                    六


「やあ、旦那。久しいね」
「てやんでえ、呼んでおきながら、久しいも何もねえや」
 一見人の良さそうな男を一瞥して、山田浅右衛門は諦観の笑みを浮かべた。
 彼こそ表の顔は〈関東長吏頭〉、裏では〈闇公方〉と称され江戸裏社会の誰もが震え上がる大物・浅草弾左衛門である。七四〇坪の巨大な屋敷の玄関に下駄を脱いだ浅右衛門を、弾左衛門は慇懃に離れの間へと案内した。
「のう、お頭」
「なんだい」
 歩きながら浅右衛門は、今度の魔斬はどんなものかと訊ねた。
「報酬が心配なのかい?」
「それもあるが、仕事の内容だよ」
「そのことなら」
「妙な尻尾なんか、付いてねえだろうね」
「ははは、出処は間違いねえよ。御大名様からの御依頼じゃもの」
「……大名ねえ」
「それから先は、ほれ、離れで話をしようじゃねえか」
 離れの入口には、車善七が控えていた。
「離れには、誰も寄せるんじゃねえぜ」
 弾左衛門は車善七へ口早に命じた。離れの間には浅右衛門と弾左衛門、そして繋ぎ役の助六。助六はそっと戸を閉めると、閂(かんぬき)をして、その場に控えた。
 浅草弾左衛門は上座に座り、その向いには山田浅右衛門が座る。
 小声で囁くように
「大きな声じゃあ云えねえけどよ。旦那、依頼の出処はな、徳川御三家だ」
「なんと」
「水戸藩だよ」
 山田浅右衛門は仰天した。
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